〝じゅぼっこ〟無職妖怪
「部長、昨日いれた連絡の通り、書類を持ってきましたよ」
朝方、出社したオレは部長に成果を提出した。
その書類を確認する部長の顔は、実に物憂げであった。
それは暗にどうしてこんな物を持ってきて得意顔をしてるのだと言っているようでもあった。てっきり飲み代の領収書代をいただけると思っていたオレにとって、それは至極残念であった。
「わしの見込み違いかな。無駄な仕事をしないのではなく、無駄な仕事しかしないのが君だと期待していたのだがね」
昨日、制作した見積書にもあまり興味を示さず。
「残念ながらこの見積書には判は押せない。その理由はもう一度、君自身が現場を見てから考えるといい」
なんだかんだで、領収書の件を煙に巻こうという腹なのか。それとも他になにか考えがあるのか、ああやんぬるかな。どちらにせよ使いっ走りに拒否権などありはしないのだ。
またまた〝じゅぼっこ〟に赴いたオレ。
どこぞに出向しているのか化け草履の姿は見えなかった。
「しかし、オマエさんも大変じゃのう」
昨日の契約者を受け取り、パシリであるオレを労う老人。
「それよりもゴミ捨て場をなんとかしてくれたまえ、あれは私にとって何よりも代えがたい栄養なのだからね。今日もまた一つ入らなくなったゴミが増えて狭くなったのだからね」
へいへいと、認可が降りなかったことを言い出せないまま、再び視察する。
部長の言葉を思い起こしていた。
仕事をしないオレとは違い、彼は意味ある指示しかしない。何かここには秘密があるはずなんだが。
(一体、オレになにを期待してここに使わしたっていうんだ?)
それにしても本当に様々なゴミが捨てられてある。家電用品から、家具、日用品、業務用品、およそほとんどの道具が無造作に放られてある。
中には草履まで。
草履?
一番手前のゴミ山にあった草履に目を止める。草履だ。
なんとはなしにそれを拾いあげ眺めた。
かなり古く、長年粗雑に扱われていたのがわかる。
その下に長方形の箱が捨てられてあった。なにか嫌な予感がした。胸中に囁く制止の警告を無視して、震える手で箱の中をあける。
入っていたのは新品のスニーカーだった。
愕然としながら、それと草履とを交互に見比べた。
そんな、いや、まさか。
老人の言葉を思い出す。やつはさっきなんと言った。
……入らなくなったゴミがまた増えた……
足が震え呼吸が乱れた。まさか、ここにあるゴミ、いやゴミだと思っていた者達は。
耳を澄ますとゴミ捨て場からうめき声が聞こえてくる。
うぅぅ、くるしぃ
もっと、もっと、はたらかせてぇ、
いやぁ、くらいへやはもういやぁ
それは体をすり減らし、無常にうち捨てられた者達の怨嗟の声だった。
床の根がうち捨てられたそれらに絡まり、土から養分を吸い取るかのように彼らにまとわりついている。
オレは逃げ出すようにそこから離れると、真っ直ぐ理事室へと向かった。
ぶち破るかのように扉を開き、オレは大物然として座っている老人を怒鳴りつけた。
「どういうことだ。あれは、あそこに捨てられているのは全員、九十九神達じゃないか
老人は気味悪い薄ら笑いを浮かべながら。
「ええ、そうですよ。後腐れなくていいじゃあないですか。彼らは私のために働き、私のために死ぬ。そして死んだらゴミ捨て場。簡単でしょ」
吐き気が沸き上がり、怒りが感情を染める。それを抑えるため深呼吸をするが、
「どうりで、やたらと人件費が安いのに黒字なわけだぜ。最初から最後まで利益はオマエにだけ還元されるってわけか」
安い労働力だけを提供し、自らは何もせず社会に根を張る。社会に根を張るそれに近づいてきたものを獲物として喰いあさる樹の妖怪。
それが目の前の老人というわけだ。
「ええ、ゴミはゴミ捨て場に(トラッシュ・オン・トラッシュ)ベアード様が私に教えてくれた言葉です。実に合理的でしょ」
「フザケンナッ」
妖力を高ぶらせ放出するオレに、老人はイスから立ち上がった。
「おやおや、そんなに頭に来ましたか同じ下等妖怪がゴミとして扱われるのが。実に短慮といわざるを得ませんねぇ」
「テメェだけは、絶対にゆるさねぇ」
すっと無造作に掲げられた老人の枯れ木のような腕が伸び、鋭い木の枝となってオレの胴体を薄紙が如く貫く。
うっぐぅ。
痛みと血。熱さが異常な鼓動を伴ってオレに警鐘を鳴らす。
彼は勝利を確信した響きを込めて、うすら笑う。
「こうなると契約は破棄、白紙としていただくしかありませんなぁ。いや実に残念だ」
腹を貫かれて、消滅の間際に三行半を突きつけられだとしても。
こんな時にオレが言う言葉はいつも決まっている。
「オマエのために働いたら負けかなっておもう」