10 過疎
「まるで人が居ないというのも、これはこれで寂しいものだね。
生前は他人など煩わしいとしか感じなかったんだが」
散歩をしながら取り留めのない会話をする。
強い日差しの中、日陰を選びゆっくりと移動する。
サニーが肉体を得てから既に五日が経っていた。
生前は、こういう時間の使い方はあまり出来なかった。
日の高い日中にのんびりと出歩くというのは、休日でもなければなかなか出来る事ではない。
休日は休日で体を休めたいし、やりたい事も溜まっている。
「寂しいと感じるのが普通なのだそうですね」
「うん。俺はどうも孤独への耐性が強い質の人間らしいんだが、やはり全くの一人というのは少々堪えた。君が生まれて随分と気が楽になった」
「お役に立てたのなら幸いです」
「空間が広くてね、静かすぎるんだ。
家族が出かけているというのとはまた違う。家が死んでいる。
君が生まれて家は生き返ったが、町は死んだままだ。
生前のこの町も人が少なく静かなものだったが、やはり静けさの種類が違うと感じる。
森本機関に相談してみようかとも思ったが、下手するとこの世界に放り込まれる被害者が増えてしまうかもしれんしなあ」
見知らぬ人間をこの中に放り込まれるのは怖いというのもある。
俺とサニーしか居ないのだ、俺を与し易しと見て羽目を外すような奴だっているだろう。
理性的な人物であったとしても、良好な関係の構築と維持に気を遣わなくてはならない。
むやみやたらに人が居れば薄い関係でもどうにかなるが、数十人規模であれば互いに無関心でいることは難しい。
村社会のようなものが自然と形成されるだろう。
陰で何かを言われる程度は覚悟する必要がある。
やはり人間は苦手だ。対処が頗る面倒だ。一人が気楽で良い。
「では、私を量産してはどうでしょうか」
「量産?」
「元データと材料があれば魔法でいくらでも増やすことができます。
食べ物も、私も、人も、なんでも」
「……まあ、そうだな。俺も君も情報にすぎん。
体も魂も作れるのだ、100%の本物をいくらでも増やせるわな」
「ええ」
サニーはそもそも情報が本体だしな。
魂の構造を考えるに、俺も情報こそが本体であると言える。
魂が保存されていれば体はいくらでも再生できるし、記憶も巻き戻る。
組換え魔法を使えば、無生物も100%のコピーが出来る。
全て、情報と材料と魔力があれば滅びる事がない。
魂殻の記憶領域を改造して脳の記憶機能の肩代わりをさせてやれば、脳を含めた全身の年齢固定が可能だ。
魂殻の肉体情報を固定して、回復魔法が定期的に自動起動するようにしてやればいい。
情報の保全、補修材料の確保、高頻度の自動回復魔法。
この三点を抑えればこの世界ではまず死ぬことがない。
老化すらしないし、感染症は少なくとも本人には害がない。
魔力という尽きる事のないエネルギーと、魂という劣化しないオリジナルデータ。
魔法が使える人間であれば、この世界では容易に不老不死が実現できる。
俺の魂に異常がでたとしても、変身魔法エディタに残っている俺の魂データを上書きしてやれば当時の自分に戻る事が出来る。
自分を改造する事に抵抗があって不老不死化を実行してはいないが、時々バックアップを取っている。
今の未成熟なサニーを残して一人で楽になるわけにはいかない。
と、思考が脇道にそれた。サニーの複製か。
サニーなら問題行動は起こしはすまいし、仮に起こしたとてどうでも良い他人に迷惑をかけられるよりは我慢が効く。
相手がサニーなら、どちらかといえば俺が迷惑をかける方になるだろう。
「しかし君が増えると俺の感情が混乱する。どちらにどう接していいやらわからない」
「基本構造をコピーしてランダム要素を入れて、シミュレーターで一定期間育成すれば今の私とは違う人格になるかと」
違う人格か。
まあサニーがやる事だから完成前に人格のテストぐらいはするだろうし、問題のあるものは生まれないだろう。
「サニーとの接続はどうなる? 情報共有とかそういった事をせず独立させるのか?」
「つい先ほど技術革新がありまして、人工魂核の高性能化と省スペース化、人工魂核同士の通信速度の高速化が実現しました」
「先ほど、とは」
「五分ほど前です」
……そういやバックグラウンドで常時作業してるんだったな。
サニーがこんなに勤勉に働いているというのに俺は日中からお散歩か。
……まあ、家事は俺がやってるし。魔法で。
「遮って悪いな、続けてくれ」
「はい。それによって、私と同レベルのプログラムを60程並列に処理できるようになりました。
主人格を私とし、それとは別に人格を59作成して今の人工魂核スペースに収める事ができます。
私の人工魂核を親機として59の子機に情報を送り行動させる、という形であれば、」
「危険を最小化できる、と」
「ええ」
その形であれば暴走の危険は少ないか。
60の人格全てを監視するような何かも作るだろうし、大元のサニーがおかしくならなければ大丈夫だろう。
「じゃあ、そのつもりで準備を進めてくれ。
空家や田畑をサニーの子機に使わせて良いか森本機関と話をする時に聞いてみる。
祖父母の家ならともかく、他人の家にあがるなら一応許可は取っておきたい。
……まあ、祖父母の家からして森本機関が作った偽物なんだろうが」
「わかりました」
子機、か。
サニーを増やせるなら俺も増やせるだろうな。増やしてみようか?
……増やしても役に立たないだろう。怠け者が増えてもお荷物が増えるばかりだ。
……いや、怠け者もそれはそれで使いようがある、か。
積極的に危害を加えようとするような性格はしていないし、家屋の管理ぐらいは任せられる。
目付役としてサニーの子機でも付ければ……と、サニーの子機の負担が増えるだけか。
俺の複製は不要だな。
森本機関と連絡をとる予定日まで、二日を切った。
危害を加えられる事はなさそうだが、不安はある。
この世界をいつまで貸し出してくれるのか、とか、サニーの今後について、とか。
サニーが生まれてからというもの、先の事を考える事が増えた。
俺は終わった人間であるからある日突然死ぬ事になってもまあ受け入れられるが、サニーはまだ生まれたばかりだ。
不自由なく、あいつ自身の生を全うさせてやりたい。
せめて、交渉の余地があればいいが……。




