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鯖の街と案内人

ミイナ達一行は、

黒曜石の神殿――通称、地底ピラミッドの最寄りの街に滞在していた。

錆の街と呼ばれるこの場所は、

かつては観光業で栄えた街だった。

そう。

黒曜石の神殿そのものが、観光名所だったのだ。

旅行客。

ツアー客。

ひっきりなしに人が訪れる、人気の観光地。

――約三十年前までは。

当時の探検家が、

“あの魔物達”を目覚めさせるまでは。

魔物の名は――アンプ。

二足歩行のジャッカルの魔物で、

貴金属や宝物に異常な執着を示す。

度重なるアンプの襲撃により、

錆の街は、それこそ富という富を奪われ尽くしたのだった。

街は、色を失っていた。

石造りの建物はまだ形を保っている。

道も崩れてはいない。

だが、磨かれることのなくなった街並みは、

どこか乾き、くすんで見えた。

人はいる。

観光客の姿はない。

代わりに目に入るのは、荷物を背負った旅人。

武器を帯びた傭兵。

素性の知れない流れ者。

そして――探検家。

地底ピラミッドの入口へ続く通りには、

簡素な露店が点在していた。

縄。

松明。

地図の写し。

古代遺跡の簡易見取り図。

「内部構造推定図」と書かれた紙が、風に揺れている。

一攫千金を夢見る者は、まだ絶えないのだ。

黒曜石の神殿には、

黄金を集める魔物が棲む。

ならば、その奥には、

魔物が溜め込んだ財宝が眠っている筈なのだ。

そう信じる者が、この街には集まる。

一方で、仕事を失い、帰る場所もなく、

ただ居座るしかない者もいる。

酒場の軒先では、

賭け事に興じる者。

剣を磨く者。

何もせず座り込む者。

目の奥にある光は、三種類。

諦め。

警戒。

そして――欲望。

この街は、死んでいない。

だが、健全でもない。

夢を追う者と、

夢を失った者と、

夢を利用する者が、同じ通りを歩いている。

黒曜石の神殿は、

今も人を呼び寄せている。

富を奪う存在でありながら、

富を夢見させる存在として。

それが、この街の歪さだった。



錆の街で、いちばん人が集まる建物は酒場だった。

外壁は煤と赤錆に覆われ、

看板の文字は半分ほど剥がれ落ちている。

かつては旅人を迎えるための場所だったのだろうが、

今はただの溜まり場だった。

ミイナ達は、地底ピラミッドの内部を案内できる存在を探していた。

財宝が潜む大型ダンジョンには、

大抵シェルパと呼ばれる案内人がいるのだそうだ。

二年の間にダンジョンアタックは数回したが、

ここまで大規模なものはデモンズフォール以来となるだろうと、

ミイナは感じていた。

酒場の扉を押し開けると、濁った空気が流れ出す。

酒と汗と、長い間洗われていない布の匂い。

室内は薄暗く、

灯りは壁に掛けられた油灯がいくつかあるだけだ。

客の顔ははっきり見えない。

見えなくても分かる。

どれも、まともではない。

剣を背負った者。

何かしらの傷を抱えた者。

机に突っ伏して動かない者。

ミイナたちは、視線を集めた。

黒猫。

白猫の獣人。

動く案山子。

アンデッドの聖女。

場違いなほど、目立つ。

ミイナは、いちばん手前のテーブルに近づいた。

「黒曜石の神殿を案内できる人を探してます」

男は顔を上げた。

一瞬だけ、ミイナを見る。

次の瞬間、視線を逸らした。

「知らねぇ」

それだけだった。

別の席。

同じように声をかける。

返事は、短い。

「無理だ」

「やめとけ」

「他を当たれ」

理由は語られない。

説明もない。

ただ、拒絶。

三人目。

四人目。

五人目。

視線を合わせる者すら減っていく。

声をかける前から、首を横に振られる。

酒を飲んでいた男は、

ミイナの言葉を聞いた瞬間、杯を置いた。

ゆっくりと立ち上がり、

何も言わずに店を出ていった。

クロスケは、入口付近で立ったままだ。

『わかっていたことではござるが……』

言葉の続きを、飲み込む。

ペルシャは、腕を組んだまま周囲を見回している。

話を聞けば聞くほど、空気は重くなる。

まるで、黒曜石の神殿という言葉そのものが、

呪いのように忌避されているかのようだった。

ミイナは、最後の席に向かった。

顔を伏せている老人。

「……あの」

老人は、ゆっくりと顔を上げた。

片目が白く濁っている。

ミイナが言葉を続ける前に、首を振った。

「若いの」

掠れた声。

「金を積まれても行かん」

「命が安いと思うな」

それで終わりだった。

ミイナは、その場に立ち尽くす。

酒場のざわめきが、遠く感じられる。

ここには、案内人はいない。

正確には――

案内できる人間はいるが、誰も行こうとしない。

それが、答えだった。

ミイナは、ゆっくりと拳を握った。

霧の湖へ行くための盃。

その第一歩は、

想像していた以上に、重かった。



「残念な結果になりましたわね」

フィリアが肩を落として言う。

「うん……」

『どうするでござる?

案内人なしでダンジョンアタックするでござるか?』

クロスケがミイナに向き直って尋ねる。

『それはあまりにも危険すぎる。

古代遺跡にはトラップ、そしてアンプは賢く強力な魔物だ。

案内人なしは最後の手段にしたい』

「そうだよね……」

ミイナは力なく頷いた。

ドンっ。

その時、フードを被った人影とミイナはぶつかった。

「ごめんよ」

高い声。女の人だろうか。

「いいえ。こちらこそ」

ミイナも咄嗟に謝るが、その人物はそそくさと先へ行ってしまった。

「……もしかして、今の」

ペルシャが呟く。

『ああ』

モノがそれに続いて頷いた。

「え? 何? 今の人がどうかした?」

ミイナは首を傾げる。

『……ミイナ。財布はあるか……?』

「え? あれ? え? ……ない!」

『スリだ! さっきのヤツだ! 追うぞ!』

「うん!」

人通りはまばらだ。

先ほどの人物の背中も、通りの向こうにかろうじて見える。

ミイナとモノは風のように走り出した。

スリは通りを右折して消える。

『逃すかよ!』

モノは三角飛びの要領で屋根に登り、屋根伝いにスリを追いかけていく。

『ミイナは地上から追え!

俺がヤツを捕捉する!』

「うん!」

少し走って。

『あっちだ!』

「うん!」

また右折して。

『次はこっち!』

「わかった!」

ミイナとモノの付き合いは長い。

二人の連携は、阿吽の呼吸のように息が合っていた。

この二年でミイナも体力がついたのだろう。

行き止まりにスリを追い込んだ時も、ミイナは息切れしていなかった。

「ハァ、ハァ、ハァ……なんて体力……」

一方のスリは肩で息をしている。

「財布、返してください」

「わかったよ」

そう言うと、スリはミイナの財布の革袋を放り投げた。

ミイナの視線が一瞬、財布に引き寄せられる。

(隙あり! 足払いをかけて……)

スリの心の声が、ミイナにはハッキリと聞こえた。

ミイナは片脚を上げて足払いをかわし、左手で財布をキャッチし、右手でスリの手を取って捻り上げた。

「やめてください。スリは悪いことですよ」

地面にスリを組み伏せるミイナ。

『お前もやるようになったなぁ』

それを見て、モノも感慨深げだった。

「参った! 参った! 降参だよ! 降参!」

女の声だった。

ミイナは拘束を解く。

「あんたら、地底ピラミッドのシェルパを探してるんだろ?

合格だ。アタイがやってやるよ」

「え?」

「え?」

ミイナは呆気に取られる。

スリも困惑している。

「なんだい……もっと喜ぶところだろ……」

「だって、急だったし……」

これが、シェルパを名乗る女性“バスティ”と、ミイナとの出会いなのであった。



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