あしたから本気出す
「ええ~では、本日づけで我が部署に配属となったカラス天狗君と妖狐君だ。皆、仲良くするように」
テンプレ通りの紹介を受けて、カラス天狗が部署全員に挨拶をする。これまた妖怪の中では眉目秀麗で、妖狐ちゃんと同期のキャリア持ちエリートだ。
本部は彼を課長にしてから他の部署に栄転させたいと考えているかもしれない。となれば大タコ課長は左遷ということに。それで課長は気が気でないのだな。朝からの不機嫌さの理由を察する。
それにしてもわざわざ優秀なのを配属させてくる。もしかしたら、部長は何か新しいプロジェクトでも始めるつもりなのだろうか。どうでもいいことを邪推する。
イケメン年下好きの古椿さんは舞い上がっていた。それからというものカラス天狗にべったりと付きまとう。
なんせ烏天狗と言えば、法力と法具を身につけた妖怪界のエリートで出世は間違いなしなのだから。
「カラスくぅん、ちょっと手伝ってくれなぁい。これ、わかぁんないのぉ」
平素は出さないような甘ったるい声でカラス天狗を頼る古椿さん。いつもより甘い匂いをかもしだしている。
彼女が出す香気はいかなる香水よりも甘美で刺激的だ。
彼女は古椿の妖怪。
永い時を生きた椿の樹は妖怪になるという。
古椿の樹の側で神隠しが多発していたことがあった。旅人の集団がそこを通りかかると椿から甘い匂いがしてくる。その匂いに釣られて男が一人蜂へと姿を変えたという。 他の者は驚き、近くの和尚に助けを求めた。事情をきいた和尚が経文を読むと二度とそこで行方不明者は出ることがなかったという。甘い匂いで旅人を蜂へと変え、自らの蜜と花粉を運ばせる。それが妖怪、古椿の特性だった。
妖怪でも彼女の香水の匂いが一度鼻腔を突いてしまえば、脳みそくすぐられ溶かされてしまう。彼女から抽出した油と匂いで香料をつくれば売れるのではないかと考えたこともあるが、もし口に出したなら彼女に滅多殴りにされるだろう。命知らずでなければ誰もそれをいいはしない。
オフィスで繰り広げられる、そんな情景をみながら。
「めんどくさいことになってるわね」
我関せずといった具合に、向かいのデスクの雪姐さんだけは相変わらず平常運転だった。浮ついた空気も彼女の側ではすぐに冷え切ってしまう。
「でも、まぁいいことなんじゃあないっすか」
他人事な分にはね。胸中で付け加える。
「あなたも他人事でいられないかもね」
彼女の冷たい吐息がオレの首筋をなぜるようにしてあたり、一瞬の寒気を感じさせた。