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地の底と魔物の巣

ゴンドラは落下した。

それでもミイナたちが無事だったのは、二つの理由がある。

一つ目は、穴の底が比較的近づいていたこと。

もう一つは、落下の直前にモノが猫魔術を地面に放ち、衝撃を相殺したことであった。

『皆、大丈夫でござるか……?』

横転したゴンドラの下から這い出ながら、クロスケが尋ねた。

「はい……」

「無事ニャ……」

『なんとかな……』

各々が無事を報告する。

ミイナは周囲を見渡した。

骨だ。

あたり一面に、骨が広がっている。

おそらく、デビルゾアにやられたものだろう。

『ここは餌場でござるな……』

クロスケの声に、ミイナは背筋が冷たくなるのを感じた。

その瞬間、翼が風を切る音が聞こえた。

上空から、大型デビルゾアがミイナに向かって飛びかかってきたのだ。

《肉‼︎》

強烈な食欲の思考。

ミイナは抜刀の姿勢を取り、相手を見据えた。

そして、回避に専念する。

大型デビルゾアは着地と同時に、翼手をミイナに伸ばす。

ミイナは半身になって躱し、ショートソードで翼膜を切り裂いた。

翼膜を裂かれた大型デビルゾアは、再び飛び上がろうとするが、

バランスを崩してつんのめる。

「いいですよ、ミイナ」

ペルシャはその隙を逃さず、懐に潜り込み、喉を一突きにした。

大型デビルゾアは、ドシンと音を立てて倒れ伏す。

『まだ来るぞ!』

頭上から飛来音。

ズン、ズシン、ズシン。

三体の大型デビルゾアが、ミイナたちを囲むように着地した。

《餌》《肉》《餌》

「キリがない……」

ミイナは再び抜刀の構えを取る。

『数が多すぎるでござる……』

羽音は、まだ続いている。

どうやら小型のデビルゾアは着地せず、様子をうかがっているらしい。

その数は、十や二十ではきかないように思われた。



乱戦になるはずだった。

三体の大型デビルゾアは、じりじりと距離を詰めてきている。

上空の小型デビルゾアも、徐々に高度を落としていた。

ミイナは乱戦に備えてショートソードを構えていた。

皆も、同じだった。

しかし――そうはならなかった。

最初、ミイナには何が起きたのか、わからなかった。

《 落 》《 肉 》《 下 》《 空 》《 骨 》《 戻 》

意識ですらどうかわからない。

思考の断片が流れ込んできた、その瞬間。

大型デビルゾアは、巨大な鉤爪に鷲掴みにされていた。

途方もない大きさだった。

ミイナは一瞬、壁が迫ってきたのかと思ったほどだ。

大穴の上空から、か細い光がそれを照らす。

顔はデビルゾアと同じ蝙蝠。

だが、眼は四つあり、不気味な牙が口の端から何本も突き出している。

特筆すべきは、その身体だった。

丸々と太っているのか、巨大な腹を地面に引きずり、

巨大な翼手で身体を支えている。

その大きさは、大型デビルゾアの十倍はくだらない。

ごわごわとした体毛が全身を覆い、

刃が突き刺さるのかすら怪しい。

言わば、超大型デビルゾア。

穴の底の主。

“ボスデビルゾア”と呼んで差し支えない存在だった。

『……ダメだ。勝てない……』

モノは、己の何百倍もの巨体を見上げ、呟いた。

ボスデビルゾアは、左手に掴んだデビルゾアを口元へ運ぶと、

バリバリと食べ始めた。

骨が砕ける音が響き、血が滴る。

『同意見でござるな……』

クロスケが続ける。

「ミイナさん。こういう時の鉄則があります」

ペルシャの声は、落ち着いていた。

「……な、なんですか、ペルシャさん?」

ミイナは恐る恐る尋ねる。

「逃げるニャ! あそこに横穴があるニャ!」

その言葉を合図に、一同は一目散に横穴へ駆け出した。

上空では、小型デビルゾアがギャッギャッと騒いでいる。

大型デビルゾアは飛翔して逃げようとしたところを、

ボスデビルゾアに捕まえられていた。

そこまで見届けると、ミイナは振り返るのをやめた。

己が持つ力のすべてを、逃走に注ぐのだった。



横穴は、思っていたよりも狭かった。

身を屈めなければ通れないほどではないが、

翼を広げる余地はない。

ボスデビルゾアの大きさでは、追ってこられないだろう。

それが、唯一の救いだった。

ミイナたちは転がり込むように横穴へ入り、

角を一つ曲がったところで立ち止まった。

誰も、すぐには口を開かなかった。

静かすぎた。

外では、あれほど羽音が響いていた。

骨が砕ける音がしていた。

思考の奔流が、頭を叩いていた。

――それが、すべて途切れている。

音が、ない。

風もない。

羽音もない。

反響すら、ない。

「……さすがに、追っては来ませんね」

ペルシャが小さく言った。

声が、吸い込まれるように消える。

『来ない、というより……』

クロスケが言いかけ、言葉を選ぶ。

『デカすぎて、来られないでござるな』

先ほどの光景を思い出し、

ミイナは背中に冷たいものが這うのを感じた。

外の“主”は、追ってこなかった。

逃げられたからではない。

逃げたこと自体が、問題になっていない。

(……狩り場の端に、入っただけ)

横穴の壁に手をつく。

岩肌はざらついているが、どこか滑らかでもあった。

自然に削られたというより、

長い時間をかけて誰かが掘ったような跡。

「ここ……通路、ですね」

ミイナの声は、わずかに震えていた。

「ええ」

ペルシャは頷く。

「自然洞ではありません。意図的に――下へ続いています」

『戻る選択肢は、ないでござるな』

クロスケの言葉に、誰も否定しなかった。

横穴は、緩やかに下っていた。

勾配は浅いが、確実に“下”へ向かっている。

振り返っても、入口の光はすでに細い線だ。

ミイナは、無意識に耳を澄ませていた。

思考が、来ない。

あれほど流れ込んできた断片的な欲求も、

飢えも、

殺意も――

何も、ない。

それが、逆に不安だった。

(……静かすぎる)

『油断は禁物でござるよ、ミイナ殿』

クロスケの声が、すぐ近くで聞こえた。

距離感が、狂う。

『ここは、“ダンジョン”でござる』

『上と同じ理屈で考えると、命を落とす』

ミイナは、短く頷いた。

逃げてきたはずだった。

助かったはずだった。

それなのに――

胸の奥で、何かがはっきりと理解していた。

ここから先は、

逃げるための場所ではない。

横穴は、黙って続いている。

闇は、音もなく、彼女たちを飲み込んでいった。


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