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剣と修行

ミイナが片足で夜明けまで立てるようになった時には、一か月以上が経過していた。

この頃からミイナは、一時間でも二時間でも、軸をぶらさずに片脚で立てるまでになってきた。

『よし。合格でござるよ。よくやった、ミイナ殿。次へ進むでござる』

「やった! 次は何をするの?」

『“剣”を持つ。そして、あとは同じでござる』

クロスケはそう言うと、手頃な棒切れを見つけてきた。

『上段に構えて振り下ろす。そして、その姿勢のまま、動くな』

「え? また? 振ったりしないの?」

『左様。“剣”は振り回すものではない。ミイナ殿には、まずは“型”を叩き込むでござる』

「型?」

『そうでござる。それとも拙者が信用できないか? それなら、別の者に修行を頼むでござるが……』

「ううん。クロスケさんのこと、信じてるよ。だから、続けてください。お願いします!」

ミイナは剣を上段に構えて振り下ろす。

そして、そのままの姿勢で立ち続けるのだった。

『拙者が教える剣の型は“十”ある。そのすべての形を、正しく身体に叩き込む必要がある』

唐竹割、右袈裟、左袈裟、右胴、左胴、逆右袈裟、逆左袈裟、逆唐竹、そして突き。

その九つに、抜刀前の構えを合わせて“十の型”だった。

それぞれの型を、正しい姿勢で一時間でも、二時間でも、長時間立っていられるようにしなければならない。

ミイナがすべての型で立っていられるようになる頃には、二年が経過していた。 



『よし。ミイナ殿。よくここまで頑張ったでござるな』

「え? どうしたの、クロスケさん」

『教えられることは、もうないでござる。あとは実践あるのみ』

「そんな……まだまだ、実戦なんて私……」

ミイナは不安そうな声を上げる。

『大丈夫でござる。拙者を信じて。卵拾いの後、村の子供たちと立ち合いでござる』

「……はい」

ミイナは渋々といった形だったが、反論することはなかった。

水汲みの時間になった。

ミイナは、バケツ二つを持って走って運べるようになっていた。

それでも、ギギたちの方が速い。

「遅いゾ! 鱗なシ!」

バケツ三つを持ち、通り過ぎる時に、いつものように罵声を浴びせてくる。

「……はいはい」

ミイナは慣れたもので、いつものように受け流した。

卵拾いは、ミイナの得意分野になっていた。

最初はランダムに産んでいるように思われた武軍鶏の卵だが、実は規則性があることに気づいたのだ。

(今日産むあの子は木陰を好む。明日産む子は日向だったよね)

ミイナは、最短距離で卵を運べるようになっていた。



そして、夕暮れ。

『……というわけで、立ち合いを申し込むでござる』

ミイナはクロスケの指示で、ギギに立ち合いを申し込んでいた。

観客には、取り巻きのググ、ゲゲ、ゴゴもいる。

ギギの背丈は二年前よりも伸び、人間の大人を遥かに越していた。

筋骨隆々とまではいかないが、がっしりとした若者特有の健康的な肉体だった。

「いいのカ? 鱗なシ。俺も親父ニ、剣を教わってル。怪我するゾ?」

「うん。構わない。よろしくお願いします」

ミイナは、はっきりと答える。

「一本目、始メ!」

ググの掛け声で、試合は始まった。

ギギが木刀を上段に振りかぶる。

そして、強烈な振り下ろし。

ミイナも木刀で受ける。重たい。手が痺れた。

ギギはすかさず、ミイナの腹に蹴りを入れ、今度は胴を薙ぐように横に木刀を振る。

ミイナはこれも受け止めるが、木刀が弾かれてしまう。

ミイナの眼前に、ギギの木刀が寸止めされる。

「勝負あり!」

ググが宣言し、ギギが勝鬨を上げた。

ミイナは愕然としていた。

まったく勝てる気がしない。

この二年は、なんだったのだ。

絶望に打ちひしがれる。

せめて泣くものかと、歯を食いしばる。

その時だった。

『ミイナ殿。作戦タイムでござる』

クロスケが、軽い口調で言った。 



「……クロスケさん。私、スピードもパワーも全然敵いません……。それに、動かない修行ばかりで、剣を振ったことすら……」

ミイナは焦りからか、早口でまくし立てた。

『大丈夫でござる。まずは落ち着いて』

クロスケの言葉に、一切の動揺はない。

『ミイナ殿。これは“剣”の勝負でござる。力比べでも、速さ比べでもない』

「え? それはどういう……?」

ミイナは首を傾げる。

『相手の長所と闘っては負ける。ミイナ殿の長所は、なんでござるか?』

「長所……」

思いつかない。

強いて言うなら、動物と話せることくらいか。

ミイナは、自分自身に失望するのを感じた。

『何かあるでござろう?』

「……動物と話せます」

それが何になるというのだ――

そんな思いを込め、吐き捨てるように言った。

『それでござる!』

「え?」

『本当に動物だけでござるか? 拙者とも、リザードマンとも、普通に喋れているではござらぬか。声も出していないのに』

「え……? それは、どういう……?」

ミイナは困惑した様子で、クロスケを見つめる。

『無自覚でござったか。ミイナ殿。それは立派な才能でござる。相手の心の声が、聞こえているのでござるよ』

クロスケは、案山子の瞳を真っ直ぐにミイナへ向けた。

『つまり、相手が何をしてくるか、どういう動きをしてくるかが聞こえてくる。ここまで言えば、分かるでござろう?』

「……え? ……え?」

ミイナは、まだ困惑している。

『相手の心の声に、耳を澄ませるでござるよ。これ以上伝えるのは野暮でござる。作戦タイム、終了!』

そう言うと、クロスケはぴょんぴょんと跳ねて、離れていってしまった。

ギギが近づいてくる。

「終わったのカ? 二本目も本当にやるのカ? 鱗なシ!」

嘲笑っている。ミイナは悔しかった。

「やります」

ミイナは言い切り、木刀を修行の時と同じく、抜刀前のように腰に構えた。

「二本目、始メ!」

ググの掛け声。

ミイナは、今度は耳を澄ませることに集中した。

(今度モ、上段からの振り下ろしデ、怯ませル)

聞こえた、とミイナは思った。

相手が振りかぶると同時に、ミイナは距離を詰めた。

そして、逆左袈裟の型で、がら空きになった脇を叩く。

「うぐッ!」

ギギが片膝をついた。

「しょ、勝負あり!」

ググが困惑したように言う。

「まぐれダ! もう一度ダ!」

今度は、ギギが正眼に構える。

「……わかったかも」

ミイナは変わらず、腰に木刀を添えて構えた。

(今度ハ、最短の突きデ、顔面を打ち抜いてやル!)

聞こえた。

ミイナは半身になって突きを躱し、そのままの姿勢で左胴を振り抜いた。

「勝負あり!」

今度は、ググがはっきりと宣言した。

「くそッ! なんで、鱗なしなんかニ! もう一度ダ!」

「いいよ。何度でも相手になってあげる」

ミイナは、わかった気がした。

剣は、振るのではなく――

“置いてくる”。

正しい型で、正しい場所に、剣を置く。

それだけで、よかったのだ。

この日、日が暮れるまで立ち合いは続いたが、ミイナは、もう一本も与えることはなかった。


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