働いたら負けかなっておもう
ニート:無職妖怪 分類:現代妖怪 仕事:働かないのが仕事。
突然で申し訳ないけど、オレは無職妖怪ニート。幽霊会社「百鬼日行」に務める、幽霊社員だ、それとも妖怪社員といったほうが正確なのかな。
「ちょっと〝ニート〟君、あんた職場のパソコンでネットすんの辞めなさいよ」
職場の先輩女性、〝古椿〟さんが昼間っからネコネコ動画を見ていたオレを注意する。彼女は美人だが、やたらに香水の匂いがきつい。こういうのが好きな男なら脳が麻痺されるようにとろけてしまうのだろうが、オレの鼻はあまり効かない。
「働いたら負けかなって思う」
「ぶっ殺してぇ」
残念、お化けは死にません。
「ちょっと、部長からも何か言ってやって下さいよ」
部長に告げ口されてしまった。鉄鼠部長。細い顔に出っ歯と相まって典型的なねずみ面のチュウ年妖怪。それでも仕事は優秀で何でもそつなくこなす。かなりの長生きで白河天皇に会ったこともある大妖怪だ。
ただ、能力のわりに役職が低いことは公然の秘密だ
「うむ、とはいえ彼は既に割り振られた資料を提出しておるし、明日の予定もすでに半分は終わらせているからな」
部長は落ち着いており、日和見にかかった。先輩は尚も食い下がり。
「じゃあ掃除の仕事でもさせたらどうです」
「それは〝天井舐め〟君が自発的にやっておるよ」
「ええ~アイツ、いっつも天井しか掃除しないじゃないですか」
天井舐めはいつも真面目で一生懸命に仕事をしている。それだけなら優秀なのだが、どこかピントがずれており、不要な所に力が入りすぎる残念なヤツだった。それでも根がいいやつなので、オレとはよく二人で飲みに行ったりはする。
「まぁ、いつも忙しい職場よりも、いざという時に対応できるくらいのが、望ましい状況じゃあないかな」
部長は妖怪になる前は霊験あらたかで高徳を積んだ坊主だったという、その彼がにこやかに言えば、大抵の妖怪は胸の中の不満な煙を吸い込まれてしまう。
「そうだよ、古椿君。それよりも相変わらずいい匂いしているねぇ、うひひひ」
オオタコ課長が彼女の肩にその八本の脚を伸ばしていた。彼はかなり好色なタコ野郎でひょっとこのような顔に赤ら顔、好色を絵に描いたような上司だ。
彼の日常的に行われるセクハラは女性社員の敵とされている。
「いや、課長は近づかないで下さい」
古椿先輩はどこからか取り出した大ばさみで課長の脚を一本づつ切り落としていく。
「そんな、君、今のはスキンシップだろ、セクハラじゃあないだろ」
課長は小心者なので、強く突っぱねられると手の平を返すのが特徴でもある。
「君、まさかこの程度のことで、人事に報告するんじゃあないだろうね」
「そこまではいいません。ただ半径十メートル程度近づかないで下さい」
「オフィス飛び出しちゃうんだけど」
「それ採用」
部長の鶴の一声でその提案は可決された。
古椿さんの敵意がいい具合に逸れてくれて助かった。
あとは、定時までの時間を潰すだけだ。
それまでネットとその合間に雪先輩をチラ見する仕事がある。オレのオフィスでの心のオアシス、雪女の雪先輩。見ているだけで寒気がするというか、心が癒される。
仕事に集中していた先輩が、その凍るような冷たい瞳を向ける。思わず目が合う。
えっ、なにこれ、もしかして先輩もオレのことを。
「ニート君、不快だからあまりジロジロ見ないでくれないかしら」
屠殺場のブタを見る目。一瞬で零下百度まで下がりました。
ええ、わかって今したとも、春が来ないことくらい、先輩に雪解けがこないことなんてね(アレ、もしかしてオレ上手いこといっちゃった?)
ああ、それにしても、なんでこんな世の中になってしまったんだろう。
昼間のオフィスで伸びをしながら、天井を見上げた。端で天井舐めが掃除している。
かつては夜のくらやみに潜み活動していた妖怪達、それも人間達が夜遅くまで働くおかげですっかり昼夜を逆転されてしまった。昼間の、誰も居ないオフィスにひっそりと隠れ、人間達に紛れながら妖怪らしく暮らす、オレもかつては鉄鼠部長みたいに、人間だった気もする。学生時代を送った記憶もある。
だんだん人間の方が妖怪じみて来たのかも知れない。
この幽霊会社「百鬼日行」は人間がつくった脱税のための会社を調査するのが仕事だ。いわゆる人間社会で浮いた金。あぶく銭。それをちょこっと貰って金を頂く。元々社会に存在するはずのない不透明な金だ。だから、オレ達がもらうことに罪悪感はない。
脱税していた人間達はいつの間にか金が消えて、喜んでいたり、悲しんだりする。
こうして働いても何も生み出さず、何も社会に還元しているわけでもないから、仕事はしているが、仕事をしていないということになり、ニート妖怪であるオレも仕事をしていないということになる。