〝じゅぼっこ〟 木の精
案内された経営者室には老人が深々と椅子に背を預けていた。
部長からの書類を渡し、商談をすすめる。
「あいわかった。そちらさんが必要とする九十九神達のいくつかを貸し出しまひょ。ドラキュラ様からも推薦をいただいてることですし、格安で提供いたしやす」
オレは謝辞を述べて、契約書に目を通す。
数字に関してはいくつか突っ込むところがあった。
(おいおい人件費の欄が安すぎないか、いくら役員から口を効かれたからってこれじゃあ完全な赤字だろ。それとも損して得取れの精神でうちの会社とパイプをつくりたいだけなのか)
こちらの無粋な推察を暗に感じ取ったのか。
「ああそれと、こちらからもお願いがあるんですわ。そちらは幽霊会社さんでっしゃろ。ゴミ処理施設の受注をお願いしたいんじゃ、なんせ本社の連中は外人じゃからそういう仕事がキライでのう」
出向した先でゴミ処分の外注とは。やはり、これはうちの会社とのパイプ造りか。
人間の間でも、架空のゴミ処理委託を受ける幽霊会社も増えている。処理場にかかる費用を浮かすために。野山にゴミを捨てるというものだ。
部署こそ違うがそれを捨てた人間へと返し、代わりにあぶく銭の報酬を横取るのが仕事というのもあるにはある。
「で、場所はどこです」
内容によってはすぐにも見積もりも可能だ。
老人は床下を指さし。
「ここの根。つまりは地下じゃよ」
地下を査察するため案内される。
それにしても、自分の会社地下にゴミ捨て場をつくろうとするかねぇ普通。
薄暗く冷たい地下。そこには独特のヒュオ~といった風切り音がしていた。どこかで空調が漏れているのかもしれない。
気のせいか、その音は怨嗟を孕んだうめきにも似ていた。
それはオレが臆病な証なのかねぇ。
予定地とされているそこは薄暗く、物置部屋というか、すでにガラクタ置き場とかしており、壊れたり欠けたりしている道具が所狭しと空間を埋め尽くしていた。
がつん、オワット。何かに躓く。
暗い部屋で目を懲らし、手探りで地面を調べると、木の根っこが床に張っていた。
もしかしたら、床一面かもしれない。これだと撤去には結構かかる。
「ああ、あれはそのままでいいんじゃ。あれがこの会社そのものと言えるからのう」
部長から渡された資料にある決算報告書や公表された損益計算書を見れば、業績も黒字だし役員報酬も多い。とはいえ、役員の名前はあの老人のものだけだが。
売上と比べても純利益が多い。雑損も少ない。優良妖怪企業には間違いない。
「では、明日契約書を取りに来て下され、それとゴミ捨て場の見積書をおねがいしやす」
見積書の作成自体は簡単だったので数分で仕上げるが、他の部署の認可も必要となってくるので課長と部長を通さなければならない。
その日はそういう運びで終了した。
帰り道も化け草履にばったりと出くわす。道すがら、雑談しながら帰路を共にする。
彼はぽつり、ぽつりと不満を漏らし始めた。
「土建重機組やPC精密機械組は派遣の九十九神でも人気はあります。でも、ボクら消耗品は潰しが効かないんですよ。特に古くなると誰からもそっぽを向かれる」
ああ、いかん酒の席でもないのに愚痴が始まった。
やれ給料は毎年あがらず、サービス残業はひと月百時間以上とか。やれ妖怪にとっても一日は二四時間であることに変わりはないとか。
暗い話から話題を逸らすため、オレは彼が後生大事に抱えているものに目をつけ、話を振った。
「ああ、これですか。これはね、明日は息子の誕生日なんですわ。それでもうじきある体育祭にはせめて綺麗なスニーカーを履かせてやろうと思いましてね」
新品の靴が入ったであろうその箱は。彼にとっては何よりも大切な宝なのだろう。
「次の体育祭が楽しみですね」
ええ、と嬉しそうに返した彼の笑みをみて、なんだ安酒以外の楽しみもあるじゃあないか。自分とは違う彼を羨ましく思った。