どっちにしても負けかなっておもう
「あら、でも、そうもいかないの。だってあなたを引き抜くために上との交渉はもう済ませてあるんだもの」
その決然とした返答を受けた交渉相手の声からは、いささかの動揺も感じられなかった。
「そんな勝手な」
あまりに横柄な相手の交渉に、彼女も反駁する。
「アナタがノーというなんて折り込み済みよ、そのためにコイツを連れてきたんだから」
「あなた達、最初からッ」
不穏な空気。元々妖怪に紳士な話し合いなどできるはずがない、元からこういう手段をとるつもりだったのだ。
雪姐さんの危険を感じ取ったオレは、いてもたってもいられず、行動を起こした。
「先輩、やめて……」
引き留めようと伸ばした妖狐ちゃんの手、それを擦り抜けて立ち上がると、すぐさまそいつらに啖呵を切った。
「話は聞かせてもらったぜ、雪姐さんを放しな、このチンピラ妖怪ども」
向こうからしてれば、突然現れたオレの登場は当然予想外。雪姐さんもそいつらも一様に目を丸くして、こちらを眺めていた。テーブルには姐さんを含めて四人。
「あら、どなたかしら」
さきほどから高圧的に交渉していた女の声。口調から想像していたよりも外見は随分と幼い。妖怪だから実年齢はわからないが人間の外見でいうと少学校高学年くらいだ。長い金髪に口から覗く八重歯、やたらに白い肌。西洋妖怪の吸血鬼の特徴をそのままだった。
その脇を固めてあったボディーガードみたいな二人が、それが邪魔者、つまりはオレを排除するために立ち上がった。
「同僚よ、手荒なまねはしないで」
雪姐が牽制するように釘を刺す。
少女はそれを無視してフフンと鼻を鳴らした。
「あらぁ、立ち聞きとはよろしくないわね。ビジネスの話をしてるのよ。それとも企業スパイのつもりかしらぁ」
「うるせぇガキンチョ。オイ、大人の振りして会社員ごっこするより、おままごとでもしてなさいってんだ」
「ああ、もう、先輩。ケンカはよしましょうよぅ。みんな仲良くいきましょ♪、ね♪」
オレの背中に隠れる形で妖狐ちゃんも顔を出し、四人に笑顔を飛ばす。
「よしなさいっ。どうしてあなた達がここにいるか知らないけど。その子、外見から判断する能力とはケタ違いよ」
そう言われた女の子はというと、ぷるぷると小刻みに震えて涙目になっていた。
「言ってくれたわねぇ、うぐぅ、人が気にしてることを。ホントは、ホントはあんた達よりも何百年も永く生きてんだからねっ」
すごい妖力だ。
「だからよしなさいッて、こいつらは《ベアード》の役員達よ、この子はその幹部」
なかば呆れた調子の姐さん。穏便に済ませることをあきらめたよな、そんな表情だった。
《ベアード》その名は情弱なオレでも知っていた。
外資系巨大企業幽霊会社有数の虚業企業で、実体を持たない巨大資本株式会社でもある。そこの幹部役員は名だたる西洋妖怪達で構成されており。中でもそこの会長「バックベアード」は約束ごとに異常執着することで有名だ。
むかし、むかしのある夜、人間の女の子が寝付けず泣きわめいた。母親は寝かしつけるために「あまり泣いてばかりいると、バックベアードに食べてもらうわよ」と叱りつけた。
その時、夜の暗闇から声がした。「それなら、ワシが貰おう」黒い霧のような何かが戸棚の隙間から入り込もうとしてくる。
母親は震えてとっさに「この子が大人になったら、あげます」と言ってしまった。「ダメだ、その半分しか待てない」それでもその場は黒い霧は去っていった。
ほっと胸をなで下ろした母親は、それを悪い夢だと思い、以降思い出すこともなかったが、その少女はある日忽然と姿を消した。
それは十歳の誕生日に姿だったという。
母親はベアードとの約束を思い出し、バックベアードがさらっていったのだと噂になった。昔の約束を理由にいつまでも執着し、執念深く獲物を狙う怪物、その正体こそバックベアードだと言われている。
「サイクロプス。あいつのデータを調べて頂戴」
涙を拭きながら、部下に命令する。
「かしこまりました」
サイクロプスと呼ばれたのは黒髪ロングで片方の目を隠した、清楚系のお姉さん。そのお姉さんの隻眼がこちらをじっと見つめる。
そんな熱意の瞳で見られるコトなんて希なので、思わずキリッとした顔でポーズをとってしまう。
「解析しました。分類は現代妖怪、能力は働かないこと。人間の怠慢と怠惰根性が生み出した負の妖怪。実績、職歴ともになし。最下層妖怪です」
「実績なしぃ、そんなヤツが会社にいるのぉ」
少女は腹を抱えて押さえきれないとばかりに、声をあげて笑い出した。
「ぷっ、あっははははっはは。やっぱジャポネーゼね、アタシ達と違って実にユニークな妖怪達がいるわ。わかってないんじゃないのぉ、私達西洋と比べてあんた達が以下に格下かってこと」