蝋燭男と猫勇者
それが来たのはすぐに分かった。
石麦畑の端が、明るく染まったからだ。
蝋燭男の頭の火が、煌々と燃え盛っている。
そして、レッドキャップ。昼間より多い。ざっと数えても三十匹以上はいる。さらに、それぞれのレッドキャップの顔には、幾何学模様の魔術陣が刻まれた紙が貼り付けてあった。
その中でも二体が大きい。
レッドキャップは通常、子供ほどの背丈だが、その二体は大人よりもはるかに大きい異常なサイズだ。体高は、小ぶりな木ほどにも見えた。
『来たか』
クロスケは、落ち着いて言う。
「ああ。案山子の戦士よ。昼間のようにはいかない。今度は準備万端だ。この村もお前達も、シンプルにここで焼き尽くすことにした」
『いくら小細工しても、拙者には敵わぬ。何度でも斬り伏せ――いや、叩き伏せてやろう』
「それはどうかな。レッドキャップよ、やれ」
レッドキャップの軍団が、一斉に駆け出した。
顔に貼られた不気味な紙切れが、風に揺れている。
『催眠の魔術陣をレッドキャップに? だが、拙者は案山子。そんな物、通用しない!』
クロスケはその場で跳躍し、地面を抉るほど踏み込むと、レッドキャップへ突撃した。
案山子の棒が、レッドキャップの腹部にめり込む。
そして、また跳躍。次のレッドキャップの後頭部を打ち据える。さらに跳躍し、三匹目の顔面を捉えた直後だった。
ボゥッ!
辺り一面が、昼間のように明るくなる。
なんと、レッドキャップに貼り付けられた紙が発火し、頭部ごと炎上し始めた。
『……くっ!』
慌てて飛びずさるが、腹部の布に炎が引火している。
『火はマズいでござる!』
クロスケはその場で、ゴロゴロと転がった。
どうにか鎮火できたようだ。
「誰が催眠の魔術陣だと言った? 我が最も得意とするところは、炎術よ!」
蝋燭男の頭が燃え盛る。翳した手から、炎が迸った。
『うわっ!』
クロスケは、紙一重で躱す。
「躱していいのか?」
『何を⁉︎』
蝋燭男が、背後を指差す。
背後では、しばらく雨が降っていなかったためか、乾ききった石麦畑が轟々と火を上げていた。
『ぬっ! 卑怯な!』
クロスケが非難の声を上げるが、蝋燭男はさらにニヤリと笑みを浮かべた。
「卑怯? なに、まだまだこれからが本番だ」
「グェ」「グワ」「ヒィ」
レッドキャップたちの、悲鳴とも断末魔ともつかぬ声。
三十匹を超えるレッドキャップの頭が、一斉に点火された。
そして、一目散に石麦畑へと駆け出した。
*
それぞれ別の方角を警戒していたモノとペルシャは、すぐに異変に気づいた。
にわかに、南の空が赤く染まったのだ。
戦闘の経験から、ペルシャは即座に火の光だと悟る。
ミイナは連れてきていない。
敵の狙いがミイナである以上、同行させるのは得策ではないと判断したからだ。
ミイナは今も、ナディルの看病をしているだろう。
モノとペルシャは、風よりも早く駆けた。
荒地も、村も、麦畑も、瞬く間に後方へと流れていく。
現場に辿り着いた時には、辺り一帯が火の海と化していた。
そして、案山子の戦士クロスケは、巨大なレッドキャップに踏み潰されていた。
『クロスケ!』
「どきなさい!」
ペルシャが抜刀し、巨大レッドキャップの足へと斬りつける。
同時に跳躍したモノの猫魔法〈弾き〉が、胴体に叩き込まれた。
巨大レッドキャップがよろめいた隙に、ペルシャはクロスケの頭を掴み、引き抜く。
『すまぬ……』
『気にすんな。それより、この火をなんとかしないと、村まで焼けるぞ!』
「それにはまず、火の元を断つしかなさそうですね」
クロスケ、モノ、ペルシャは、それぞれ戦いの構えを取る。
「来たか、猫勇者。だがもう遅い。この火の勢いは止められまい。麦も村も、焼け落ちて終いだ」
『確かにな。だが、それはお前をぶっ飛ばしてから考えることだ』
モノが跳躍する。
同時に、ペルシャとクロスケが続いた。
「無駄だ!」
蝋燭男の頭の炎が怪しく煌めく。
それと同時に、麦畑で燃え盛る火が蛇のようにうねり、三人を飲み込んだ。
『くっ!』
間一髪。火が燃え移る前に、三人は飛び退く。
その火を突き破るように、巨大レッドキャップが棍棒を振り抜き、ペルシャを撃ち抜いた。
「……っ!」
それも紙一重。ペルシャは棍棒を剣で受け止める。
だが、衝撃を殺しきれず、後方へ吹き飛ばされた。
追撃するように、もう一匹の巨大レッドキャップが跳躍し、棍棒を頭上から叩きつける。
グシャッ。
さらに追撃。何度も、何度も。
グシャ、グシャ、グシャ!
「しつこいニャ」
ペルシャはいつの間にか立ち上がり、片手で棍棒を受け止めていた。
「モノ。このデカブツ二匹は私がやる。そっちは任せるニャ」
『ああ、頼んだ。あと、その語尾やめろ』
そのやりとりが終わる前に、頭が炎上した小レッドキャップがモノへ迫る。
『モノ!』
『ああ!』
モノはひらりと身を翻し、猫魔法。
肉球で敵を弾き飛ばす。
クロスケは迎え撃つように、燃えていない腹部へ棒を叩き込んだ。
しかし、そこへ再び、蝋燭男の火の蛇が迫る。
二人は、またも紙一重で躱した。
『クソっ! やはり、火をなんとかしないと』
『近づくこともできぬ、でござるな』
二人は、蝋燭男と距離を取る。
「どうした? 私を倒さねば、火は消えぬぞ?」
蝋燭男は、なお余裕の笑みを浮かべていた。
火は、まだまだ燃え盛っている。
*
一方その頃。
ミイナは、村長の家の一室、その窓から外を眺めていた。
南の空が、赤く染まっている。
その下では、今も激闘が繰り広げられているのだろう。
傍のベッドでは、ナディルが横たわったままだ。
まだ意識は戻らない。
ミイナは唇を噛む。
何もできない自分が、悔しくてたまらなかった。
(私はまた、守られてばかりいる)
せっかく魔術を教えてもらったのに、何の役にも立たない。
悔しい。悔しい。悔しい。
「ミイナさん、痛いですよ」
いつの間にか、ナディルの手を強く握り締めていたらしい。
ナディルは青白い顔で、ミイナを見つめていた。
「ナディルさん! 目が覚めたんですね! いま、薬師さんを呼んできます!」
「いいえ、それは後でいいです。どうか、杖を。雨雲の杖を取ってください」
「杖?」
「ええ。そして、彼らの元へ案内してください」
ナディルの青白い顔には、硬い決意の色が浮かんでいた。




