刀華
一話一話が長いです。
でも、ラノベの一章一章もこんな感じですよね。
今日は忙しいので更新はこれだけです。
新縦浜は関東における新幹線の玄関口のような場所で、駅周辺にはオフィスビルが立ち並び、総合競技場やらアリーナやらイベント会場の最寄駅となっている。
柿崎神社はこの駅から歩いて500メートル先の都心の真ん中にひっそりと眠るように存在していた。
半ばコンクリートの塊と化した山の頂きに『柿崎神社』という旗というかのぼりが立てられている。横には地面の隆起で半ば倒壊しかけた鷹島屋やビッグガメラといった大型専門店があり、前を通る四車線の国道にはコンクリートの上にまばらに草原が生まれていた。
このあたり全て野性味溢れる自然環境の中、この神社のまわりだけゲーム侵食による変化が乏しい。どうやらモンスターも本当にいないようだし、以前は街でごろごろ見かけた棺が全然見当たらなかった。神社を中心に半径およそ300mが安全圏と考えてよいらしい。
そしてなにより賢一を驚かせたのが、携帯の電波が復活していることである。しかも三本バー。今まで圏外ばっかだったので、これはかなり嬉しい。
あとで知り合いに連絡しておこう。ラジオの波数もちゃんと合うし、音ズレもあまりなかった。近くにはコンビニもあるし、百貨店もある。食糧は困らないし、ここを拠点にと考えるプレイヤーも多くいそうだった。
現に今まで滅多にお目にかかれなかった棺以外の人間が神社の付近には大勢いる。
皆各々武装しているようで、中には老人なのにちゃんと[スキル]をセットして回復魔法を使い、自らの腰痛を治している光景まであった。
医者いらずだな……この世界。
賢一と刀華が何百段もある地獄の石段を上りきり、やっと神社に到着した頃にはもう午後5時を過ぎており、西日が地平線を真っ赤に染めて、社殿の瓦を朱紫色に彩っていた。
この異常な世界において、時間間隔というものは非常に大事になってくる。
夜になるとモンスターが凶暴化して、昼には出てこない強い個体まで登場するのだ。神社の上空には結界で入ってこれないのか全長5mくらいのコウモリのような魔物が涎を垂らしながら、こちらをじっと眺めている。
見たこともないような魔物で、きっと戦ったら強いのだろう。
神社の境内から周囲を見渡せば北西にある都満斗川が氾濫したのか大きな湖できていた。琵琶湖以上の大きさだろうか。今いる神奈川から東京、山梨、静岡あたりまで続き、地平線の果てが見えなかった。湖面からはビルの頭が浮いてでており、まるで滅んでしまった都市を見ているようだった。
ゲームと現実の世界が、ぐちゃぐちゃに織りまぜられているような印象。
いや現実の世界の方が幻想に食い散らかされて、バラバラに引き裂かれたかの形相だ。
境内は桜に囲まれており、その広場に小さな檀が設けられており、そこでは比較的若い世代の人間が、ゲームが苦手な者にメニュー画面の開け方や装備のやり方などを説明していた。その横には冒険で使えそうなアイテム、例えば剣道の竹刀や胴などが置かれており、戦える者は装備して皆を守るように指導してある。
ここ柿崎神社には東京に行くのも怖く、かといって家の中に閉じこもっているままは嫌だという人間たちのコミュニティが中心に集まったのだろう。
自分以外にもまだこんなにも生き残っている人がいる。そして頑張って生き残ろうとしている。
その事実が随分と賢一を勇気づけた。
「広い神社だな。これだけの人数を収容して……百人くらいいるんじゃないか」
「89人だ。でもここにいる半分は皆最初棺だったんだ」
「そうなの?」
賢一は目を見開いて、周囲にいる人たちをぐるっと眺める。皆動き回っており、一回死んだことがあるなどと信じられなかった。
しかもそのほとんどは彼女が森から棺を引きずって神社まで運んできたという。一人で危険なダンジョンにいて、男たちに絡まれていたのも、棺になった人たちを助けるためだったのだ。
刀華は生き返った人たちがまた元気に生き返ったことが嬉しいと、綺麗な笑顔で話す。
「棺を神社に運びこんでお賽銭箱にお金を入れると復活するんだ。皆レベル1だったから1000円で蘇ることができた」
「千円……。命の値段としては安いものだな。でもそれじゃ君の家は大儲けだろう」
しかし、突然彼女の視線に暗いものが混じった。
「いいや、……お金ないんだ」
「はぁ?」
「なぜかお賽銭箱に入れたお金がどこかに消えてしまっているんだ」
うわぁ、89人の半分、約44人を生き返らせているわけだから、かなりの出費だな。
刀華は暗い顔をして、家計の心配をしている。世知辛ェ……。
賢一は話を変えるために、努めて明るい顔で呼びかけた。
「そ、そういえば、刀華さんって俺と同い年なんだな」
「刀華と呼び捨てでいい。わたしも君のことは賢一と呼ばせてもらおう」
「あ、ああ」
同世代女子に名前で呼ばれるって結構いいもんだな。高校生活三年間、まるっきりプログラミングと勉強に費やしてきたので、女の子との会話するのは久しぶりだった。
まわりにいる女子が阿呆みたいに我儘なお嬢様の幼馴染だけだったのも原因の一つだな。多分生き残っているから、東京に行けば会えるだろう。
「と、刀華は、今年大学だろう? こんな世界になっちゃって……入学大丈夫か?」
「ああ。東京の早京大学なんだが……賢一の方はどうなんだ?」
「おっ、俺も早京だ! 工学部の情報科」
「おおっ、奇遇だな! わたしは法学部だ」
なんという偶然だろうか。
同い年で今年同じ大学に入学する予定だったとは。
早京大学とは日本で一番と呼び声高い国立大学だ。クールで知的な外見通り、かなり頭がいいのだろう。しかし、それとは逆に瞳は燃えるような情熱を放っている。
しかし、先程まで明るかった刀華がまた沈んだ声音で話始める。
「……だが、お互い恐らく今年は大学がどうとか言ってはおれんだろうな。世界がモンスターだらけになって、日本中むちゃくちゃだ。食糧や水の供給、電気などのライフラインも止まったままだし。信じられんことだが、世界をこんな風に変えた奴がいるとしたら、断固として責任をとってもらわねばな」
「う……。あ、ああ。そうだよな。……やっぱ俺が責任とって、この世界なんとかしないと」
「?」
最後の賢一の呟きに反応したのか、刀華が不思議そうな顔をする。
世界をこんな風に変えた男の息子なんだって聞いたら、怒るだろうなこの娘。っていうか、この神社にいる皆からボコボコにされそうだ。
純粋な輝きを放つ刀華の瞳に、口が勝手に開きそうになるが、結局見つめ合ったままこのことは言い出せなかった。
なぜかこの娘に嫌われたくなかった。全て伝える勇気が出なかったのだ。
「ああ、そう言えば賢一。まだこんな世界になって間もないのに、君はかなり強かったな。暴漢どもに一瞬で刃を突きつけたあの剣さばきは見事だった。……わたしは元来機械やらゲームを苦手にしていてな。まだあまりこのシステムを理解できていないのだ。よければわたしに教えてくれないか?」
静かに停滞する空気を変えたのが、刀華だった。
山の谷間が沈みゆく太陽で、濃密に茜色の線で縁どられる。暗くなった場を明るくするためか、彼女は努めてはきはきとした声を出した。
「メニュー」と呼びかけ、刀華は自分のステータス画面を宙空に出現させた。性別によって色が違うのか、縁取りがピンクだった。
「ほらここなんだが……」と言って、賢一に寄り添うようにくっついてくる。自分の画面を他人に見せる場合、そうしないと見えないのはわかるんだが、こっちはこっちで焦ってしまってそれどころではない。
ああいい匂いするし。
いやいやいかんいかん。
不謹慎だな。
彼女がこんなに真面目に質問してくれているのに。
「あ、ああ。いいよ。俺はゲーム得意なんだ。ええっと、ああ。スタッフ(棒とか棍)レベルが上がって、[打撃]スキルが進化して、[強打撃]になってる。そのままだと使えないからまたアビリティーにセットしなおさないと」
「む……、難しいな。だいたいこのゲームにはレベルが多すぎる。職業レベルに武器レベルに魔法レベル、他にも色々チェックしないといけない。スキルなんて種類が多すぎて何をどう育てればいいのか全くわからん」
「でもスキルを考えて計画的に自分を鍛えないと後半かなりきついと思うよ。場合によっては魔法を捨てて肉弾戦最強を目指す方が特だったり、魔法を極限まで鍛えて肉体の強さは捨てるとかね。
そこらへんはパーティー組んだりして、プレイヤー同士補うもんなんだけど。でもこのゲームってたいていのMMOと違って、武器さえ変えればすぐに職業変更もできるし、オールラウンダーを目指した方が特なのかもしれないな。でもスキルによっては上がりにくいやつもあるし……」
「えっと、つまりまだ何もわからないってことか」
「うん。残念だけどエミンちゃんのチュ―トだけじゃ情報が足りない。基本最低限の体力、魔法抵抗力みたいな、防御系は鍛えておいた方が無難だと思う。攻撃食らったら一撃死なんて冗談みたいなことがマジで起こる可能性もあるから」
職業や武器、魔法レベルなんかはまだ分かりやすい。
スキルが恐らく何百、もしかしたら何千と用意されていて、それが上がるごとにステータスの値も上下する。つまりどのスキルを選んで上げるかも重要になってくるのだ。
賢一が今まで上げてきたスキルは[剣戟]と[剣技]や[防御]の物理系スキルだ。そのせいかだいぶ力やら体力、HPは上昇している。
しかし、魔法抵抗を示す精神やMPなどの魔法系ステータスの成長が停滞してしまった。それに気づいて[アイテム]や[調合スキル]を磨いて、必死に精神を少しずつ上げていっている。
魔法スキルを使えばすぐに精神は上がるそうだが、いまだに賢一は両手装備である刀を装備しているので、魔法が使えなかった。だって、攻撃力強いし、使い勝手がいいからさ。
しかし、逆に刀華のステータスを見てみると、これがまた賢一とは正反対。
物理面が最初の頃よりも下がっていて、魔法系スキルがどんどん上がっていた。習得魔法は五つ。サンダークロー・ヒール・コンセントレート・クールピラー・タイタン。スキル欄には魔法LV6とあり、スッタフLV7と合わせて、職業が初期の棒使いLV9から武闘派魔法使いLV2になっていた。
「へー、サンダークローは見せてもらったけど、他の魔法も見たいな。俺まだ全然魔法覚えてなくてさ。やっぱり武器変えないと駄目かなぁ。刀華はなんでその棍を使うようになったんだ?」
「ん? この神具はうちの神社の宝物なんだ。うちは代々戦いの神様を祭っていてな。裏の道場で子供たちにも棒術を教えているんだ。わたしはその免許皆伝で必然的に棒を使おうと思って」
刀華が持つ棍は竜傑棍と言うらしい。攻撃力……57!? すごい。中級だが、もう上級クラスの武器だ。
しかも棍の武器レベルが異常に高い。やはり何か武道経験がある奴はこの世界でも強いのか。
「へー、免許皆伝とはすごいな。俺なんか剣道二段。中学の頃やってたきりで腕が錆びちまってるよ」
「二段でもすごいじゃないか」
賢一はあえてここは否定しないでおいた。綺麗な女の子に誉められて悪い気はしないからだ。
剣道は中学でまず一級の試験から受けて、初段へ。ここまでは大きい声を出して相手に恐れずぶつかっていけば大抵合格できる。二段からは少し難しくなるが、三年もあれば十分に二段くらいはとれるのだ。
それに剣道の打ち方ではモンスター相手に致命傷にならない。あれはスポーツだから、相手を気遣って打っている。しかし、このゲームでそんなことをしていては、肉は斬れても骨は断てないというわけだ。
高所にある眺めの良い境内のベンチ。その隣には梅の花が植えられていて、可愛らしい桃色の花が咲いていた。その花びらが散ってつもった小さなベンチで、賢一と刀華は並んで座る。
二人ともメニュー画面を出して、お互いのアビリティーや上位スキル発現条件などを感心した様子で見入っていた。
「うん?」
と、ここで賢一はなにやら刀華のステータス画面の一番下の方。オプション欄の健康管理維持、身体測定というところに小さな小さな文字が見えてしまった。
[T161cm B:89 W:58 H:87……健康体]ってこれ、刀華の!?
「…………」
「……おい? どうした? いったい何が……。!?」
途端刀華の顔が真っ赤に染まる。「み、見るな」とステータス欄を消失させて、自分の体を隠すように抱きしめた。そして今ここでどれだけ賢一とひっついて座っていたのか意思したのか、急に恥ずかしそうにして身をすすっとベンチの端へ寄せた。
「い、いや、刀華はスタイルいいし綺麗だから。別に恥ずかしがることじゃなくて……、ええっとその」
いや、もう自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
そう言えば自分のオプション欄にも身長体重、血糖値、血圧など様々な健康状態を表すグラフがあったのを思い出した。あれ、女の子の場合はスリーサイズまで出るのか。
「ば、馬鹿。綺麗とかっ、何を言っている! ええぃ、わたしだけ不公平だ。お前のステータスも隅から隅まで見てやる」
「あっ、ちょっと……」
刀華が横から手を出して、勝手に賢一のメニュー画面をクリックし始める。
って、これって他人が触っても反応するんだな。魔法のように勝手に出現するこのシステムだが、主人以外が触っても反応しないと思っていた。
賢一の今まで鍛えあげてきた全てが白日の元にさらされている。なんか恥ずかしいな。
彼女は賢一のステータス、かしこさが異常に高いのにまず驚いたらしくて「ば、馬鹿な……」と絶句していた。初期から195くらいあったけど、そんなに高いのだろうか。
そして、彼女の指はスキルにまで及び、ずらっと目の前に習得スキル一覧が並ぶ。
[剣戟LV16][武器防御LV5][剣技LV12][アイテムLV18][調合LV3][逃走LV3][薬知識LV9][捕獲LV1][毒知識LV3][モンスター知識LV10][暗殺LV1][投擲LV2][心技LV4][索敵LV10]……。
いやぁ、凄まじく成長しているな。上位スキルも結構出現してきたし。戦ってばかりいたからかなりの経験値と一緒にスキルポイントも得ている。刀華も賢一の戦闘回数と溜まった経験値に唖然として声もなくなっていた。
「どれだけ今まで戦ってきたんだ。よく生きてここまで来れたな。わたしなんてこの神社のまわりをうろうろしていて、まだ30回くらいしか戦闘経験がないのに……」
「ああ、そりゃ平舞市の方からここまで歩いてきたからね」
「隣の県ではないか!」
「あはは」
笑って照れた頬を隠す。平和だった日本に大森林やら洞窟、さらには琵琶湖より大きな湖まで出来て、あちらこちらにダンジョンが生まれてしまった。その中を突っ切ってここまで来たのだ。
そりゃなみの苦労じゃなかったよ。
「力92・体力89・HPは……1000をもう超えているなんて……。スキルのレベルの上がり方も異常なほど早いし。なぁ、かしこさってどうやって上げるんだ?」
「さぁ? チュートリアルではかしこさだけは上がりにくいって書かれてたし。まさか勉強したからって上がるわけじゃないよな」
「こんな状況でする気にもならんしな。うう……羨ましいなそのかしこさ。ズル……いや、この場合はなんて言ったっけ。そう、チートだ!」
「そんなことするわけないだろう!」
「あはは。冗談だ」
まあ、彼女の気持ちはよくわかる。かしこさが上がるほど技やスキル習得ポイントが多く貰えるようになっている。つまりは一度の戦闘経験で賢一はかしこさ100ほどのプレイヤーよりもおよそ2倍のポイントが加算されるわけだ。
自慢じゃないがテストの点には自信があるのだ。恐らくこのかしこさはプレイヤーの試験成績とかIQか何かをポイントとして加算されているのだろうと予想している。
そりゃあまり勉強してこなかった人にしてみれば、チートと言われてもしょうがないだろう。
しかし、刀華は「元から君が賢かっただけなのだろうな」と少し唇を尖らせながら、笑って言う。
根が正直なのだろう。他人を羨んでも、嫉妬したりすることがあまりない。
「まぁ、いいか。こんな意味不明な世界で悩んでいてもしょうがない」
刀華はからからと気持ちよく笑った。
それにつられて賢一まで明るい気分になる。
「刀華には刀華の持ち味があるよ。どうもこのスキル上昇速度ってポイント加算が人それぞれ才能によって違うから」
「え?」
「気づいてなかったのか? 刀華のスキル上昇率と俺のスキル上昇率を比べて見てみたんだけど、全然違うよ。
例えばスキル[心技]なんだけど。
えっと、心技ってのは俺の場合剣戟LV4で発現した上位スキルなんだけど、[瞑想]とか[集中]とかHP、MP回復の効果がある技が覚えられるってあったから、集中的にポイント振ってたんだけど、未だにLV4だろう?
でも刀華の[心技]はもうLV9だ。やっぱりこれって才能とかあるんだと思うぜ。それで多分俺には精神系のスキルは向いてなんだと思う」
「ではお前は魔法スキルは諦めるのか?」
「いや、これから先回復と補助系の魔法を覚えていた方が便利だから一応は習得するつもり。一人で戦っているとステータス異常になるのが怖くて仕方ないし、回復薬だけじゃ心許ないしね」
今はまだ強い魔法を使ってくる敵が少ないからいいが、この後どうなるかわからない。
最低限の[精神]を身につけて魔法防御を上げ、信仰心も上げる。そしてあとは武器を中心に戦っていくつもりだった。本当はオールラウンダーを目指すつもりだったのだが、才能がないならしょうがない(……まだ諦めきれていないが)。
成長率が悪いスキルにポイント使っても勿体無いしな。しかしスクエニのスペースファンタジーという作品では、才能の有無が隠れている場合も多々有り、あまり重要視していなかったスキルがある一定のレベルから才能が開花し、急に上昇し始めるなんてケースも予想される。それだけにここで方針を決めてしまうのにはかなりの抵抗があった。
逆に刀華は精神系スキルの成長速度が飛び抜けて早い。
武道をやっているせいか、肉体系スキルの成長もまずまずだしすごく羨ましい。このまま平均的に伸びていきそうなパラメータだった。
「賢一はこれからも一人で戦っていくつもりなのか? そう言えば東京に行く予定らしいが、そこで友達とパーティーでも組むとか」
刀華はRPGと言えばパーティーだろう、といった当たり前の表情で聞いてくる。
その言葉には同意するが、賢一にはそれに頷けない理由があった。
まず第一にはこの世界がゲームと合体したのは自分のせいで、他人にクリアを手伝ってもらうのは後ろめたかった。
そして……。
「俺友達少ないから」
現実とゲーム世界は別だ。
主人公の冒険に喜んで付き従ってくれる頼れる仲間たちなんてものは、賢一の今までの交友関係を慮るとありえなかった。
人付き合い苦手なんだよ。
刀華の顔色がさっと変わる。
「あ……すまん! 嫌なことを聞いてしまったな」
「頼むから謝らないでくれ!」
なんかむしょうに悲しくなってきた。
別に友達が一人もいないわけじゃないが、幼馴染含めて指で数えるくらいしかいない。ずっと趣味にのめりこんできたから、特に親しいと思えるような友人はできなかった。
「たしかに東京には俺の幼馴染が住んでるけど、あいつは多分家に引きこもってるよ」
「そうか。モンスターが怖いのだな。わたしも最初は恐ろしかった」
「いや、ただ運動がもの凄く嫌いな奴だから……っうわ!」
賢一が言葉を言い切る前に、ポケットに入っている携帯が突然音を鳴らして震え始めたのだ。
携帯を開けると[メール受信]となっており、決定ボタンを押すとなんと100件近い新着メールが届いていた。
電波が届かない地区にばかりいたからな。
メールの送信者は全て『イリアス・アメシスト』。
前述した賢一の幼馴染の女の子だ。ギリシャ人の父とイギリス人の母を持つハーフで、ここ数年日本で生活しているという。
メール内容はというと、『賢一、突然モンスターが現われたわ。今どこにいるの? 早くわたくしを守りにきなさい』から『今どこにいるのよ! さっさと変身(返信のミスだろう)しなさい!』になって最後には『今どこ? ……殺すわよ』となっていた。
やべぇな。無視されて相当キレていらっしゃる。
あとで生存メールと一緒に謝っておこう。
もう河崎まであと少しの所だから、慌てなくても一週間ほどの旅で彼女が住んでいるマンションまで辿りつけるとおもう。……途中厄介なダンジョンや敵が現れなければだが。
インフラが壊滅しているのがとにかく痛い。邪魔なモンスターも大勢いるだろうし、もっと遅れそうな予感がした。
ちなみにイリアスはなぜか電話で話すのが嫌いで、メールしか送ってこないから、こちらもメールで返信することとなる。
「……よかったな。友人と連絡がついて」
我がことのように喜んでくれる刀華が可憐な笑みを見せた。
そして。
「東京にはわたしの友人もたくさんいる。多分賢一の言うとおり日本政府の守護の中にいるのだろう。……連絡の着かない者もいるから、わたしも一度確認に行きたいんだが」
「え? じゃあ一緒に来るかい」
少し期待を込めてそう賢一が聞くと。
「……いや」
刀華は神社の境内や社務所の玄関で怪我や埃で汚れた人達を見渡す。
「今は行けない。お前の力になってやりたいのは山々だが、父様を一人残してはいけない。それに、神社の娘としてここを頼ってくる人達を見捨ててはおけないしな」
「……そうか。あ、いや、そんな悲しそうな顔はしないでくれ。俺には俺のやるべきことがあって、刀華には刀華のするべきことがある。それでいいんじゃないかな」
「…………ありがとう優しいんだな。お前にそう言ってもらえて少し気が楽になった。いずれわたし達も政府を頼る。東京でまた会おう」
「ああ」
しかし、刀華は「だが」と微笑んで言った。
「今日救ってもらった借りもある。HPも減っているだろうし、今夜はうちの神社で泊まっていってくれ」
「それは助かるけど、俺が泊まれるだけのスペースが残っていればいいんだが」
この神社にはたくさんの人がいて、彼らに外で雑魚寝させるわけにはいかないだろう。賢一だけ屋内で眠るというのはいかにも心苦しい。
そりゃあ久しぶりにまともな場所で眠れるなら嬉しいが、ここは辞退させてもらおう。
そう口に出しかけて、刀華に先回りして止められた。
「気にすることはない。うちの裏にある道場は広いんだ。布団もまだたくさんあるし、お前が気にする必要はない」
「ああ、そうなんだ。それならお邪魔しようかな」
「やっぱりお前は優しい男だな。こっちだ。案内しよう」
刀華が賢一の腕を引いて、砂利道を歩いていく。
気づけば夜はとっぷりと更けていた。話し込んでいて時間を忘れたのだろう。同い年くらいの女子とこんなに長く喋った経験が少ない賢一としては、刀華は今まで会った女の子の中でかなり喋りやすいほうだった。
う、一緒に東京まで旅して欲しくなってきた。
一人旅は思った以上に寂しかったから。
でも、刀華を困らせるわけにはいかないし。
賢一は自分がこんなにも寂しがり屋だったなんて初めて気づいた。
刀華の手が賢一の腕に触れている場所が熱かった。
賢一が世界を変えてしまってからまだ一月にもならない。世界ではまだ混乱が続いているが、それでもゲームに慣れてきた者たちが、着々と攻略準備を整えている。自分もその中の一人だが、歩むスピードは今ひとつ。だが、ただひたすらにモンスターと戦いわかったことが一つある。
それは『成長』―――この世界ではレベルアップすればするほど、スキルを使用すればするほど強くなれるのだ。しかもそれが目に見えて現れている。これはかなりモチベーションが上がった。今では戦闘にやりがいすら覚えてきたくらいだ。
この世界のプレイヤーたる人類。そしてその敵魔王。
そいつがどれくらいのレベルで、どれほどのスキルを持っているのかわからないが、少なくとも今戦っている魔物よりも数段強いのは確かだろう。
賢一たちはまだひよっこプレイヤーでしかない。
しかし、いずれ全てに打ち勝ってみせる。
刀華に会えたことによって、明日も戦う力が沸いてきたようだった。
メインヒロイン二人目、イリアス出現フラグが立ちました。
登場はまだ少しかかります。