〝じゅぼっこ〟ニート
捜神記に語られた樹の妖怪。
樹木子
無念に死んだ者を養分とするうちに妖怪となった樹。他者の生き血と悔恨を吸い育った大木。そうすることで幹と枝葉を伸ばし、自らを成長させてきた妖怪。やがては近づいてきた獲物に枝を伸ばし血をすするという。そして、血を吸い取られた死体は樹の幹へとうち捨てられ、更なる養分となる。
それは自己存在を続けんがため、他者の生き血をすするためだけの存在になった妖怪。
それが遅まきながら気づいた〝じゅぼっこ〟という妖怪の特性だった。
「くくく、オマエもここで腐って私の養分となるがいい」
老人の腕、巨大な枝となったそれは体の内側からオレを侵略し、血管という血管に根を張ろうとしてくる。
体中の血液から体液、妖力までも全て吸い取られ干涸らびていく。干物同然となったオレの体はモズの早贄のようにして枝に吊された。
「ふむ、不味いのう、やはり怠惰な妖怪の血は不味い、ワシのために働かせてから飲もうと思ったが、やはり汗と努力から搾り取った血でなければ不味いわい」
干涸らびても妖怪であるオレは死ぬことがない。
なによりもいけ好かないコイツに勝つために、オレも少々力が必要だった。
そのため、気づかれないように力を溜める必要がある。
オレの妖力の元は、人間の怠惰でさぼりたい気持ち。それは昼のオフィス街にどこにでも充満しているものなのだ。働く人間が発するサボり根性や眠気それらをほんの少しづつもらうことでオレの力は増していく。
そう人間に負の感情がある限り、オレの存在はなくならない。
体に活力が漲り、妖力が皮膚と血管を滾らせる。
「なんだと、だが、無駄なコトよ。再び血を吸い取ってくれる」
体に刺さったままの枝が再びオレの血を吸い取ろうとしてくる。
しかし、その枝達が吸血したのも束の間、急にもがき苦しみだす。ついにはたまらずオレの体から枝を放す。
「ぐわぁあ、不味い、不味い、不味い。こんな臭い血は初めてだ。貴様、よくぞこれほど最悪な血をしていられるな。不平、不満、怠惰、眠気、給料泥棒、全てワシに必要のないものばかりではないか」
枯れ葉剤でも撒かれたように老人はしおれだしていく。
そう、懸命に働く者達から搾取する〝じゅぼっこ〟にとって、働きたくないオレの血はなによりの毒薬に他ならなかった。
体から溢れた妖力によって、木々の枝をはねとばし、妖力を込めた拳で放たれたストレートは老人の体を文字通り、木っ端微塵の木片へと砕いた。
(手応えがないッ、こいつは本体じゃあない。本体を探して叩かないと)
ドッォォォオォォオドド
理事室の床が揺れるッ。地下からの振動に突き上げられるかのように。
(いや、違う。この建物自体が。ヤツの本体)
床からは無数の枝が伸び、オレを刺し殺そうとしてくる。
養分を吸うのではなく、物理的に殺す作戦に変えたらしい。
(根を枯らさないと樹は倒せないッ)
「フハハハハッハハ、気づいたようだな。だが、もう遅い。階段はすでにワシの分身達が塞いでおる。貴様は根に辿り着くことはおろか、逃げることすら不可能よッ」
「別に、オマエを倒すのにあくせく階段を上がることも下がることも必要ねえさ」
まどろっこしいことはキライなので、床に向けて思いっきり拳を振り下ろした。
ズゴゴオオゴオゴゴゴゴッ
妖力を込めた拳は床を突き抜け、威力を減退させることなく到達した。
階層を越えて地下へと続く大穴ができあがる。それと同時に下から伸びていた木の幹も二つに泣き別れとなった。
「オマエを倒すには落ちればいい、ただそれだけさ。待ってなすぐ行く」
決着をつけるべく、地下の九十九神達が捨てられた場所へと飛び込んだ。