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フラグ2

まだ掲載して一週間も経たないんですが、それでも見つけて読んでくれる人、本当に感謝です。

 一時間後、昨日と同じ道着姿に棍を装備した刀華と、本殿の入り口まで来ていた。

 ここは神社の一番奥にある所で、ご神体を安置する社の役割を果たしているそうだ。しかし元々本殿は人が入ることを予想して作られていないらしく拝殿よりも小さくて、中を覗いてみると一番高い所に厳かに美しい鏡が備えられており、その下にお供え物が多数置いてある。

 刀華はさっきからずっと部屋にあった木箱の中に頭を突っ込んで、あれこれ眺めては首をひねっていた。


「どうしたんだ?」


 賢一が狭い本殿の中に入った時には、刀華はなぜか泣きそうな顔をしていた。


「ない! ないのだ! どこを探しても見つからない!」


「げっ、盗まれたとか?」


「それは……わたしはここの人達を疑いたくない、とは言っていられないな。リヴァローズの他にも神刀『御神槌』や『宝楼弓』など、攻撃力が高いものばかりがなくなっている。誰かが盗っていったんだとしたら由々しき事態。しかし、一体誰が……」


 よく分からないがスゴそうな武器や防具ばかりが狙われたらしい。刀華は犯人探しのようなことはしたくないらしいが、そうも言ってはいられまい。

 ここに集められた武器はいつか皆で東京へ避難する際、実力者に装備してもらうために取っておいた神社の共有財産みたいなもんらしい。それを黙って自分のものにしている奴がいるならばこらしめたいと賢一も思う。警察組織などのような犯罪抑止力がこのコミュニティには欠けている。刀華や見回りの人達がいるが、彼らだけではこの大所帯全ての監督はできなかったのだ。


「誰か本殿へ入らなかったかわたしが直に守衛係の人に聞いてこよう」


「じゃあ俺は誰か目撃者がいないか尋ねてまわるよ」


「すまないな、賢一。出発時刻をさらに遅らせてしまう」


「それくらい構わないよ」


 そう言って、賢一は刀華の背中を優しく叩いた。ほら、あれだ。よくバスケの試合とかで『ドンマイ』と言うかわりに仲間の背中をポンと叩くやつ。賢一なりの気遣いのつもりだったが、ちょっと馴れ馴れしかったかな。

 刀華はよほどショックをうけたのであろう。自分の助けた人達の中に犯罪に手を染める輩がいるかもしれない。義にあつい彼女にとって、人の信頼を裏切る行為は唾棄に値する大罪だ。しかし、今まで一緒に頑張って生活してきた仲間を容易く嫌悪できないし、しきれない。優しさが彼女の心をがんじがらめに縛っていた。 


「なんにしても刀華のせいじゃないさ」


「……うん」


「皆、君に感謝してる」


「…………うん」


 と、その時だった。

 昨日も本殿の近くで日向ぼっこしてウトウトしていた老婆が、皺くちゃな顔をより複雑にしかめて、こちらへとぼとぼやってきたのは。

 その後ろには神社の裏山方面の守衛二人が付き添っている。なにやら深刻そうな顔をして、こちらへ、と言うより、真っ直ぐ刀華の方へ歩いてきていた。


「刀華さん、えらいことだよ」


「……元さん。それに皆もどうしたんだ?」


 刀華が悲しげな表情を消して、指導者としての顔に切り替えたのがわかった。

 まだ賢一と同い年の少女なのに、この神社の責任者として頑張っているのだ。相当無理をしてきたし、色々大変な思いをしていることがすぐにわかった。

 元さんというは老婆の名前だったのか。入れ歯をフガフガと動かしながら、それでも一生懸命話しだした。


「……小学生くらいのガキンチョ数人がね。本殿のほうから……囲いを抜けて……裏山に降りっていたのをわたしゃ見たんだよ。止めたんだけど言うこと聞きゃしない。それで守衛さんに相談したんだけど、わたしらじゃ追いかけることもできねぇってんでね」


 若人のくせに情けない、と老婆は中年の守衛二人のすねを蹴り飛ばす。

 守衛は苦笑いを浮かべながら「レベル足りねぇんだから仕方ねぇだろう」と愚痴をこぼした。

 この神社での見張りは主に外で何か異変がないか上に報告するのが仕事だ。そもそもまともにここらのモンスターと戦闘経験を積んでいるのは刀華含め数名しかいない。RPGって何?って人間も少くない。戦力として刀華とパーティーを組むには、悪い言い方だが足手まといが多すぎたのだ。

 老婆の話を真剣に聞き入っていた刀華がふと思いついたように顔を上げ賢一を見る。


「ガキンチョって……」


「まさか!?」


 貴文たちに違いなかった。

 あいつら、あれだけ注意してやったのに、自分達だけで勝手に外に出やがった。しかも本殿から貴重な武器や防具、そして『リヴァローズ』まで持ち出して……。

 いや待てよ。

 貴文の目的は両親の蘇生にあったはずだ。どこで聞いたか知らないが、本殿に蘇生アイテムがあるって知っていたとしたら。

 

「……試さずにはいられないだろうな」


「ああ。両親が生き返るかもしれない術があって、それで何もしないような奴じゃない」


 刀華が同意する。と、同時に[メニュー]を呼び出し、装備アイテムスキルの確認をしていた。追いかける気満々だな。さすが勇ましいぜ。

 

「元さん、貴文たちは裏山から湖方面へ行ったんですね?」


 賢一の顔を見て、「お前さんは何者だ?」って訝しげに見られるが、老婆も守衛も刀華の連れってことで信用してもらえた。


「ああ。縦浜を北西に山戸市方面に進んどったわ。深い森は避けて今はもう廃墟じゃが、住宅地の中に入っていきよったのは覚えとる」


 賢一は境内から深い森の横に広がるビル群を眺めた。今はもうモンスターに蹂躙され異常な植物の繁栄によって、どこの熱帯雨林だとも言えるような様相の中、ぽっかり背の高い大規模マンションや、会社の看板が張ってある広告塔、工事現場の倒壊予定建造物がチラホラと見られた。住宅地とはその更に右方向にある赤い屋根の多い小さな町だった。そこだけ木々がまばらで、すすきのような背の低い草地が広がっている。あそこならば見晴らしがききモンスターからの奇襲も少く、比較的安全に湖の近くまで行けるであろう。ガキのくせに中々考えているじゃないか。

 そう賢一が感心していたら、刀華が腹立たしげに唇を噛んでいた。


「馬鹿。あそこはミノタウロスの餌場だぞ」


「ミノタウロスって言ったら、あのギリシャ神話の?」


「ああ。牛みたいに力の強いモンスタ―だ」


 ゲームのモンスターに使用される原初のモデルは、実は神話や伝説に出てくるものがほとんどだ。 

 例えばクトゥルフ神話とかギリシャ神話とか。たまに悪魔や天使なんかもモデルとして使用したりする。吸血鬼やゾンビなど、宗教的戒律の厳しい土地だと忌避されるようなものまで娯楽として牽引してくるのは日本人の宗教思想的逞しさゆえだろう。

 そしてこのミノタウロス―――ミノス王の妃パシファエが牛と性交して生まれた半人半牛の化物で、日本でもそれなり有名なモンスタ―だ。

 

「えっと刀華は戦ったことあるの?」


「一回だけな。動きが鈍く魔法防御力が紙みたいなものだったから強力な魔法を連発していたら勝てた」


 しかし、と刀華は続ける。

 

「物理攻撃がなぜか効かなかったんだ。それどころか棍で攻撃したら逆にこちらがダメ―ジを受けた。《カウンター》スキルかと思ったが、相手は何もアクションを起こしておらず、今思い返せば何か壁でも殴りつけたような感触だった。あれは一体何だったんだろう」


「それって……」


 賢一には思い当たるふしがあった。戦闘用スキルの中でもかなり高度なものだが、《物理攻撃無効》やら《物理反射》なんて凶悪なものが過去スクエニから出されたゲームの中で存在したのだ。LV99まで上げて、せっかく一撃必殺の攻撃を繰り出しても、それが跳ね返ってきてパーティー全滅なんてこともたまにあった。賢一の処女作である同人ゲームでも隠しボスに《物理反射》《魔法反射》のステートを何ターンか付す技を持たせて、テストプレイヤーにかなり文句を言われたのを覚えている。


「貴文たちって魔法使えたっけ?」


 刀華はこめかみをおさえて苦しげに首を横に振る。

  

「あいつらまだレベル3で、魔法なんて使えても《初期氷結呪文クールダスト》くらいだと思う」


「氷結呪文を得意にしているのか。……ミノタウロスの弱点属性は?」


「炎だ。氷には耐性がある」


「…………」 


 これ以上ないくらい絶望的な状況だった。

 だから言ったんだ。ちゃんと大人と相談してから行けって。

 情報はステータス以上の力になる。

 どんなモンスターが出現しどんな攻撃をしてどんな弱点を持っているのか。最低でもそれだけは調べて準備をしていかないと、どれだけ熟練した冒険者でも全滅してしまうんだ。

 くそっ、あの時無理矢理にでも止めておけばっ! 

 ……いや、賢一が例え暴力に訴えてもあいつらは止まらなかったか。

 

 ―――見捨てるって手もあるのか。

 

 賢一の脳裏に今まで知らずに溜まっていたフラストレーションが頭をもたげる。

 例えば親父である政秋に対する愚痴や文句、あんなゲーム始めなければよかったという自分の後悔。などなど、積もり積もった無意識下での感情の爆発が起こりかけている。

 それが今八つ当たりだろうがなんだろうが、勝手な真似をした貴文たちに向かっている。

 面倒みきれない。早く東京に行って俺は魔王を倒したいんだって思いが渦巻いていた。って言うか、賢一は主に刀に頼った物理攻撃主体の戦い方をしている。ミノタウロスとは絶対的に相性が悪かった。

 自己責任、日本にはいい言葉があるじゃないか。

 助けにいくか、見捨てるか。


「……………………」


「……賢一?」


 沈黙した賢一に不思議そうに刀華が尋ねる。

 その瞳には何の不誠実な濁りもなく、ただ子供たちを心配する彼女の優しさがあって……。

 賢一は意識して奥歯を噛み締めた。


 いずれにしろ―――。


「っここで見捨てたら今夜安眠できるかわかんねぇだろうが!」


 子供の無鉄砲さとか自分の葛藤とか、全部含めて叫んだ。

 刀華がびっくりしているが、もうそんなの気にしない。


「け、賢一?」


「刀華、俺は実は小心者なんだ」


「そ、そうなのか?」


「貴文たちが幽霊になって、今晩現われたらどうしようってビクビクしてる」


「は、はぁ……。でもこの世界じゃ、死んでも棺になるだけでは」


「そんなことわかるかよ! 実は死んでて、魂だけになってるかもしんねぇだろう!」


「ま、まあ。それは確かに。賢一はお化けが怖いのか?」


「……ああ。かなり。だから俺もあいつらを助けにいく。君と一緒に行かせてくれ! っていうか、一人で行くの怖いから着いてきてくれっ!」


 もうやけくそだった。

 顔が焼けるほど熱いが、そんなのもうどうでもいい。


「…………」


 刀華は呆然と目を見開き、賢一の吐露を聞いていた。

 ああっ、絶対に情けない奴だと思われたよ。自分でフラグ壊したよ。っていうか、フラグなんて最初からなかったけどさぁ。


「ガキどもが夜夢枕に立つかと思うと眠れない。だから―――俺も君と一緒に行くよ」


「そうか。確かにお前は小心者なのかもしれないな。だけど……」


 刀華は屈託のない笑顔を向けてきた。


「それがお前の優しさゆえのことならば、わたしは誇ってもいいと思うぞ」


 畜生。

 これまで恋愛至上主義の社会に唾を吐いてきたが、思わず恋愛もいいかもなんて思っちまったじゃねぇか。


 その笑顔は反則すぎる。


「……ちっ、人前でいちゃつきやがって」


「うちのかみさんだって棺になってさえいなければなぁ」


「若いもんはええのう」


 賢一と刀華のやりとりはばっちり元さんや守衛に見られており、後で恥ずかしい思いをすることになってしまった。




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