次から本気出す
「はい、先輩。お弁当つくってきましたよ~」
昼休み、いなり寿司と油揚げで構成された弁当を手渡される。
見ているだけで油っこくなってしまう。
昼飯代が浮くので、彼女のお弁当のご相伴にあずからせてもらっているわけだから、文句も言えないが。
「ニートというよりヒモ男予備軍ね」
姉さんはいつもどおり冷たい。
「妖狐さん、そんな先輩を相手することはないよ」
「カラス君、そんな無職無能に近づいたらダメよ、無能菌が移っちゃうわ」
関わらないほうがいいとばかりに、彼の腕を引く。
その陰でバイ菌でも扱うかのように、古椿さんが誰からも見えない角度でオレのイスにゲシゲシと蹴りを入れてくる。なぜにオレだけ毛虫のごとく嫌うのか。
まじヘコむんですけど。
「そんなことより、今晩どうかなボクと食事でも……」
そもそもカラス天狗の視界からオレは完全にアウトオブガンチュウだったようで、スルーして妖狐ちゃんを口説きはじめた。
古椿さんがショックを受けたように硬直した。そして、妖狐ちゃんを睨みつける。ここで妖狐ちゃんが返答を誤れば古椿さんに逆恨みされる危険も出てくる。
そもそもなんでこいつはそんな地雷を職場で踏むようなまねしてくるの。妖狐ちゃんとばっちりやん。
妖狐ちゃんはそんな彼に小さく舌をだして、
「残念でした。私は今晩先輩との予定を入れてるんだから」
いや、ないよそんな予定。ネット巡回の大事な予定が入っているよ。
古椿さんは脈がないことと、ダメンズなオレに肩入れする妖狐ちゃんに対していくらか留意をさげたようだ。よかった。逆恨みの危険はなさそうだ。
それでもカラス天狗の方は、なにやらお高いプライドを刺激されたらしい。
「ほう、ならそっちの無能妖怪とこのボク、どちらが妖怪として格が上か勝負してみようじゃないですか」
厄介な性格のヤツだな。自分のプライドを守るのにいちいち他者を巻き込むなよ。
「格なら比べるまでもなく、オマエさんのほうが上だろ。オレの負けだよ。オレみたいな無職童貞とエリートな自分を比べること自体が間違いだ。道に馬糞が落ちていたら避けて通るが妖怪道、馬糞を憎むのは違うだろ」
ようはデカイ心で小物を見逃せと言うことだ。
孫子兵法にして闘わずして勝つを最上とするなら、無職兵法闘わずして負けるを地でいくのがオレ。面倒臭い勝負ごとは他人に任せて野次馬根性で外野に回る。これが楽に生きる一番のコツでもある。
妖狐ちゃんはオレの二の腕を抱えこむに抱きつくと、
「そんなことないもの、先輩のほうが強くてカッコイイもん」
ええ、妖狐ちゃん、君はなんでそこまで食い下がるの。自分で言うのもなんだけど、カッコイイ要素なんて欠片も持ち合わせてないけど。
それでもまぁ、女の子がこんなにイヤがってるんだから、助け船は出さないといけない。
「まぁ、そういうことで。こーいうのは本人の意志を優先ということで」
男はあきらめが肝心。
それでもカラス天狗は納得がいかないようだ。
こんな些細なことを腹に据えかねているらしい。そういえば天狗というのは増上慢で常に鼻を伸ばしているという。カラス天狗だから鼻はないので気づかなかったが、こいつもご多聞に漏れないのかも。
「君はずいぶんとその先輩を過大評価しているみたいですが、勝負して白黒はっきりつけてみるのはいかがかな。自信があればうけてたてるでしょう」
「いいわよ、もし先輩が負けたらさきのとおり今晩好きなだけアナタの相手をしてあげる」
胸を張り、自信満々に答える。ちょっと待て、オレの意志はどこにいった。こりゃあエライことになってきたぞ。
「フッ、いいでしょう。なら、万が一ボクが負けた場合はそちらの条件を全て飲みましょう」
なんだかやりきれない展開だ。
なんでこんなオレ得でないことばかり起こるんだろうか。
世の中理不尽にもほどがある。
何か理由があるなら誰か教えてくれ。
「普段の行いのせいじゃあないかしら」
心を読んだように前のデスクの姐さんが呟いた。