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車と魔法、どっちの免許にする?――何をするにも、お金がいる

作者: 無屁吉
掲載日:2026/04/14

「ねえ、小穂さほ。免許どうする? 取るの?」

「免許ぉ? ()()()()()


 放課後――ブックカバーのかかった文庫本を読んでいた町家小穂まちやさほは、唐突に尋ねてきた友人、山坂やまさかののみに聞き返す。ののみは一瞬、頭上に「?」を浮かべ、


「どっちって、ああ、そっか、()()()()


 と、そう言った。


「魔法免許かあ。うーん、車とどっちにしようか迷ってるのよね」


 小穂は文庫本を閉じる。ぱたん、と音がした。


「だよね。私も小穂も進学だけど地元残るし、車は使えた方がいいわよね」

「そうなんだけど、魔法も捨てがたいのよ。免許が無いと買えない発動体多いし……」

「ああ、便利魔法のド定番『収納』なんかは免許いるものね」


 ののみは、ポンと手を打った。


「そうなの、旅行のときとか便利な感じじゃない? 本当は両方の免許取りたいけど、親からはどっちかにしなさい! って言われてるんだよね。高いから」

「車も魔法も三十万くらいするもんね……まあ、東京でも行くんだったら、車はなくてもいいのかもしれないわ」

「都会でもあったほうがいいとは聞くけどさ。んで、ののは?」

「私も悩んでるの。おじさんが魔法教習所の先生やってるから、そっち勧められてるけど。

 将来魔法職に就くなら、早いうちから使って慣れてたほうがいいとかなんとか。あと割引が利くって言っていたわ」


 ののみのその言葉に、小穂は小首を傾げて聞いた。


「どっちかって言うと、ののは魔法派な感じ?」

「そうかも。初期費用、安く済みそうだし。まあ、別に車でもいいんだけど」

「私はどちらかと言えば、車派なんだよね。親戚が近々車入れ替えるから、免許取るなら譲ってやるぞって」

「あー、車もらえるのはデカいわよね」


 ののみは小穂の前の席に座り、小穂の机に両肘をついた。小穂はため息をついて、「両方取れれば一番いいんだけどね」と呟いて、どうしたものかと唸る。

 一緒に唸り声を上げていたののみが、少し考えたのち、指を一本立てた。


「一つ、提案があります」

「ほう、なんですか。ののさん」

「両方のメリット、デメリットを整理してみましょう」

「なるほど。それはいい考えだ」


 小穂は、人さし指で宙に長方形を描く。ぼんやりとした光の軌跡が半透明の板に変わり、その場に浮かび上がった。

 そのまま小穂は板の上部に指を滑らし、「車・魔法免許のメリットとデメリットにつあて」なんてタイトルを書く。


「小穂、誤字ってるわよ。『ついて』が『つあて』になってる」

「お、マジで? ……直した!」


 小穂が指を再度動かすと、『つあて』が『ついて』に修正された。


「まずは現実的な部分。費用からいきましょう」

「よっ、学級委員長の山坂さん! 仕切り上手!」

「なんだかんだ、三年間よく続けたと自分でも思うわ……」


 ほんの少しため息をつきながら、ののみが板に手を伸ばし、表を作る。車、魔法と分けられたそれに、「費用」という項目を作った。


「一番最初にお金の話。夢も希望もないねえ」

「夢や希望はお金にはならないのよ」

「うーん、世知辛い」


 くだらないことを言い合いながら、小穂は車の費用の欄に「だいたい三十万」と記入する。


「標準はどちらも同じく三十万前後。ただ、ののの場合は魔法だと割引が利く」

「あ、小穂も受けるなら、割引できるって。おじさんが言ってたわ」

「え、マジで?」

「うん、一割くらいだから、そこまで大きくないけどね」

「いや、三万はデカいでしょ」


 言って、小穂は魔法の方に「二十七万(割引)」と書き込んだ。


「でも、結局これって免許取得費用だけなのよね」


 ののみが「費用」の項目に「免許」と加える。

「ごくり」と小穂がわざとらしく言った。


「ののさん、それはつまり……」

「そう、免許だけあっても、車や魔法を使えるわけじゃないわ。運転するには車が必要だし、魔法を使うには発動体が必要なのよ!」

「な、なんだってー!」


 小穂が大仰に驚いた表情を作る。ののみはそれを見ながら、


「いつも思うんだけど、それってなんのネタなの?」

「わかんない。おじいちゃんが昔からやってた。そして結局は人類は絶滅するんだって」

「なんでよ」


 ののみは話を切り、「車・発動体」と項目を足した。


「車は、親戚がくれるんだっけ?」

「うん。古いミニバンだって。ただ、なんか税金がかかるのと、車検があまり残ってないとか。あと、タイヤも買い替え時期だとかで、それなりにかかるよとは言われた」

「私もあまり車には詳しくないけど、結構しそうだわ」


 スマホを取り出し、ののみは調べ物をはじめ、宙を指で弾くとスマホの画面を表の隣に投影した。


「うへ、車検だけで十五万からするの? タイヤも入れたら二十万超えてない?」

「タイヤ次第でもっといくみたいよ。それでも、まともに車を買おうとするよりはいいのかしら」

「中古車だとピンキリみたい。あっ、十五万とかあるよ! 車検代と同じくらい」

「車検ついてないみたいだけど」

「あー、じゃあ、だめか。やっぱりうん十万するんだね」


 二人で顔を突き合わせ、ああでもない、こうでもないと話す。そして、


「車の話ばかりしててもしょうがない。次は魔法の話もしよう」

「そうね。とりあえず、もらうなら二十五万、買うなら五十万くらいとしておきましょうか」

「幅広ぉ……」


 ぶつぶつ言いながらも、小穂はそのとおりに車の欄に書き込んだ。


「さて、魔法ね。発動体もピンキリだけど、小穂が欲しいのはやっぱり『収納』が使えるやつ?」

「『収納』もいいよね。荷物減らせるのは何かと便利。あと、『飛行』とか。空飛んでみたくない?」

「『飛行』か……。楽しそうだけど、レジャー用途くらいじゃないかしら?」


 ののみが小首を傾げて尋ねる。小穂は「そう?」なんて言った。


「普段使い出来なくもないとは思うけど、事故率高いんだっけ?」

「バイクよりちょっと多いとかって聞いたことあるわね」

「『飛行』の発動体は……げっ、中古でさっきの車代くらいしてる!」

「あ、それに加えて単独飛行は講習必須みたいね。さらにうん十万プラスよ」

「空を飛ぶ夢はお預けかあ……」

「あっ、インストラクター付きで飛行体験とかなら、一回で二万円しないくらいみたいよ。そっちにしたら?」


 机に突っ伏す小穂に、ののみは慰めるように声をかける。小穂は目線だけ上げて、「ののは?」と聞いた。


「私?」

「ののは、魔法何が使いたいの?」

「あー、私か……」


 ののみは何やら少し言い淀む。小穂はニヤリとして、


「あー、なんか変なのだ。えっちいの?」


 なんて言った。ののみはジロリと小穂を睨みつけ、こわい声で言う。


「は? 小穂じゃないんだから。あんたの買うBL本、ほんっと、エグいのばっかじゃない」

「えへ、えへへ。多様性の時代ですから」


 曖昧な笑顔を浮かべて、小穂は頭を掻く。


「多様性を尊重する気持ちは大切だけどね。……まったく、もう。私が欲しいのは真面目なやつ。医療系よ」

「医療系って、ケガとか病気治すやつ? それって、お医者さんとか看護師じゃないと使えないんじゃなかった?」

「自分に使うならいいみたいよ。あと絆創膏くらいの効果だったら人に使ってもいいって。

 まあ、値段考えたら、おとなしく絆創膏貼っとけって話だけど」

「へえー。でも、なんで言いにくそうだったの。ホントに真面目な理由じゃん」


 不思議そうにする小穂に、ののみは盛大に嘆息した。そして軽く小穂の額を小突く。


「私の近くにしょっちゅう擦り傷つくる、そそっかしいのがいるからよ」

「……こりゃまた失礼しました」

「ちなみに絆創膏レベルの発動体は一万円くらいから」

「あれ? 安くない?」

「絆創膏に比べたら高いじゃない。

 まあ、医療費削減の狙いもあるとかで、一般販売してる発動体はお安めみたいだけど」

「あー、補助金がどうのとかやってたね」


 納得したとばかりに小穂が頷く。


「『収納』なんかも、数が出回ってるから安い方よね」

「へえー。そうだ、前に調べたとき二千円くらいからあったね。新品で」

「え、流石にそこまで安くないんじゃない? 容量ポケットくらいに小さいとか?」

「登山リュックくらい入るとか書いてたけど」


 これこれ、など言いながら小穂は指を振り、宙に通販サイトの画面を映した。

 それをじっと見ていたののみが、「中国製か」と言う。


「駄目なの? レビュー結構いいけど」

「サクラよサクラ。ほら、星一つのレビューなんか、『規定以上に魔力を込めても、全然物が入らない』『すぐに壊れた』とか書いてるじゃない」

「うわ、ほんとだ」

「安物買いの銭失いよ。中国メーカーでも、せめて有名所にしておきなさいな。値段の割に魔力制御補助や大容量とか、高機能うたってるから」

「勉強になりますっ!」


 調子良く敬礼をしてみせた小穂を、ののみはジト目で見る。


「まあ、なんにせよ、魔法の場合、お値段は車以上に幅広いわね。やりたいことに合わせて発動体買わなきゃいけないし、それだって機能や品質で価格が変わる」

「それでも『収納』なら、一万円前後でリュックサックくらいに買えるんだね」


 空中の画面を操作しながら、小穂があれこれ眺めながら言う。


「そうね。あとは『翻訳』なんかもそれくらいから買えるわね」

「『生活魔法パック』なんかもあるよ。便利系の詰め合わせだって」

「『着火』『洗身』『水生成』『照明』……生活魔法っていうか、アウトドア便利系って感じね」

「生活魔法っていうなら、せめて『充電』や『掃除』とかはほしいなあ」

「最近の『掃除』魔法は複数機能を詰め込んでて、高くなってきてるみたいよ」

「テレビでやってた。汚部屋でも一瞬でごみの分別から整理整頓まで全部やってくれるって」

「私も観たわ。お値段驚きの三百万だっけ?」

「欲しいけど、高いねえ」


 しみじみとする小穂に、ののみは画面を見ながら続ける。


「発動体も買っておしまいじゃないしね。車検みたいな制度はないけど、整備不良で事故を起こしたら責任は使用者にくる。だから定期的なメンテナンスが必要になるけど、業者に頼むと高いみたい」

「保険のコマーシャルもよく見るね」

「ああ、そういえば保険もあったわね。車も、魔法も」

「うへえ、何をするにもお金がかかることばかりだなあ。人に怪我をさせたら大変じゃん」

「とは言っても、『収納』程度だったら、大事故につながるケースは少ないみたいよ。精々が発動体が壊れて周りに荷物が散らばるとか」

「それはそれで嫌だね」


 小穂が魔法の項目に「ばらつきありすぎ!」と書き込み、ののみが「雑ぅ」と呟いた。


「あー、定期コストといえば、燃料代もあるわね」

「車はガソリンだけど、魔法は自分の魔力だからタダだよね」

「そうね。ただ、大規模な魔法の発動体なんかだと、魔石の補助が必要になるのもあるみたい」

「三百万のお掃除魔法もそうだっけ」

「魔石で足りない魔力を補わないと、さすがにあんな多機能は無理なんでしょうね。まあ、私たちが使いそうなものには必要なさそうだけど」


 などと言いながら、ののみは表に「燃料代」と書き、「車はかかる」「魔法は基本タダ」と加えた。


「うーん、こうして見ていくと、お金の部分だけでも魔法の方が良さそうな気がしてきた」

「そうね。移動の足、っていう意味では車があったほうがいいんでしょうけど、学生の私たちが無理なく維持できるかって言われると、ちょっとね……」

「移動系の魔法って高いんだっけ? 空飛ばなくてもいいから」

「『瞬間移動』は『飛行』なんか目じゃないくらい高いから論外として……うーん、現実的なのは『疲労軽減』『筋力増強』とかで自転車移動? これならランクにもよるけど、二、三万でそろうと思う」

「魔法とは……?」

「最後に物を言うのは、自分の体ってわけね」


 小穂が表に手を伸ばし、「車も魔法も夢がない」と足す。


「……魔法にしようかなぁ」

「その心は?」

「維持費」

「まあ、そうよねえ」

「車ももらえるっていうから、そんなにしないと思ってたけど、こうやって整理してみるとね」

「小穂が最初、車派だったのってやっぱり費用面?」

「それもあるんだけどさあ……」


 そう言って、小穂は再び机に伏せて、目だけをののみに向けた。


「一緒にドライブとか、旅行に行けたら楽しいよなーって」

「……まったく、もう」


 ぽん、と、ののみは小穂の頭に手のひらをのせる。その口元はわずかに緩んでいた。


「ののだって、絆創膏魔法とか言ってたじゃん」

「……別にそれだけじゃないんだけど。まあ、いいわ」


 ののみは立ち上がると、指を振って宙の画面を消した。


「魔法免許取ったら、バイトでもしましょうか。お金貯めて、車の免許も取るわよ」

「その手があったか!」


 ガタリと椅子を揺らし、小穂が立ち上がる。ののみは微笑んだまま続けた。


「魔法が使えれば、できる仕事の幅も広がるし、割のいいバイト探しましょう」

「あっ、それなら、ダンジョン行きたい! 魔法あれば低層なら余裕だって動画で言ってた!」

「……攻撃魔法の発動体いくらするか知ってる? はあ、まあいいわ。のども渇いてきたし、どこかお店で続き話しましょう」

「あ、私、カラオケのクーポンあるよ」

「小穂の家の近くのとこ?」


 二人はそんな事を話しながら、教室を出る。

 その時、ふと、小穂が何かに思い当たった顔をした。


「そういえば、ののも魔法でいいの? 魔法派とは言ってたけど」

「正直どっちでもいいのよね」


 ののみは、そう言って小穂の顔を覗き込み、


「小穂が行くって言ったところにしようと思ってたから」


 くすりと、笑うのだった。


 了

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