救出イベント フラグ1
恋愛ゲームでいうところの、刀華の賢一への好感度は今のところ10くらい。
イケメンだった。+1
強くて頼りになる。+5
優しい+4
あと+5くらいで惚れますw
翌朝、賢一は早速神社の社務所にある雑貨屋(サバイバルの役に立ちそうなものを売っているなんでも屋)みたいな場所に来ていた。回復薬を作る上で欠かせない薬草や、ちょっとした食糧なんかも取引されている。
賢一は二万円を払って薬草を買えるだけ買って、残りで足りなくなった携帯用充電器などを購入した。それから防具を新調する。ボロボロになったコートは捨てて、新しくブラックトレンチコートを購入した。さらにアリラスのスニーカーを装備、これまた真っ黒のものだった。そして刀が汗で滑らないようにするため、厚手の手袋を購入。
これで守備力が10以上増えた。所持金にもまだまだ余裕があるが、できるだけ無駄使いは避けて必要なものだけを選択していった。
奥まった離れには畳座敷にテーブルを置いて、数人の老人たちがこれからどうするかを話し合っていた。手には缶ビール。スルメやらおつまみもテーブルの上に出されている。
賢一も隣で茶を啜りながら話を聞いていると、「森のダンジョンに巨大な鬼がでた」「ライオンのような体をした尻尾が蛇の魔物が近くを徘徊している」「湖にはインスマスという魚人が住んでいる」などと眉唾ものだが、結構有益な情報が手に入った。
RPGでいう村の酒場みたいな感じだな。
やはりどうやって魔王を倒すかというような議論はまだなく、どうやって生き延びるのかに重点を置いた話し合いになっていた。まあ、当然といえば当然か。
今現在、賢一のように最初からゲームクリアに焦点を絞っているプレイヤーがどれだけいるのだろうか。ほとんどの人間は生きるだけで精一杯で、他のことなど気にしてられない。
日本人口一億三千万を支えてきた物流、電気、上下水道の供給はストップし、明日の食糧でさえままならない。
神社にいる人達の中にはやはり東京にいって政府の管理に入ろうという者もいるが、首都までの道のりは遠く険しい。ここは現代都市神奈川とは言っても、道路は樹木や湖で切断され、鉄道は突然現われた岩石や山で封鎖されているような現状。体力がありある程度RPGに自信のある者ならば良いが、お年寄りや幼い子供までいるこの集落では全員の移動は難しい。途中モンスターの群れにでも出くわせば全滅という事態すらありうる。
昨日のうちに賢一のことはコミュニティ中に広まっているのか、神社にいる人達の視線はかなり気になった。
「あの若造、かなり強いんだってよ」「おお、そりゃ心強いじゃねぇか」「なんでも隣の県からはるばる来たらしいぜ」「刀華ちゃんと一緒にこの神社を守ってくれないかねぇ」「えぇ、でもあいつ東京目指して旅してるって言ってたぞ」「じゃ、じゃあ、あいつについていけば……」「馬鹿、あいつがいくら強くっても、ここにいる全員守ってくれるわけじゃねぇんだぞ」「……そりゃそうだな。やっぱり自分の身は自分で守らないと」「うん。けどレベル足りねぇ……」という話が賢一の耳にも聞こえてきていた。
別の県からダンジョンのごときジャングルと化した都会のビル群をモンスターを倒しながら踏破してきたという情報が広まり、さらに刀華が信頼を置いているというから、好奇心半分羨み半分といったすごく微妙に生ぬるい視線になっていた。
やっぱり刀華はこの神社のアイドルみたいな存在なのか。
「なに、お前? あの娘に手出したらぶっ殺すぞ」みたいな嫉妬とからかいの言葉も聞かされるはめになった。賢一が友達が少ないのは、この人付き合いの要領の悪さがあるからだろうか。なんにもしていないのに、質問攻めにされて、早朝からひどく精神的に疲れてしまった。
賢一のレベルが異様に高い。
それだけで勝手にコミュ内での期待は高まる。だが、賢一は一刻も早く東京へ行って、レイスヴェリアに渡る方法を探したい。否応なく神社の中の人たちは賢一のその考えを聞いて落胆することになるのだ。自分のせいで人々の希望が絶望に変わる。その光景は賢一の胸に鋭い痛みを穿ち、沈んだ気持ちをさらに暗澹とさせる。そりゃ確かに安全安心なコミュニティ内に所属し、人々の為に戦うってことがどれほど心地良いものかは理解できる。だが、このゲームを始めてしまった者としての責任が自分の肩にのしかかってくる。
―――自分は立ち止まるわけにはいかないのだ。
「はぁ。わかってはいたけど、心が痛いなぁ」
いたたまれなくなって社務所から出て、昨日刀華と一緒に座った境内のベンチで一息いれる。
賢一はコーヒーをメニュー欄のアイテムから取り出して、タブを引っ張った。缶はまだ冷たく結露が裏に残っていた。どうやらアイテム欄に入れたものは全て入れた時と同様の形で保存されるようだった。腐ったらどうしようと日持ちする食材をたくさん保持していたのにその意味はなかったのだ。
賢一はスキル『調合』を選んで、雑草と薬草、それにモンスターの肉片を取り出し合体させた。宙空に銀色に輝く円形の物体が見える。あの特殊な空間で選択したアイテムをミックスしているのだ。そこに何の賢一の操作はない。ただアイテムを選んで放り込んだらあとは勝手にシステムがやってくれる。
レア度が高いものを合成する時は失敗する時もあるが、上級回復薬くらいならばほぼ100%成功するだろう。
そして10秒ほどたった後、電子レンジがチンとなるような機械音がして、銀色の空間が破裂する。激しい閃光に目を灼かれ、そしてしばらくしたあとには、賢一の手には薄緑色した液体の入った瓶が握られていた。
『上回復薬・改』だった。《調合スキル・レベルアップ!》と頭上に表示される。
スキル上昇に合わせてステータスも変化した。力が1減って、精神が3増えていた。あらら、減る場合もあるんだよな、このゲーム。
試しにレベルアップした調合で何ができるのかサンプルを見てみる。すると以前よりもずっと変化の幅が増えていて驚いた。
おお、やっぱり調合スキルが一つ上がったら、調合にもバリエーションが出来て、改良版が出来上がる確率が増えるのか。
何を混ぜたら何が出来るかはほとんど決まっているが、たまに全く別のものが完成したりする。そのちょっとした不確定さも調合の面白さの一つだろう。
「―――おい、お前!」
と、賢一が調合の結果に満足している時、突然背後から声がかけられた。
びっくりして振り向いてみれば、歳の頃は11、12歳くらいだろうか。一人の少年が金属バットを賢一に突きつけて、口をへの字に曲げていた。
「君は確か……木戸君だったっけ」
少年は黙って頷いた。
木戸貴文、小学六年生。賢一と同じ道場で布団をしいて雑魚寝していた者の一人だ。なんでもこの神社に避難してくる際、魔物に襲われているのを刀華に助けてもらったらしい。だが彼の両親までは助けられなかったらしく、まだその棺は樹林の奥に眠っているという。
「えっと、何か用かな?」
「…………」
貴文は黙って顎を振った。どうやら付いて来いという意味らしい。む、生意気盛りのガキのようで、こっちの意思は無視か。
一応付いて行ってみるけど、賢一がちんたら歩いているのが気に入らないらしく、途中から腕をとって走りだした。神池を通り過ぎ、本殿を横目に過ぎ、境内の奥にある鎮守の杜へと入っていく。とても年季が感じられる樹木が等間隔で並ぶ林の中、ようやく少年は立ち止まった。
「おいお前ら、出て来い」
そう貴文が周囲に叫ぶと、いきなりわらわらとまだ幼い少年少女たちが10人ほど樹木から顔を出し始めたではないか。
どうやら貴文はこの神社の中で少年少女たちのリーダー格なのだろう。
あれこれと指示を出して、よく皆を纏めている。
彼らの手には各々ナイフやら短刀が握られており、平和な日本ではありえない光景がそこには広がっていた。
まるで昔見た映画のスラムストリートの少年グループのようだった。
体が小さくリーチが狭いのをなんとか埋めようとしてか、手作りのボウガンを持っている子供もちらほらと見られた。攻撃力は低そうだったがちゃんと装備もしており、レベルの低いスライムくらいなら倒せそうに思う。
そもそもこのゲーム、戦闘に人数制限がなく、強い敵を相手に100人、いや1000人でフルボッコにしてもOKな仕様になっている。この子供達の一番の武器は『数』そのもののように見えた。
「おお、こいつか。すげーレベルが高い余所者って」
「おう。間違いねぇ。刀華姉ちゃんよりも強いらしいぜ」
「えー、なんか頼りなさそうよ」
ううむ、子供が話出すと止まらないな。
まだ幼稚園くらいの子もいるし、年齢層は幅広い。長年放置された雑草が背を伸ばし、叢に埋もれて姿の見えなくなった子供もいた。
「おい、お前。強いんだろう? なら俺たちと一緒に北見町まで来いよ」
「北見町って湖のある方向か?」
賢一の質問に対して貴文は頷いた。
神社の裏手に見える大きな湖。
関東のど真ん中を貫くように現われた美しいエメラルドグリーンの湖面がここからでもよく見える。森と岩山に囲まれた複雑な地形の中にあり、子供の足であそこまで行くのはかなりきつそうだった。
「俺と君達であそこまで? そりゃあ自殺行為だよ」
「はぁ? お前レベル14くらいあるんだろう。あんなとこ楽勝だろうが!」
突如激昂する貴文。それに加わるかたちで取り巻きの少年がはやし立てる。
「臆病者! 大人は皆そうだ! びびって何もしやしない。神社の外に行くのは刀華姉ちゃんだけだ」
「そうだ! 図体でかいだけの臆病者!」
大勢の少年少女の罵声に少し賢一は戸惑ってしまう。
「そもそもどうしてあんな危険な場所に行こうとするんだ。もしかしてレベル上げの為か? いつまでもゲーム感覚でいると大変な目にあうぞ」
「俺たちは遊びでこんなことしてるわけじゃない!」
「おわっ」
貴文は賢一の腹をドンと押して叫んだ。
「―――母さんと父さんを生き返らせるんだ」
「っ!?」
予想できたことと言えば予想できた答え。だが、それでも賢一の心に一抹の感傷が芽生えたことは確かだった。
この神社にいる子供たちの中の何名がちゃんと両親が今生きてここにいるのだろうか。ゲーム開始時から考えて、恐ろしいほどのスピードでモンスターが繁殖していっている。それも時間が経てば経つほど強力な個体が生まれて出ていた。ほとんどの家庭は食糧や水が尽きるその時までずっと家に引きこもっており、仕方なく外に避難したのはつい最近と思われる。その頃にはもう初心者では太刀打ち出来ないほどのモンスターが生まれており、彼らのほとんどが今どこかで棺になっていると思われた。この子供たちの両親もその中の一人なのだろう。
「普通死んじゃったらお終いだけど、今ならまだ神社に棺を運びこんでお金さえ払えば生き返るんだ。死んだ人達に聞いたら棺の中は何も感じないし何をすることもできない地獄のようだったって聞いた。そんなところに父さんや母さんを置いておけるかよ!」
「君たち全員親はいないのか?」
貴文はそれに首を横に振った。
「この中で両親ともいないのは俺だけだ。でも皆父親や母親の片方が死んじゃってる」
山の稜線付近にある太陽がさらに高度を増している。もうすぐ正午ぐらいか。
やれやれ、昼には刀華に挨拶して出発するつもりだったんだが、これはまだ引き止められそうだな。
「そうか……。でも駄目だ」
賢一は心の中にある同情と憐憫の念を抑えて、言葉を搾り出した。
貴文の顔に失望と憤慨の感情が混じった。
賢一とて何とかしてやりたい気持ちはあるが、軽く安請け合いできない事情も多分に存在していた。
「まず一つが湖まで行ったら、たどり着いた時、もしくは帰りは絶対に夜になっている。俺はここらへんの魔物には大抵勝てる自信があるけど、夜の奴らは強い。突然変異って言うのか、見たことないモンスターが出てきたり、凶悪な即死魔法やステート変化攻撃を使ってくる場合がある。俺も今まで夜中も戦ってきたけど、何回も死にかけてきた。そのたびに空き家になった民家に逃げこんでたもんだよ。俺一人でもそうなんだから、君達みたいな足手まといが大勢いたらまともに戦えない。きっと全滅する。これは断言してあげるよ。俺たちにはまだ無理だ。もっとレベルを上げてスキルを上げないと……」
「俺たちをなめんな! もうレベル3だ! こう見えても鍛えてんだよ」
「いやいや全然足りないよ。せめてその倍は欲しい。それに君達この神社の周りの小物しか狩ったことないんだろう。自分よりも強い魔物を相手にどれだけ戦えるか試したこともないわけだ。それじゃあ湖の敵には勝てない」
神社の近くにやってくる敵は夜を除いて弱い敵が多いのだ。刀華に聞いたことだが、朝の間は子供で倒せるほどのスライムやゴブリン程度の敵がほとんどらしい。多分神社には強い魔物が近づけない何かしらの結界みたいなものがあるんじゃないだろうか。
「君たちだけで旅をした経験はあるのか? 今所持している食糧や水はどれくらいある? 回復薬の量は? ちゃんと計画しているんだろうな? これはゲームであってゲームじゃないんだぞ。腹が減ったら死ぬし、長いこと歩いてたらHPも減る。ちゃんと計画して冒険していかないと即効で死んじまうんだ。そこらへん考えて動かないと。色々大変なんだよ。だから、子供ばっかで冒険なんてしないで大人も含めてもっと相談をしてだな……」
「―――うるさい! もういいよ!」
「痛っ! ぐ、あああああ……」
金属バットで足を殴られた。賢一は弁慶の泣き所を抑えて、地面に跪いてしまう。
ちょっ、マジで洒落にならねぇ。ダメージでHPバーが少し減ってしまったじゃねぇか。子供ってこういうところがあるんだよな。やるときはどんだけ酷いことでも戸惑なくやるんだ。ある意味無邪気さは残酷さに繋がるんだよ。
確かに酷いこと言ったけど、それは子供たちが危険なことをしないよう厳しく注意したつもりで、嫌がらせをした覚えはない。くそっ、これが今の十代か。ゆとりの障害だな(賢一もゆとり世代です)。
「せめてレベル10くらいの前衛がもう一人……、それから、絶対に回復係が必要なんだ! おいっ、聞いてるのか!」
「馬―――鹿」
蜘蛛の子を散らすように消えていく子供たち。ああっもう人の話を聞かない奴らだな。
ったく、まさかあいつらだけで外に出たりしないだろうなぁ。確か入り口の鳥居には見張りの大人が二人いたはずだ。あいつらが外に出ないよう見張ってくれているだろう。
『―――母さんと父さんを生き返らせるんだ』
この言葉が賢一の頭をよぎる。なんとかしてやりたいって気持ちがまだ胸の蟠りのあちこちにへばりついている。親と別れて心細い子供たちはあの少年たちだけじゃない。多分世界を見ればもっと大勢いるんだろう。このゲームが始まったせいで……。
くそっ、改めて何てゲームだよって感じだな。他人の人生狂わせてんじゃねぇよ、糞親父。
あんたは自信満々にこのゲームを世に出したんだろうけどな。
俺に言わせちゃ、こんなもんやっぱ糞ゲーなんだよ。
いつまでもピーターパンシンドロームにひたりやがって。
賢一はまだ痛む脛をさすりながら立ち上がった。
「ん? 賢一、そんなところでぼうっとしてどうしたんだ?」
と、そこに刀華が林から現われた。白いジャージとスパッツ姿で、肩にはタオル、右手にはスポーツ飲料が握られていた。今までどこかで激しい運動でもしていたのか、額には汗が浮いていた。
特訓……。
練習、稽古、修行。
しかし、この半ばゲーム化した世界では、ただ単に走りまわったり、筋トレをしたりはあまり意味をなさなくなっていた。ただ敵を倒して経験値を集めてレベルを上げるか、スキルを上げるかしか、ステータスは上がらないのだ。刀華だってそんなことは知っているはずなのに……。
「ああ、確かに賢一からしたら不思議だろうな。だがこれはもうわたしの習慣の一つになっているのだ」
賢一の不思議そうな顔で察したのか、刀華は照れたように自分の毎朝の習慣を語りだした。
「毎朝起きてすぐにランニング、その後素振り100回と筋トレを3セット。これで何が変わるものでもないが、気持ちが引き締まるのだ。今日も精一杯生き延びようって感じかな」
「へー、さすが健全だね。俺みたいな怠け者には無理だ」
笑って刀華を褒めたたえたが、彼女はそれに苦笑いを浮かべる。
「武道って『道』って書くだろう。ずっと続いていくもので、立ち止まっちゃいけない。ちょっとでもサボったら駄目なんだ」
「なるほど」
しかし、刀華はふと気づいたように、首を横に振って眉をしかめた。視線を賢一から逸らし、深い山の稜線の向こう、日光の進路の先、地平線の彼方を見通す。
雲の合間から漏れる白濁色の光を浴びた瞳に一抹の濁りを浮かべて、刀華は一転己の弱さを恥じるようにうつむいた。
「いや、これも言い訳なのかもしれない。ただわたしは不安なのだと思う」
「不安?」
賢一が問いただすと、「いや、忘れてくれ」と刀華は一転華やかな笑顔を浮かべる。
ううん、これはこれ以上突っ込まないほうがいいかもしれないな。
そう思って、賢一は話題を意図的にずらした。
「そうそう。刀華は木戸貴文って男の子知ってる? 小学校6年生くらいの」
「ああ、あの悪ガキか。もしかして賢一も湖まで同行してほしいと頼まれたのか?」
「え? なんでわかったんだ」
「はぁ、またか……。いや、貴文は両親を助けるため腕に覚えのある大人にはほとんど声をかけているんだ。わたしにも何度と相談をもちかけてきていた。もちろん無理だと断ったがな」
おいおい。
あいつら、俺だけじゃなくてここの人たち全員を冒険に誘ってるのかよ。あの様子だと全部断られていたみたいだな。目の色に焦りが見られたし、ますます馬鹿な真似をしないか心配になってくる。
もしあいつらが俺の言葉に反発して勝手に神社を出ていって、もしも全員棺になってしまったとしたら。
―――それはもしかして、全部賢一のせいになるのではないか?
「ああっ、くそ。大丈夫かな、あいつら。思いつめて勝手に出ていかないか不安になってくるぜ」
「賢一がうまく諭してくれたのではないのか?」
「会ったばかりの俺の言うことを素直に聞くような奴らじゃなかったと思うんだが……」
「愚問だったな。わかった。今度見かけたらちゃんと無茶しないよう厳しく言っておくよ」
刀華は唇を引き締めて少し強い口調でそう言った。
「ははは。刀華の言うことなら聞くんだ」
「今度という今度は尻を叩くだけでは足りないな」
おお、将来子供に厳しい教育ママになりそうな気がしてきた。
今の刀華は運動後ということなのか昨日と違って髪をおろしている。腰まで届きそうなくらいの艶やかな黒髪が木漏れ日の下でキラキラと輝いていた。汗でシャツが張り付いて上半身のシルエットが艶めかしい。男っぽい口調の彼女だが、そうやって意識して見ると逆に女を感じさせ、賢一は自分の頬が無意識に赤くなっているのに気づけなかった。
「ん。どうした、賢一? 風邪でもひいたか。なんだか顔が真っ赤だが……」
「え!? そんなことないよ。全然元気。血色がいいだけさ」
「ははは。なんだそうか。うん、元気なのはいいことだ」
と、一時笑ったところで、刀華がふと気づいたように腕時計へ目を落とす。
「賢一、お前もう出発する時刻じゃないのか? たしか昼には出発するって昨日言ってたと思うが……」
「あ、ああ。うん。色々あってまだ準備終わってないんだ」
「なんだ。結構お前もおっちょこちょいなところもあるんだな」
彼女の呆れたような笑い声が樹林に響く。
おっちょこちょいというか、賢一の場合綿密な計画を事前に立てて満足するが、それでも最終的にその通りにうまく物事が運ぶことなど人生で一度もなかった。ステータスにも現れているが、やはり運がないのであろうか。刀華のと比べてびっくりするほど賢一の運は低かった。なんだろう。涙が出そうだ。
「よし! わたしもお前の準備を手伝ってやろう」
「え、ええ!? いいよ。あとちょっとアイテムを揃えればいいだけだし」
「遠慮するな。足りないものがあればわたしに言ってくれればいい。本殿の中にも在庫があって武器防具はもちろんアイテムだってたくさんある。本来なら持ち出し禁止のものだって、賢一にならあげてもいい」
本殿……?
ああ、あの高床式倉庫みたいなやつか。
「持ち出し禁止って……大分貴重なもんなんだろう」
「ここに閉じこもっているわたしたちが持つよりも、お前が持っていてくれた方が役にたつだろうからな。この前たまたまモンスタ―がドロップしたものなんだがな……」
刀華は賢一の耳もとに唇を近づけて、「実はな」と潜めた声を出す。
「『リヴァローズ』正式には『リヴァイブ・グリーンローズ』という名前のアイテムで、―――死んだ人間を生き返らせることができるみたいなんだ」
「え!?」
賢一は思わず耳を疑った。
「それは本当なのか?」
「ああ。いざという時の為に残しておいたものだが、賢一に使ってほしい」
どのRPGにも死んでしまったプレイヤ―を蘇生させるアイテムや魔法がある。賢一もそれを探して、あるいは調合しようとして努力していたのだが、今までついぞ見つからなかった。棺を神社仏閣に持ち込んで金銭を払えば生き返らせることができるのだが、そこまで運ぶのにかなりの労力がいる(かなり重いので)し、途中で敵に襲われたらたまらんので、道中助けたくても助けられない人達がたくさんいた。しかし、この[蘇生アイテム]さえあれば、どこにいたって暗い死の淵から救ってあげることができるのだ。
「うわぁ、マジか。……量産ってできないかな?」
「ははは。さすがにそこまではな。分かっているのは《死戯蝶》のドロップアイテムだったってことだけだ」
「なんとか人為的に作り出せないかな」
「さぁな。風の噂で東京にレアスキル[コピー]を持つ人間がいると聞く。本当にいるのならそいつに何個も複製してもらうのも手だな」
「おおっ、[コピー]なんて初めて聞いた。そうか。そうしよう。コピーしてもらえばいいんだ」
死戯蝶とはたまにフィールドでエンカウントするレアモンスターだ。そいつが出てくるのを待つより、さっさと東京へ行って量産してもらう方が楽に決まっている。
東京へ行く目的が増えたな。まず、魔王を倒す為にレイスヴェリアへ渡るための船を政府に貸してもらう。そしてスキル[コピー]を持つプレイヤーを探し出して、刀華からもらったリヴァローズを複製してもらうのだ。
賢一の最終目標であり、よりプライオリティが高いのは、魔王討伐に向けての準備だ。だがしかし、その道中で出会う棺になっている人達にはできるだけ蘇生してもらい、家族のもとへ帰って欲しかった。これで賢一親子がしでかしたことの罪滅しになるとは思わないが、やらないよりはいいだろう。
「すまない、刀華。そんな大事なものを貰って……」
「立派な男児が気軽に頭を下げるな。人の好意は素直に受け取っておけ。とは言っても真面目なお前には無理か……」
賢一が頭を下げると、刀華は苦笑いをこぼし、ふと何かを思いついたようにして
「そんな済まなそうな顔をするな。……それに、誰がただで譲り渡すと言ったんだ?」
そう得意げに切り替えしてきた。
彼女の頬が赤く、照れ隠しのつもりなのだろうが、隠しきれていない。随分と不器用な役者だった。賢一がこれ以上気を使わないように刀華がうった芝居なのだろうが、表情も口調も堅く一瞬でどういう意図なのか気づいてしまった。賢一は「あまり無理をするな」と思わずツッコミそうになったが、それは彼女の気遣いを無にしてしまうと思い直し、この芝居に乗ってみることにした。
「へ、へぇ。いくらで売ってくれるんだ? も、持ち合わせが少ないから、あまり高いと手が出ないなぁ」
我ながら刀華に負けない大根っぷりであった。
刀華はそれを聞き我が意を得たりとパァっと表情が華やいだが、それを隠して一刻眉をひそめやがて重々しく口を開いた。
「……そうだな。お前のメロンソーダ味の回復薬で手を打とう」
め、メロンソーダ?
そう言えば刀華、あの薬大分気に入ったみたいだったな。ジュース感覚でも美味しいからな、あれ。
「それだけでいいのか。そりゃあ気前がいいな」
「あの飲んだ後の爽快感がたまらなかった。くせになったんだ」
「ははは。こんなもんでよければいくらでも持ってけよ」
「商談成立だな」
二人の笑い声が森に響いた。
フラグ2に移行します。