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火炎男と雨降師

案山子の戦士クロスケは、倒れ伏した蝋燭男を見下ろしていた。

案山子の体のところどころは炭化し、今も小さな炎と白煙を上げている。

『やったでござるか……?』

手応えはあった。

しかしクロスケは、戦士としての本能が「まだだ」と警鐘を鳴らしているのを、どこかで感じていた。

「まだだ!」

蝋燭男の声。

蝋燭男の頭がさらに燃え盛り、今度は自らの身体を炎が飲み込んだ。

そのまま、炎の勢いは増していく。

四肢は焼けて霧散し、頭部の蝋燭は溶けて消失した。

蝋燭男は、もういなかった。

目の前に立っているのは、人型の炎そのもの。

火の中から、赤黒く裂けた眼だけが、ギロリと睨みつけるように光っていた。

『それが、正体でござるか』

クロスケが跳躍の構えを取る。

バリッ!

間髪を入れず、クロスケは火炎男に斬りかかった。

切断したかのように思われた。

胴から真っ二つに、炎が裂ける。

だが、クロスケに引火し、炎はさらに燃え盛った。

(手応えがない! もしや、こやつ……実体が……?)

「無駄だ。こうなってしまっては、お前達に勝ち目はない」

火炎男がクロスケに向かって手を翳す。

炎が迸った。

炎はクロスケを飲み込み、さらにその身体を炭化させる。

『ぐっ!』

クロスケは身を捩って火を振り払おうとするが、勢いは衰えない。

「俺は炎そのものだ。どのような攻撃も、もう通用せん」

火炎男の表情は読めない。

しかし、その静かな口調には、余裕すら感じられた。

『クロスケ!』

モノは駆け寄ろうとするが、火の勢いが強く、近づけない。

「諦めろ。その案山子は燃え尽きて終わりだ。

 そして、次はお前の番だ。猫勇者」

火炎男は静かに言い、モノに向かって手を翳した。

――その時だった。

かすかな声が、風に紛れて届いた。

最初は、誰のものか分からなかった。

怒号でも、詠唱でもない。

ただ、歌だった。

震えるほど小さく、しかし確かに旋律を持つ声。

石麦畑の中。

燃え盛る火の中央。

雨雲の杖を両手で抱え、ナディルが立っていた。

青白い顔。

足元はおぼつかない。

それでも彼女は、息を吸い、声を紡ぐ。

「――降らせよ、雲よ

 焦げた大地に

 忘れられた名を、呼び戻せ」

歌は弱々しく、途中で途切れそうになる。

だが、止まらない。

ミイナは、その背後で寄り添うように立っていた。

(……雨乞いの歌)

教えられたことはない。

けれど、なぜか知っていた。

――この歌は、術式ではない。

――願いだ。

ナディルの声は震え、足元もおぼつかない。

それでも雨雲の杖を振り翳し、歌い続ける。

「――降れよ、雨よ

 燃えた命に

 冷たい眠りを」

旋律は同じ。

ナディルの声が、夜に重なる。

その瞬間、風が変わった。

熱を孕んでいた空気が、ひやりと冷える。

炎が揺らぎ、色を失い始める。

「……黙れ」

蝋燭男の声に、苛立ちが混じった。

「そんな歌に、なんの意味がある!」

炎が荒れ狂う。

雨雲が畝る。

そして――

ぽつり。

一滴の水が、燃え盛る麦の上に落ちた。

じゅっ、と小さな音を立てて消える。

クロスケが、それを見た。

『……雨、でござるな』

次の瞬間。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。

水滴が増える。

炎の中で、確実に数を増していく。

ナディルの歌は続く。

やがて、空が低く唸った。

雲が集まり、重なり、

夜空を覆い尽くす。

――そして。

叩きつけるような豪雨が、戦場を飲み込んだ。

炎は悲鳴を上げるように潰れ、

赤かった麦畑は、一気に黒と銀に塗り替えられる。

火炎男の炎が、激しく揺れた。

「……馬鹿な……」

雨は、降った。

雨降師。

無敵に思われた火炎男の、唯一の天敵が目の前に立ちはだかる。

「お待たせしました。ここからは、私がお相手します」

ナディルは雨雲の杖を掲げ、そう言ったのだった。



ナディルの顔は青白かった。

足取りもおぼつかない。

ここに来るまでに、何度も倒れそうになったことを、ミイナは知っている。

それでもナディルは、凛として立っていた。

豪雨の中、火炎男に向き直り、雨雲の杖を構える。

「雨降師! やはり、あそこで殺しておくべきだったか」

火炎男は激昂する。

火力が上がり、豪雨の中でもその勢いを増していく。

「そうですね。はい。

 私が来たからには、あなたに勝ち目はありません」

「ほざくな! 蒸発させ尽くしてやるわ!」

火炎男が巨大化する。

火力が上がり、豪雨をものともせず蒸発させている。

巨大な炎の手が、ナディルに迫った。

「無駄です」

ナディルが雨雲の杖を振ると、先端の水晶から水が流れ出し、目の前に水の壁を作る。

ジュゥゥ!

音を立てて、火炎男の巨大な腕が消滅した。

「ならば……これならばどうだ!」

今度は火炎男の体から、五匹の巨大な炎の蛇が飛び出し、ナディルに襲いかかる。

「はっ!」

ナディルは雨雲の杖を地面に突き立てた。

水晶から再び水が溢れ出し、ナディルを包み込むように球体となる。

その球体に食らいつくように、炎の蛇が殺到する。

蒸発。

あたり一帯が、水蒸気で真っ白に染まった。

「くらうがいい!」

火炎男の腕が、今度は炎の槍を作り出し、ナディルのいるであろう靄に向かって放たれる。

しかし、ナディルはすでに移動しており、槍は空を切った。

「火は水に弱い。子供でも分かることです」

ふらつく足取りで立ちながら、ナディルは雨雲の杖を、今度は火炎男に向ける。

豪雨の雨粒が、一斉に火炎男に叩きつけられた。

「ぐうぅ! この女ぁ!」

雨粒は集まり、小石大、拳大と、徐々に大きくなっていく。

そして、ついに火炎男の全身を覆う、巨大な水球となった。

「これで終わりです」

ナディルはそう言い、雨粒を集め続ける。

水球は、どんどん大きくなる。

火炎は、みるみる小さくなっていった。

このまま消滅するかと思われた――その時。

水球が、弾け飛んだ。

ナディルはその場に膝をつき、咳き込んでいた。

「ナディルさん!」

ミイナが駆け寄る。

息が上がっている。

顔面は蒼白。もう、限界だった。

「ハァ……ハァ……ハァ……

 もう……少しだったのに……」

「残念だったな! 雨降師!

 最後のチャンスを逃したぞ!」

火炎男の火勢が増す。

さらに火力を上げ、こちらに向かって歩き出してくる。

「ミイナさん……お願いです……

 あなたなら、できる……」

「え?……はい!」

すぐには、言われたことが理解できなかった。

しかし、ナディルの目を見るうちに、はっきりと理解する。

ミイナは、火炎男に向かって両手を翳した。

(水球、固定、浮かせる……同じことだ!)

何かが、吸い取られる感覚。

先ほど霧散した水球の欠片が、息を吹き返したかのように、火炎男へ向かう。

「小娘がぁぁ!」

瞬く間に、水の欠片は巨大な水球となり、火炎男を包み込んだ。

(あとは、維持するだけ!)

手からエステラが吸われ続ける。

吸われ尽くしても止めるものかと、ミイナは力を込め続けた。

ゴポ、ゴボボ……と、水泡が立ち上る。

そして、ついに。

それも小さくなり、火炎男は完全に消滅した。

パシャリ、と水球が割れる。

ミイナは肩で息をしていた。

まだ、心臓の音がうるさい。

その場にへたり込んだミイナを、冷たい雨が濡らし続けるのだった。


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