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別れと雨上がり

雨は、降り続いている。

燃え尽きかけていた石麦畑には、まだ白い湯気が立ちのぼっていた。

黒く焦げた地面に、雨の雫が落ち、じゅっ、と小さな音を立て続けている。

『……終わった、でござるか……』

クロスケの呟きが、夜気に溶けた。

火炎男の姿は、もうどこにもない。

残っているのは、冷えた雨水と、踏み荒らされた大地だけだった。

クロスケはその場に棒を突き立て、ゆっくりと体を支えた。

案山子の体はところどころ焼け落ち、軋む音を立てている。

『……拙者たち、生きているでござるな』

『ああ。お互い、何とかな……』

モノは呼吸を整えながら応えた。

その時、ペルシャが駆けて戻ってきた。

「無事だったかニャ。ちゃんと」

短くそう言うと、ペルシャは剣を鞘に収めた。

肩の力も、すっかり抜けている。

モノは何も言わず、雨に濡れた地面に座り込んでいた。

毛並みは乱れ、体のあちこちに傷が残っている。

それでも胸は上下し、確かに息をしていた。

ミイナは、まだ動けずにいた。

自分の手を見つめ、指先が微かに震えているのを感じていた。

(……終わったんだ)

それが現実だと理解するまで、少し時間が必要だった。

やがて、村の方角から灯りが近づいてくる。

恐る恐る、しかし確かに、人の足音が続いていた。

「……無事、なんですね?」

村人の一人が、そう問いかける。

ペルシャは小さく頷いた。

「はい。もう大丈夫です。心配いりません」

その言葉を合図にしたかのように、張り詰めていた空気が一気にほどけた。

「ただ、今はみんな休息が必要ですね」

恵みの雨は、それから三日三晩、降り続いたのだった。



村に戻った一行は、ようやく休息を許された。

村長の家の一室。

ナディルは寝台に横たわり、浅い呼吸を繰り返している。

包帯の下の体は熱を持ち、顔色はまだ戻らない。

「……無茶、しすぎですよ」

ミイナが、そっと言った。

「ええ……そうですね」

ナディルは、かすかに笑った。

「でも、後悔はしていません。雨を降らせるのが、私の仕事ですから」

その言葉は弱々しいが、揺らいではいなかった。

「この村には、もう少し雨が必要です。それが、私の仕事ですから」

ミイナは何も言えず、ただ頷いた。

別れが近いことを、互いに理解していた。 



数日後、休息を終えた各々が旅支度をしていた。

ミイナは村で調達した石パンと水、少々の着替えを鞄に詰め込んでいた。

モノは相変わらず何も持たない。猫なので。

クロスケも同じく、荷物はないようだ。案山子だから。

ペルシャが旅装をバラクーダに積み込んでいく。

「用意はできましたか?」

『ああ』

『いつでもいけるでござる』

「はい、ペルシャさん」

ミイナはそう言うと、砂漠越えのフードを被った。

その時、声が聞こえた。

「ミイナさん! みなさん!」

ナディルだった。

彼女は、村の入り口まで見送りに来ていたのだ。

「ナディルさん!」

ミイナは思わず、ナディルに抱きついていた。

「ここで一旦お別れですね。皆さんと旅をできて、本当に楽しかったです」

「私もです!」

ミイナは満面の笑みで応える。

笑っていないと、涙が出てしまいそうだったから。

「ミイナさん。最後の魔術、とても見事でした。それに、あなたと過ごした日々は、私にとってもかけがえのないものになりました」

「ナディルさん……」

ミイナの笑みが崩れかける。

目頭が、ぐっと熱くなるのを感じた。

「ミイナさん、これをもらってください」

ナディルは、拳大の透明な水晶玉を差し出した。

“空玉”だった。

「でも、これはお師匠様から頂いた大切なものだって……」

「そうです。だから、受け取ってほしいのです。私の、初めての弟子ですから」

「……はい。ありがとうございます!」

今度は、笑顔ではいられなかった。

涙が溢れ出し、ミイナは慌ててそれを拭った。

「砂漠越えの前に泣いていたら、水が持ちませんよ?」

ナディルはそう言って、微笑んだ。

「……はい。……そうですね」

ミイナは、今度こそぎこちなく笑えたと思った。

「そろそろ、行きますよ」

ペルシャの声。もう、ゴーグルを装着している。

「はい!」

「また、会いましょう。皆さん」

「ええ。必ず、どこかで」

ペルシャがナディルと握手を交わす。

モノは「ニャア」と鳴いた。

案山子は、カタカタと動いた気がした。

「ナディルさん、またね!」

ミイナはバラクーダの上から、何度も何度も振り返って手を振る。

雨は、いつの間にか上がっていた。


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