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生と死の狭間

ストック切れました。

これからまた新たなに書き始め、推敲していきたいです。

 時刻は正午を過ぎて二時半過ぎ。

 住宅街へと続く森林は、春の日差しもあいまってか、優しくほのぼのとした陽気につつまれていた。大人五人もの腕でも届かないくらいの木の幹がずらりと並び、天を遮る緑の天井が風でザワザワとそよめいている。国道の罅から飛び出した巨木の根が大地をうねり、まるでこの世の支配者が如く人類文明の遺産を蹂躙していた。元は車も人通りも多い都会の交差点も、今闊歩するのはモンスターや怪奇植物のみ。ここは本当にあの経済大国日本の姿なのか?、と自分でも疑いたくなるような景色だった。

 崩壊したビルの瓦礫や蔓に覆われた石橋を軽やかに刀華はジャンプして飛び越えていく。その飛距離なんと2メートル。賢一もそうだが、軽くでこれだから本気で飛べばもっとすごいジャンプが出来る。レベル10前後でこれなのだから、成長すればどんどん化物みたいな身体能力になっていくだろう。楽しみでもあるが恐怖でもあった。

 

「今日はモンスターの姿がやけに少ない」


 刀華があたりを見回して警戒する。

 もう数キロくらい歩いたはずだが、今だに子供たちの姿は見えない。賢一もどこかに人の気配がないか索敵スキルをフルに使っているのだが、いかんせん森の中で視界が狭く遮蔽物となるものが多くあった。


「もうすぐミノタウロスの縄張りだから、弱い魔物は出てこれないんじゃないか?」


 賢一は進行方向右手に見える小高い丘に、人面樹の群れを発見した。グロテスクな人間の生首が幹に垂れ下がっている、植物とアンデッドの両属性を持つ強敵である。しかし、そんな彼らでさえ、一向にこちらへ近づいてくる気配がなかった。

 刀華がブルリと肩を震わせた後、ほっと息を吐くのが見えた。

 白い手がしっかりと賢一の腕を掴んでいる。


「わ、わたしはホラーが駄目なんだ。あっ、ああいったゾンビタイプのモンスターは、済まないが賢一に任せていいか」


「ああ、いいよ。……現実で見ると、怖いもんな」


 ゲームでは腐った死体なども、少し可愛らしく表現されて、モンスターとして出現する。しかし、この改変されてしまった世界では、リアルにグロテスクで気持ち悪いモンスターがウジャウジャいる。

 そいつらが奇襲してきてみろ。

 下手なお化け屋敷よりもずっとスリルがあった。

 柿崎神社周辺ではアンデッド系は少ないが、たまにゾンビが土の中から顔を出す。そのたびに刀華は女の子らしく悲鳴を上げていた。

 まぁ、抱きつかれる賢一は、ゾンビ・GJグッジョブ! といった心持ちだった。


「索敵スキルもっと上げておけばよかったな。この広大な草原やら森林の中だと、いくら歩いてもマッピングが追いつかない」


 刀華が眉をしかめて、愚痴を言った。 

 賢一は目を細めて、遠方を見る。

 索敵範囲は限界いっぱいまで伸ばしている。円形に直径およそ500メートルくらい。

 しかし、貴文たち人間のアイコンはいくらたっても見つからなかった。モンスターのアイコンは赤で表示されて、プレイヤーアイコンは緑色だ。

 と、ここで目がシパシパしてきた。

 索敵スキルを酷使しすぎてしまったのだ。

 

「……ああ、くそ。目が疲れる。こういう時に近眼って損だな。力とか素早さはLVアップで上がっても、視力は上がらないのか」


「ん? 賢一は目が悪かったのか」


「両目とも0.6だよ。眼鏡かコンタクトにするほど悪くないし、日常生活に不便があるってほどでもないから。……まぁ、日頃から不摂生な生活してたから自業自得なんだけどね」


 ゲーム作りはほとんどPCの前で、永遠と細かい作業をしていく仕事だ。目を半端なく酷使するし、昼夜逆転生活をしていた時期もあり、食事も疎かにして健康を害するなんて可能性もざらにあった。

 いや、マジで夜更かしなんてするもんじゃないよ。

 ストレスたまるしハゲそうになるしであまりいいことがない。夜何かするよりも朝早く起きてやった方がずっと健康にいい。

 やはり武道一本健康思考が強いであろう刀華が眉をひそめたのがわかった。


「む、それはいけない。賢一、健康を損ねるような生き方をしていては精神も損ねるぞ」


「……わかっちゃいるんだけどね。俺一人暮らしだからさ。両親がいないと油断しちゃって」


 一人暮らしになって自由度が増えると、生活リズムが狂ってしまったのだ。家族がいないと誰にも注意されないのでいくらでも自堕落になれる。

 自活する人間は人間的独立を遂げているなんてあるけど、ある意味ああいう奴らこそ知らぬ間に二ートや引篭もりになってそうなんだかな。


「自炊しているのは偉いなぁ。だが、『健全な精神は健全な肉体に宿る』。柿崎道場の掛け軸にもこの言葉が書かれてあるとおり、わたしは夜9時には床につき、朝五時には目が覚める」


「はやっ。すごい健康的だな」


 ……老人みたいだ。

 そう思ったが刀華の顔が誇らしげで、可愛かったので言うのをやめておいた。

 代わりに言い訳みたいなことが、口から出てきてしまった。


「ゲーム作ってる人間って、大体生活リズム狂ってる奴ばっかりでさ。その人達に合わせてたらいつの間にか昼夜逆転してしまっていたんだよ」


「―――賢一はゲームを作っているのか!?」


 山の斜面を昇る最中、刀華は驚いてこちらを振り返った。

 薄茶色の瞳が大きくなり、丸く輝いている。

 瞳孔の開き具合から、彼女が凄く驚いていることがわかった。


「あれ、言ってなかったっけ?」


「初耳だ」


 刀華は急勾配を一気に駆け上がり、体力ゲージが減っているのか、肩が少し上下していた。

 ……そう言えば言ってなかったか。

 どうも自分の父親がスクエニ社員で、この世界を創りだした元凶なんだって負い目が強くて、その親父の影響で自分がゲームクリエイターになろうとしていることを他人に言うのが無意識的に拒否してしまったんじゃないかと思う。


「お前がどうしてあんなにゲームに詳しいのか疑問だったんだがこれで解決したぞ。大学部も情報学科だし。なるほど、筋は通っている」


「ああ、いや。この世界に詳しいのはそういうことじゃなくて。ただスクエニのゲームを全部すみずみまでプレイして知り尽くしているからだと思う」


「へぇ。興味本位の質問なんだが、同じゲームクリエイターとして、このゲームは正直どういう評価をしているんだ?」


 む? ゲームクリエイターとしての評価、か。難しい質問だな。

 まだ賢一はアマチュアだが、クリエイターと言われて少し嬉しくなった。

 親父の作ったこの世界……。

 自分は本当はどう思っているのだろう?

 

「……正直、か。正直どうなんだろうな。俺にもよくわからないんだ」


 同じゲーム作成者側の意見としてならば、限りなくリアルに近い世界でモンスターが溢れ出し、皆それぞれがRPG(勇者やら魔法使いをロールプレイ)するだけなら、素晴らしく画期的だと賞賛し、ネット上ではこのゲームを作った者は『神』認定されるであろう傑作だ。

 しかし、賢一はこのゲームはやっぱり糞ゲーなんじゃないかという思いもあった。

 理由は簡単。

 ホラーゲームやりたくない奴にコントローラー握らせるのはただのイジメだろう?

 それと同じようにやりたくない奴まで無理矢理プレイヤーにしてしまうこのゲームはやはり愚劣だと思ってしまう。


「こんな世界はふざけてる。なんとかしたいって気持ちが半分」


「へぇ。もう半分は?」


「―――わからない。はは。やっぱゲームはクリアしてからでないと評価できないしね」


 笑ってごまかす。

 やはり親父がこのゲームを作った張本人だと刀華に告げられなかった。


「この世界を想像した奴の気持ちなら、……少しは理解できる、かな」


 論点をぼかすように賢一は言った。

 そして刀を腰の鞘から抜き放った。木漏れ日が斑に反射しいくつもの光点が真っ白に刀を塗りつぶしていく。

 索敵範囲に大量の赤いアイコンが浮かんだのだ。

 刀華もそれ以上は聞かず、賢一にならって棒を前面に構えた。もういつでも戦闘態勢に入れるようにしておく。

 森を抜けると見晴らしのきく平原が広がっていた。もうそろそろ住宅地だ。赤い屋根にベランダのアンテナが目立つ家々が多い。

 綺麗に整理された街路樹はおそらくモンスターだろうが、幹ごと食い破られているのを多数見つけた。葉っぱを食べる動物はたくさんいるが、木ごと食べるなんて斬新だな。


「……前方300メートルにミノタウロス一体と、あれは見たこともない魔物だな。狼か?」


 賢一は索敵レベルを最大にして目をこらす。

 ぼんやりもやもやと霧のように赤い光が浮かび上がる。

 まるでサーモグラフィーのように相手の背格好が遠くからでも見て取れた。この上位索敵スキルは気配遮断スキルを使わない限り、範囲内ならどんな小さな魔物でも見つけてしまう優れものだった。

 刀華も賢一には及ばないまでも索敵はLV8とかなり高レベルだ。狼のことも知っているらしく、「卑怯者だ」と目を細めた。


「ヘルウルフだろう。あいつらはいつもミノタウロスの後ろにくっついているんだ。サバンナのハイエナのような奴でな。ミノタウロスの背後に隠れながらコソコソと獲物の隙をつくように集団で狩りをする」


「……卑怯。一言に言えばそうだけど」


 それは逆に言えば頭がいいということだ。

 ミノタウロスを先頭に盾にして、自らは攻撃を食らうことなくヒットアンドアウェイを繰り返す。素早さが高く守備攻撃力が低い己を知り尽くした実に利口な攻め方と言えよう。 

 まあ、刀華は義を重んじ武に生きているような性格だから、ああいう奴はモンスターでもなんでも本当に気に食わないんだろうけどな。


「どうする? 討ち取るか? ここで奇襲をかければ楽に勝てると思うが……」


「冷静になろう、刀華。ここで戦っている時間も惜しい。今は貴文たちを探さないと」


「う……そうだったな。ありがとう賢一」


 敵を見て思わず熱くなってしまった自分を恥じ彼女は頭を下げた。

 

「いいよ。素直な方がひねくれているよりずっといい。それよりも―――」


「うわっ」


 賢一は刀華を茂みへ引っ張り込んだ。

 「何をするんだ!?」と顔を真っ赤にした刀華が言う。

 いや、なにも嫌らしい気持ちでこんなことをしたわけではない。たった今上空に『エアードッグ』というモンスターが旋回していたのだ。その名の通り背中から翼の生えた空飛ぶ犬の魔物で、人間を見つけると盛んに吠えまくり、周囲のモンスターを呼び寄せる役割を担っている。言わばモンスター側の警報機みたいなものである。

 賢一は人差し指を唇にあて、静かにするよう促した。目線だけを上空にやって刀華に危険を知らせた。


「っ…………すまん。助かった」


 刀華もエアードッグを見つけたようで、賢一の腕の中で小さく誤った。

 見た目可愛いトイプードルみたいな子犬が、空に浮いて尻尾を盛大に振っている。戦闘力は全モンスター中最弱だが、牙には猛毒があり、噛まれれば即死という事態もありうる。困ったことに空のお散歩中だったようで、まだまだこの空域を離れようとはしない雰囲気だった。

 

「よし。見つからずにすんだみたいだ。今のうちに住宅街を抜けてしまおう」


 しかしそう賢一が言った、その瞬間だった。


「―――うぅぅぅぅ、キャン、キャンキャンキャンキャンキャン!」 


 途端にエアードッグが尾をピンと立たせ、口蓋を剥き出しにしながら吠え狂う。ミノタウロスが斧を手に取り、ズシンズシンと歩き出した。ヘルウルフらが雄叫びを上げ、仲間を数十匹単位で呼び寄せる。

 まさか見つかったのか。刀華と二人で注意深く警戒していると、どうやらこちらに向かって威嚇しているわけではないらしい。

 元は閑静だったであろう住宅街の西側。今はもう蔦に覆われた荒屋となっている屋外にある土蔵の中から、こそこそと塀の隙間をぬって移動している集団が姿を表した。厚手の革ジャケットに、金属バットを装備した生意気そうな顔つきの小学生が先頭を歩いてパーティーを指揮している。

後ろには前衛として短刀やナイフで武装した小学高学年の男子児童が四人、後衛としては木の棒や弓を装備したアーチャーやクレリックといった回復役が女子男子合わせて七人ほどいた。間違いない、貴文たちだ。 

 彼らは子供の少ない体力で相当神経を使いながら歩いてきたのか、皆全て疲れた表情の中に怯えをにじませている。とても一矢乱れぬ行進とは言いがたく、残り僅かしか無い体力ゲージにも気づいていなさそうだった。

上空から威嚇してくる犬に恐怖にかられ矢を射かける小学生女子。しかし、十分に狙っていないヒョロヒョロの矢は、かえって他の魔物たちに居場所を教えるようなものだった。

さらに大勢のミノタウロスの応援が貴文たちに接近していく。もはや彼らに進路も退路もなく、モンスターの軍勢に包囲されそうになってしまっていた。 


「ちっ」


「あっ刀華、ちょっと待て!」


 賢一が止める間もなく、刀華が貴文たちのところへ走って行ってしまった。途中道を阻むモンスターたちをその細腕で繰り出す棒術によって殴り飛ばしていく。

 うわぁ、まるで三国志の呂布みてぇ。

 うまそうな獲物だと、襲いかかってくるヘルウルフの横っ面をブーツで蹴り飛ばし、横合いから斧で斬りつけてきたミノタウロスには魔法の電撃で撃ち払う。

 刀華に近づくモンスター達はさながら竜巻に巻き込まれたがごとく、宙に舞って塵へと帰っていく。 

 賢一は慌てて刀華の後を追った。


「俺も行くよ!」


「すまない。ミノタウロスはわたしに任せてくれ。賢一はまわりの狼を頼む」


「わかった」


 魔法が使えない賢一はミノタウロスにダメージが与えられない。

 ならば―――と、巨体の影に隠れているヘルウルフの群れへと自分から突っ込んでいく。

 刃を鞘から抜き放ち、銀色に瞬く閃光が走るや、モンスターの首を次々と落としていった。

 賢一に斬られたヘルウルフは一瞬でHPバーが減り、断末魔の叫びをあげて、虚空へと光となって散っていく。

 やはり虎の威を借る痩せ狼だった。もともとミノタウロスの後ろで残飯を漁るようなひ弱モンスターである。賢一の慣れた刀さばきの餌食となって、ごくごく微量な金と経験値を残していった。これでは百匹殺したところでレベルアップしないだろう。

 しかし、貴文たちへの道を遮るは、ミノタウロス数十匹、ヘルウルフ百匹以上。

 こんなところで時間をかけては、いずれ貴文たちが殺されてしまう。


「刀華! 俺が突っ込んで道を開く。君は呪文で援護してくれないか?」


「いや。それならいっそわたしが全体攻撃魔法で一掃した方が早い!」


「魔法? ああ、大地系のやつか。でも、あれってかなりMP減るんじゃないか?」


「そのぶん強力だ。うまく魔法攻撃範囲に敵を引きずり込めれば、一瞬で奴らを全滅できる」


 迷ったのは一瞬だった。

 刀華が棍を草原に突き刺し、両手を前方に突き出す。

 それだけでその場の空気が変わる。大気が胎動し、大地が揺れ始めた。


「大地の神よ。今再び地獄のふちより湧きいでて、この大地を浄化せよ。―――タイタン(大地崩壊系全体攻撃呪文)!」


 と、長い詠唱の後、刀華の手のひらから半径1メートルくらいの魔力の塊が生まれ、そこから前方へ灼熱に隆起した大地の柱があたり一面に突き出した。

 賢一たちと貴文たちの道を遮る全ての魔物が、今の攻撃で串刺しになり、地熱で一気に灰にされ、HPを全て奪われていた。

 大地からの串刺し+焦熱ダメージの二連撃! 

 あたり一面燃え盛る針地獄と化す。

 大地と炎をミックスさせた、上位魔法スキルだった。

 魔法の持続時間が過ぎれば、また突き出した大地の柱が沈み込むようにして戻っていく。

 

 やっぱり魔法は格好いいなぁ。


 詠唱など中二臭いと思っていたが、凄まじい大地の怒りが敵を全て飲み込む様子を見せられては素直に感心するしかない。魔法は避けにくく、しかも攻撃力が高い。先程のような全体攻撃魔法などはかなりMPを消費するものの、一発で戦闘の趨勢を決めてしまえる威力を誇る。

 実際炎に弱いミノタウロスなどは、柱がちょっと体に触れるだけでも大ダメージを受けたようで、すぐに刀華の経験値となって消滅してしまった。

 おっ、すげぇ。刀華が2レベルも上がったようだった。賢一もレベルが1上がったが、やっぱりトドメをさした人間の方が余計多く経験値を得られるシステムになっているようだった。

 くそっ、やっぱり攻撃魔法覚えたいなぁ。

 なんとかスキルの才能タレントを開花させる方法はないものか。 


「賢一。道は開いた。さぁ、行くぞ!」


 刀華が賢一の腕を引っ張る。


「お、おお!」


 おっと。ぼうっとしている暇はない。早く貴文を助けないと。あと300メートルほど前方に、子供たちが円陣を組んで戦っている姿が見えた。  

 しかし、賢一は貴文たちのすぐ側に、えらく大きな動く山があるのに気づいた。

 

 山? 


 いや、違う。

 一際大きなミノタウロス―――モンスター個体名で『キングミノタウロス』と表示されていた。三階建ての家くらいの大きさで、角が四本左右前方に突きでており、口からは一メートルはありそうな牙があった。スキル《物理反射》も同じく持っているようで、子供たちが撃った矢が見えない壁にぶつかり、全てそのまま跳ね返ってきている。貴文たちの放った魔法すら鼻息だけでかき消し、《魔法耐性》も普通のミノタウロスとは比較にならないくらい強そうだった。

 怒り狂った赤い目をして、周囲にいる味方モンスターさえ怯えて近づいてこない有様だった。

 賢一は確信した。

 

 こいつがこのエリアの『BOSS』なのだ、と。

 

 『ボス』―――多くのRPGで一つの冒険の節目に出てくる強力なモンスター。たいていは何かを守護していたり、道を阻んできたりする厄介者だ。

 キングミノタウロス。日本語訳で『ミノタウロスの王様』と呼ばれるこいつも、例に違わず何かを守っていたりするのだろうか。


「ヴォオオオオオオオオ!」


 まずい! 

 貴文たちの蚊のような攻撃が煩わしくなったのか、キングミノタウロスは子供たちを踏み潰さんと突進をしかけてきたのだ。

 賢一と刀華は全速力で走っているが、それでもこのままでは間に合わない。

 奴の角が周りのモンスターまで巻き込みながら、貴文たちに迫る。キングミノタウロスのあまりの迫力に、子供たちは何もできない。

 二足歩行する牛。その巨大な影が貴文たちを飲み込もうとした。

 ―――その瞬間である。刀華が雷の魔法を放ったのは。無詠唱の弱い雷だった。

 賢一は訝しんだ。そんな屁のような攻撃が、ミノタウロスの王に効くわけがない。やるなら弱点の炎属性の魔法にすべきだろう。

 しかし、そんなことは刀華は百も承知だったようだ。雷が落ちた場所は敵の目前の車庫だった。つんざくような雷鳴が響き、車がバタバタとまるで生き物のようにバウンドする。そして、エンジンに炎が引火したのか、ミノタウロスの目前で大爆発を起こした。燃え盛る炎の中に酸素を求めてあえぐ敵の姿が陽炎のように揺らいで見えた。貴文たちは突然現われた賢一と刀華に呆然としている。ったく、後でこってりとお仕置きしてやるからな。このクソガキども。


「よくやったな、刀華!」


「ははは……。危険な賭けだったが、あいつらが無事でよかった」


 賢一の賞賛の声に、心底ほっとした表情を見せる刀華。

 確かに近くにいる貴文たちを巻き添えに、ガソリンが爆発してしまう危険性もおおいにあった。が、それでもあの時とっさの判断で、雷の魔法を撃てた刀華の機転は凄まじいものであった。賢一ならあの場面で迷わず攻撃魔法を放てたかどうかわからない。自分はもっと安全に、確実な道を考えてしまうタイプだからだ。

 戦闘はステータスだけで決まるわけではない。あくまで半分現実なのだから、己の勇気や精神力、判断力すらも問われているのであろう。ゲームを超えた、非数値的な何か。言うなれば、人間としての魂の強さが問われているのだ。

 

「だけど―――」

 

 賢一は刀を大きく振り上げた。それはまるでゴルフのスイングの如く。そして、地面に落ちていたコンクリート片を刀で前方にはじき飛ばした。刃こぼれや折れる心配はほとんどしていない。この世界になってから、いくら敵を斬っても切れ味が落ちなかったからだ。


「俺も負けてられない!」


 炎の中からこちら目掛けて飛び掛ってくるミノタウロス。その鼻っ面に勢い良くコンクリートブロックがぶつかった。

 ダメージたったの10。HPゲージはほとんど変動しない。

 だが、鼻っ柱が弱点だったのか、キングミノタウロスは大げさなほどもがき苦しんでいた。


「ヴゥガガァアア!」


 火だるまになり、さらに鼻血を吹き出し倒れる牛の怪物。

 どうやらプレイヤーからの直接攻撃は、物理反射スキルで無効化できるみたいだけど、今のような間接攻撃には対処できないみたいだった。

 ああっ、スクエニのソフトをやっておいてよかった。

 どうやったら敵のスキルをかいくぐって攻撃できるか。プレイヤーにああだこうだ考えさせるのも面白いだろう、と。親父が過去語っていたのを思い出したのだ。

 

「刀華! あいつがピヨってる今がチャンスだ! 魔法を撃てばクリティカルが出るぞ」


「わかった。―――コンセントレート(精神強化魔法)!」


 刀華は補助呪文であるコンセントレートを唱えた。彼女の体に雷のようなエフェクトが纏い、自然界に存在する《魔法粒子》を急激にその身に蓄え始める。魔力、マナ、気。色々RPGによって呼び名があるが、このゲームでは大気中にある魔法の力のことを魔法粒子と呼んでいる。ステータスにある精神力の値と、空気中にある魔法粒子によって、その時々の魔法の威力に差異が生じる。

 刀華は今、コンセントレートの呪文によって、空気中の粒子を集めやすい状態にトランスしているのだ。

 精神強化呪文―――魔法攻撃力防御力を司る精神力を上げるために、意識を集中させている、魔法というより心技に近い呪文である。しかし、この効果は絶大で、なんと魔法ダメージが1.5倍に増幅されるのだ。

 さらに魔法にも物理と同じように、クリティカルが存在する。

 地面に転げまわるキングミノタウロス。

 ああやって一時期戦闘不能状態に陥っている魔物に、魔法をぶつけるとクリティカルになる確率が高いのだ。1.5倍の魔法ダメージ。さらにクリティカルで二倍のダメージともなると、その攻撃力は計り知れないものとなる。

 そして―――刀華はここで先程覚えたばかりの新呪文を選択したのだった。 


「古の業火よ。大気を舐める大蛇になりて、怨敵を噛み殺せ! フレアスネーク(炎熱系中級攻撃呪文)!」


「おおっ、火炎魔法かっ」


 刀華が宙空より、炎の体で大気を駆ける大蛇を召還したのだ。

 あたりの家々を巻き込んで炎は天を突き、大地を蝕むように徐々に徐々に熱を広げていく。

 そして蛇が転げまわっているミノタウロスへ、その灼熱の牙を差し込んだ瞬間大爆発を起こした。

 

「ヴゥアアアアア!」


 凄まじい魔物の叫び。全身火だるまになって、地面を転げまわる。しかし、火炎でできた大蛇は、けっしてその牙をゆるめない。ミノタウロスの傷口からさらに炎を流しこんで、内蔵まで焼いていく。

 思ったとおり、《CRITICAL》! さらに、弱点である火炎のダメージでさらにダメージが増幅する。

 最終的に合計ダメージは1500!

 キングミノタウロスのHPが緑色からオレンジに変わり、レッドゾーンの危険域に入る。

 しかし、さすがはこのあたりの魔物の王。炎の蛇を振り払い、斧で斬りつけ真っ二つにする。

 あの炎に耐え切ったのだ!

 そして焼け焦げて真っ黒に炭化した体を引きずりながらも、賢一たちの方へ歩いてくる。


「刀華、もう一発魔法を―――っ」

 

「ぐっ……、くそっ」


 刀華の苦しげな声が背後から聞こえた。

 まずい。刀華が《反動》で動けなくなっていた。

 覚えたばかりの魔法や技―――つまりはあまり習熟度の低い技術を使うと、その反動で体が一定時間麻痺してしまうことがある。賢一も新たに覚えた剣技を調子にのって使いまくってたら、魔物の前で突然麻痺ステートになってしまったことがある。だいたいその効果は十分ほどだが、状態回復アイテムなどは効かずフルボッコにされてしまった。


「なんでっ。よりによってこんな時に!?」


 賢一は天を仰ぎたい気持ちで一杯だった。

 刀華は案外、ここぞという運が弱いのかもしれない。

 敵の残りのHPはほぼ500ちょっと。あと一撃。あとほんのちょっとした攻撃で死ぬはずなのに。

 これが絶体絶命って言うのだろうか。賢一にはこいつを倒す術がない。もうコンクリートをぶつけることもできないだろう、警戒されてるし。

 

 賢一の背後には刀華。さらに後ろに貴文ら子供たち。

 彼らはいずれも、もう戦えない戦闘不能者だった。

 

 ――――守らなくてはならないものが多すぎる。

 

 賢一の胸がプレッシャーで押しつぶされそうになった。 

 

「賢一、子供たちを連れて逃げ―――」


「っ刀華!」


 刀華、頼むからその先は言わないでくれ。 

 それを言われちゃあ、男の立つ瀬がないじゃないか。


「…………かかってこいよ、牛野郎。サイコロステーキみたいにしてやるよ」


「…………」


 ミノタウロスが、半ば呆れたような目で賢一を見る。言葉が通じているのだろうか。「お前に俺は倒せない」そう視線で言われているような気がした。

 ごめん、実際勝てる気なんてしてない。死にそうなくらい怖い。

 でも、賢一はこの草原の王者に向かって、決死の覚悟で刀を突きつけた。

 名もなき大量生産品であるはずの刀。だが、白光をその身にうけ、悠然と刃を輝かせるその姿は、賢一にとって正しく銘刀に違いなかった。


「ぐぅらあぁああああああああああああああああああ!」


 牛のあぎとが開き、有らん限りの咆哮を賢一に向かって浴びせてくる。

 敵のスキル《雄叫》だ。精神の弱い者の士気を下げる術技。賢一の背筋がゾッとすくみ、後ろの刀華が「ひっ」と女の子らしい悲鳴をあげた。

 だが、それでも、こんなところで退いていられない。賢一の士気は若干下がったが、すぐにもとの数値に戻っていった。士気が極端に下がると、戦闘意欲を失い敵前逃亡することになる。守備力も減り、酷い時には常時混乱状態にまで陥る。士気低下を治す―――そのたった一つの方法は。

 気合。

 その一言である。

 ピンチの女の子に、自分の背中を見られている。

 これが大きかった。

 可愛い女の子にはいい格好がしたい。草食系であるところの賢一にも、いっぱしの男気が魂にくすぶっていたのだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 今度は賢一が咆哮する。

 ミノタウロスがその気迫につられてか、さらに好戦的に鼻息を荒くし斧を振り上げた。よぅし、それでいい。敵は賢一を敵と見定め、刀華を視線から外したのだ。賢一の今の役目はただ一つ。刀華が反動から復活するまで粘ること。


 これに限る!


「ヴゥアアアアアアアアアアアアア!!」


「はぁっ!」


 牛の化物の怪力でもって振り下ろしてくる斧の一撃。その丸みを帯びた死の閃光が、賢一の構えた刃にぶつかり、虚空に幾本の火花の筋を創りだす。

 斧と刀、二つの武器が交わるたびに赤い閃光が弾け、おおげさなほどのエフェクトが戦闘を彩った。敵の攻撃の軌道は紫色。斧の刃にそって閃光が弧を描く。賢一はその攻撃を見事に捌いていた。

 敵の連続攻撃。

 斧の振り下ろし振り上げ、さらにまた振り下ろしを連続で行うもの。

 この目にも止まらぬ早業を、絶妙な間合いの取り方で避けていく。

 相手の太い足から繰り出される蹴りを紙一重でかわし、鷲掴みされそうになったら上空へ高くジャンプし、なんとか斧の一撃がまともに入らないよう注意をする。

 斧の腹を刀で打ち、軌道を逸らせ、足でじりじりと敵から距離をとっていった。

 その繰り返しで三分は稼いだ。

 しかし、このままではジリ貧であることは確かだ。キングミノタウロスの攻撃は一撃一撃が重く、それに素早い。そして攻撃は最大の防御であると言うように、こちらから攻撃できないのはかなり苦しかった。特に精神面でストレスがたまる。焦りがミスを生み、いつ敵の斧で真っ二つにされてもおかしくはなかった。


「ああっ、うっとおしい」


 げに恐ろしきは《物理反射》スキルである。賢一が我慢できずに、相手の隙をついてローキックをしかけたのだ。

 その時、蹴りを出した方の足から血が噴き出た。そっくりそのままダメージが賢一へと返ってきたのだ。まるで鉄の壁にでも蹴りつけた気分だった。

 弁慶の泣き所が赤く腫れ、うずくまる賢一に斧が振り下ろされた。

 それをかろうじのところで、刀で受け止める。しかし、傷ついた足からさらに出血し、草地に赤い点々を落とし始める。さらにもう一撃―――ミノタウロスの体重全てをのっけた、両手でのスイングが賢一の防御を破ろうと襲いかかる。

 《武器防御》!!

 しかし、何かガラスが割るような音が鳴った。

 今度は受け損なった。

 刀が弾かれ、紫の閃光が血の赤をもって賢一の目の前を真っ赤に染めた。 

 まともダメージを喰らった。


「ぐ、ぅあ……」


 賢一は口から血を吐いて、両膝をついた。右肩から袈裟に斧で斬られたのだ。

 ダメージ1069! 

 残りHPは98……ギリギリだ。一気にHPゲージが危険値の赤を示す。

 今まで生きてきた中で、一番痛い。ピコーン、ピコーン。頭の中にゲームシステム上の回復を求めるサイレンが大音量で木霊する。

 刀華が背後でなにやら叫んでいた。泣いてるいるのか? 目が真っ赤で光る雫が頬を伝っていた。

 ああ、今の攻撃で俺が死んだと勘違いしたのか。死ぬ時に泣いてくれる相手がいるってなんだか嬉しい。でも、まだ戦える。 

 

「ぐっ、がは。ああっ! っ上回復薬!」


 メニュー画面をすっ飛ばして、ショートカットでアイテムを取り出した。

 齧りつくように瓶に口をつける。いつものメロンソーダの味はせず、生臭い血の匂いでいっぱいだった。 

 HPゲージが一気に1000回復する。そして同時に斬られた肺も心臓も内蔵もジュルジュルとその傷を塞いでいき、傷口が完全に無くなってしまった。

 上回復薬様様だ。

 出かける前いっぱい作っておいてよかったよ。


「ぐぅあああああああああ!」


 往生際が悪い賢一に、怒り心頭なのか。キングミノタウロスはまた大上段に斧を振りかぶった。


「だぁああああああああ!!」


 賢一も刀を振りかぶる。

 両者の武器がぶつかり合い、凄まじい爆発音と共に、賢一の体が打ち負け吹っ飛んでいく。

 そこに追い打ちをかけるキングミノタウロス。

 もうこんな攻撃喰らってたまるか! 次は絶対に死んじまう!

 賢一はミノタウロスの斧を、地面を転げまわることによって回避した。服が汚れることなんて気にしない。

 今生きていることが重要なんだ。


「っもうそろそろ8分くらい経ってないか!」


 壮絶な鬼ごっこが続く。刀華まだなのか? もうそろそろマジできついんだが……。

 こいつを倒すには刀華の魔法が不可欠だ。反動が過ぎるまで、あと二分ほどか。それぐらいならっ!


 キングミノタウロスの足が、先までいた賢一のいた場所を踏み抜く。

 斧とは別に肉弾攻撃を加えてきたミノタウロスの攻撃バリエーションは、賢一の回避をさらに困難にしてしまっていた。

 幾度も蹴りを喰らい、パンチを喰らい、死にそうな目にあっている。そのたびに回復薬でイタチごっこを続けているのだ。


「ヴルルルルル!」


 しかし、ここになってキングミノタウロスの方が、賢一の相手に飽きてきたようで、つまらなそうに鼻息を強くしている。

 と、途端に賢一を無視し、刀華に向かって走り始めたのだ。

 もはや賢一を脅威とみなしていない。今やミノタウロスの獲物は刀華へうつってしまったのだ。


「おい! お前の相手は俺だろうが!」


 賢一は急いで追いかける。巨体でドシドシ草地を走るミノタウロスよりは、賢一の方が早さは高い。一足飛びに家の壁を蹴り、敵の前へ出ようする。しかし、ミノタウロスは「お前にもう興味はない」とばかりに、邪魔くさそうに腕を払った。

 その一撃だけでHPの消耗の激しかった体は悲鳴を上げる。

 くそっ、親父め。ゲームだってんなら、痛みのフィードバックは外してくれよ!

 っと、血塗れの体で呻いている間に、ミノタウロスは刀華の眼前まで迫っている。勝利を確信した雄叫びを放ち、斧を彼女の頭上へと持ち上げた。


「くそっ」


 賢一は上回復薬をガブ飲みしながら、かけ出した。

 刀華の目がこちらへ向いた。自らの運命を受け入れた静かな瞳だった。

 恐怖も悔恨もなく、ただ賢一への心配で溢れている。

 その静寂の瞳が語る。「もういい。わたしに構うな」と。

 だけど―――。


「んなわけにいくか!」


 賢一は刀華の体を抱え込み、―――背後からミノタウロスに斬られた。

 痛みも何もない。

 だが、頭の中にけたたましく危険アラームが鳴っている。

 体を見ると、卒倒しそうになった。なんと右腕が千切れ飛び、体が真っ二つに近い形相になっていた。

 まるで千切れた銀杏の葉みたいだ。

 傷口の動脈から勢い良く血潮が溢れ出し、賢一の命が大地に雫となって消えていく。

 ああ、これは死んだだろう。賢一は自分のHPゲージを確認する。

 

 …………。


『…………………HP1。』


 何度見返しても。


『残存HPは、……1』


 どうやら、日頃運が悪いのは、こういう時のために残しているからなのかもしれなかった。

 賢一の意識が薄れていく。


「賢一っ!」


 反動がやっと解けたのか。

 刀華が賢一を強く抱きしめて、涙する。

 ああ、このに抱かれて死ねるなら、まぁ中々いい人生じゃないかな?

 ここで意識が途絶えた。





明日試験なのに、何やってるんだろうw

でも後悔はしていない。

書いてて楽しかったからw

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