〝じゅぼっこ〟化け草履
勝ち誇ったようにする。
それに対して、そうだよと、馬鹿正直に答えた。
「あらぁ、やっぱりそうなの。でもお生憎様、ここはあたし達の傘下会社なの、アンタと取引する予定なんてないの。まっ、どうしてもって言うのなら、アタシが口聞きしてあげても……」
言い終えるよりも早く、即座に土下座しお願いする。神速の土下座、かつてこのスピードと精密性を上回ったドゲラーはいない。
「はやっ、昨日の今日でプライドないのアンタッ」
虫を見るように憐れんだ瞳。生類憐れみの令は江戸時代に廃案となったが、その精神は現代にも生きていたのか(関係ない)。
なぁに土下座一つで今日の自由が買えれば安いものだ。プライドなんてご飯のおかずにもなりゃしない。
サイクロプスさんは変わらずの平常運転で無機質に助言する。
「今日のご予定はまだ控えております、下級無職妖怪の相手をしているお暇はないかと」
「うるさいわねぇ、ちょっと待ちなさい。約束は守らないといけないでしょ、フランケン。繋いでくれる」
もう一体の付き人、フランケンと呼ばれたロボットが腕を掲げるとその外装がパカリと開き電子の内装が飛び出した。テレビ電話みたくどこぞに繋がり連絡を取り合っている。
「一応しといてあげたわよ、感謝くらいしなさいよね」
「いや、それよりも何だよ。そのカッコイイロボット」
しげしげとそれを眺める。趣味的デザインのいかにも子供ウケしつつオタクウケもしそうな外観。なにこれ欲しい。
少女はそれに大変気をよくしたようだ。
「おほほほほほ、あたし達ベアード社の技術をもちいて造られた人造人間フランケン二号よ」
そこにかつてのデクの坊を想起させる姿はなかった。頭にネジが刺さったデザインは一緒だったが、とても工業的な近代メカへと変貌していた。
「全然二号じゃねぇ、これのどこにかつての面影があるんだよ。どこに開発の系譜が繋がってるんだよ、せめて二号とかじゃなくて、二式とかマークⅡって名乗るデザインだろ」
「仕方ないわねぇ、じゃあグレートフランケンで妥協してあげるわよ」
「そいつは涙を流さないロボットかなんかか!?」
少女は新しい相棒をぽんと叩き。その青い瞳に鋭い光を宿し、こちらを見つめる。
「できればこの間の借りもコイツで返したかったけど、もういいわ。ここに来たってことはどうせアンタ、長くないもの」
「どういうことだよ。それ」
意味深な言葉の意味を探ろうとするが、サイクロプスさんがせかすように彼女の袖を引っ張っている。
「まっせいぜい。私以外の妖怪に血を吸い取られないことね。そしたらこの間の続きをしてあげる」
ドラキュラ達はドロンと煙となってどこかへと消えていった。
朽ちかけたコンクリート制のビル。何階立てにもなっているそれは、全ての階が一つの会社に占有されていた。かたむきかけた看板《幽限会社 樹木子》そこは妖怪派遣を商売としている。
受付でアポを確認し、最上階の経営者室へと向かう。階段を昇る途中で妖怪に声をかけられた。
「おやおや、昨日はどうも」
昨夜の化け草履だった。先ほどの三馬鹿達といい、妖怪世間は狭いものだ。犬も歩けば棒にあたる、無職も歩けば知人にあたるといった所か。
それとなく足下を見る。今日はサンダルを履いていた。なぜだ。違いが気になる。聞いてみたものか、聞かない方がいいのか。
「奇遇ですね、こちらで働かれてたんですか」
「ええ、とは言ってもボクはもう使い道なく、待機組なんですけど。」
派遣会社で様々な用途の九十九神達を貸し出している。彼らは西へ東へと方々使い回されその身をすり減らしているらしい。
化け草履にはこんな民話がある。
かつて粗末に扱われた草履が、復讐のために自分をはきつぶした武家の屋敷へとあらわれ踊り狂った。住み込み人達はたいそう驚いたという。だが、武家の主人は剛気な大男、そいつがあらわれイタズラしても平然として、ついには力尽くで追い返してしまった。それを心得たのか次第に主人がいない時を見計らって屋敷にくるようになった。最初は驚いていたが奉公人達も、その気の小ささを見抜くようになり、やがて誰も相手をしなくなってしまった。
無視され構われなくなった化け草履はいつの間にか屋敷を訪れることはなくなったという。
まぁ、要約すると後輩や同僚相手だとノリのいい奴だが、上司や目上の人間が来ると急に借りてきた猫みたいになる奴だと覚えておけばいい。