〝じゅぼっこ〟フランケンマークⅡ
「それはぬらりひょんね。役職も能力も一切不明な妖怪。少なくともウチの役員とかではないわ」
出社途中の電車で偶然会った雪姐さんは、そう呟いた。
ぬらりひょん
いつものらりくらりとやり過ごし、手応えのない妖怪。
大屋敷や酒の席でいかにもそこの主人の大物らしく振る舞うが、宴もたけなわなころになるといつの間にか姿を消している。
実体は不明だが正体がつかめなことから恐ろしい妖怪といわれている。自分は何もせず常に他者に働かせることから無職妖怪の最上位に位置する存在なのかもしれない。
「うう、なんてヒドイ。無職のオレを食い物にしてヒモみたく扱うなんて」
悔し涙を浮かべながら、雪姐に領収書を見せる。彼女は眉一つ動かさず。
「あら、次のボーナスと給料がとぶ額じゃない。大変ね」
他人事のように言う、相変わらずとても冷たい。
「うう、部長はきっとそれを知っててオレを置いていったんですよ、ほら、オレが先に帰ると部長が持つことになるだろうから、それで……」
彼女は同調してくれなかった。
「さぁ、それはどうかしら」
まるで思うところがあるかのように。揺れるつり革を仰ぎ見る。
「他にまだ理由があるとでも、なんかの深謀遠慮みたいに」
「まぁ、どちらにせよ、気をつけたほうがいいわね。部長はとても優秀よ、個人の能力もそうだけど、他人を使うことにかけてはもっとね」
雪姉さんのそれはあたっていた。
「出張で外回りに出かけて欲しい!?」
出社したオレに部長がかけた第一声をオレは馬鹿みたいにオウム返しにした。あまりに出会い頭に喰らったのでオレはハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまう。
「えっと、どういうことですか」
聞き返してしまった。
「経費はこちらで持つ、取引先の《幽限会社 樹木子》に出向いて欲しいのだ。書類はすでに用意してある」
手際よく出張用の装備を渡し、
「いや、それよりも部長、昨日はひどいっすよ。これ、全部オレが持ったんすからね」
涙目で領収書をみせる。
「それに関しては、出張で成果をあげたら経費として落としてもいい」
「えっ、でもそれって違反じゃあ」
「行けばわかる」
それだけ言い捨て、話は終わりとばかりに仕事に戻る。他の社員も既に黙々と自分の仕事に取りかかっている。オレに選択肢はなかった。
出張というから妖怪の本場、京都を期待したが出先は会社の目と鼻の先だった。
それでも無職妖怪であるオレに昼間の日差しはきつい。公園のブランコにでも座り時間でも潰そうかと考えたが、昨晩の会計を取り戻すためには背に腹は変えられない。
わかりにく地図を頼りに《幽限会社》を探す。
そことおぼしき場所へと辿り着いたとき、会いたくない連中にばったりと出くわす。
「ゲェー、無職妖怪ッ、なんでアンタがここにいんのよ」
どこぞの丞相みたく叫ばれた。
いつぞやの外資系の三馬鹿に間違いなかった。思わず後ずさる。
「げっ、ガキンチョ」
昼間のためか白い肌を隠すようにコウモリ傘をさし日光を避けている。その脇には相変わらず秘書然としたサイクロプスさんと、なぞの近代工業デザインのロボットが控えていた。
じろじろこちらを睨む彼女は、相変わらず高飛車に息を吐き。その長い金髪を片手でかきあげ、
「ハッ、あんたも《じゅぼっこ》に用があってきたの」