24. 私の馬がやって来た
伯父様と伯母様がああでもない、こうでもないと話し合った結果、翌々日には大工が来て馬場の工事に取り掛かっていた。伯母様も一度領地に帰り、馬の選定をしてくれるそうだ。
……いや、あの、その……馬が欲しいと言ったのは確かに私なのだが、お二人ともフットワークが軽過ぎて不安になる。
「伯父様、馬場を作るのなら、新たに土地の購入が必要では? 費用はどうしましょう?」
『何を言っているんだ、エリー。屋敷の側に作れば問題ないだろう。馬も工事費用も私達からの贈り物だ。何も気にするな』
「あ、ありがとうございます……。伯父様? 屋敷の周辺もこちらの……えっと、持ち主は……」
『お前名義だ、エリー』
嫌な予感がして、息を吸ってしまう。
「何処から、何処までが?」
『街以外の見えている丘全てだ。エリー』
聞いた瞬間に頭を抱えた。本当、エリシアに転生してから何年も貴族をやっているけれど、この辺りの金銭感覚は未だに慣れない。
「……丘って幾らするのかしら?」
「分からない……ですね」
「馬もそれなりの値段がするわよね?」
「……丘よりは、安いのでは?」
「血統によっては高い馬もいるでしょう? その、王室に納めるような……」
「そう……ですね……」
グランツ卿と二人で引いている間にも、馬場の工事が終わり、伯母様が馬を連れて屋敷にやって来た。
「……………………」
「……………………」
馬車で使われる馬を見た事があるが、それよりももっと大きい馬が、来た。
色は栗毛で鼻先と両脚が白く、足には優美で流れる様な毛が生えている。肩までの高さが、グランツ卿よりも高い。だから必然的に馬の顔がもっと高い位置にある。毛並みも艶々していて、現代でよく見ていたサラブレッドみたいな細さはなく、ずっしりとしてしっかりした体格だ。
それでいて上品で、あまりに立派で、本当にうちでいいの? と思うくらいだ。
……そして私は、この馬の品種を何処かで見た事が絶対にある。
「……侯爵夫人、発言してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
灰色の髪を後ろできっちりと纏めた、威厳のある初老の女性——伯父様の奥様である、伯母様が、返事をする。
「これは、近衛騎士団が凱旋式で乗る馬では?」
グランツ卿の言葉に肩を跳ねさせてしまった。ご存知なのね、と伯母様は応える。
「力があって二人乗りも出来て、飼いやすくて、初心者のエリーも受け入れてくれる優しい子、となりましたらこの子でしたの。王室に納める予定だった子をこちらに連れて来ましたわ」
「それは……良かったのですか?」
「エリーが受けた仕打ちからしてみればどうってことはありません。ちゃんと先方には他の馬を納品したから問題はなくってよ」
伯母様の目が冷ややかになる。伯母様も、婚約破棄の件には怒っているらしい。
「夫から話は聞いています。あなたが陛下が遣わした護衛騎士のアルベルト・グランツ卿でよろしくて?」
「はっ!」
「乗馬は出来て?」
伯母様の言葉に、グランツ卿はさらに姿勢を整える。
「はっ! 出来ます!」
「エリーに教える事は出来るの?」
「可能です、夫人」
「馬の世話も?」
「問題ありません」
「ならいいわ。鞍と手綱も用意したから好きに使って。餌は侯爵邸から運ばせるわ。エリー、調教師や装蹄師もたまにこちらに来させるけど、よろしいかしら?」
「は、はい!」
「……どうしてエリーが緊張しているの?」
「つ、釣られてしまって……」
しばらく令嬢モードは使っておらず、威厳たっぷりの侯爵夫人として来てる伯母様相手に使うか……でも伯父様に使っていないし身内だし……とスイッチを入れるか考えていたら入れ損ねて変になってしまった。
ふぅん、と伯母様が目を細める。
「エリー、あなたが主人なのだから、常に余裕を持っていなくては駄目よ。馬もこちらの機微を感じ取るのだから、気を付けなさい」
「かしこまりました」
「ではね、エリー。一応建前は罪人としてこちらで預かっている身だから、逃げ出さないようにってことで一筆書いてほしいの。よろしいかしら?」
「はい、伯母様」
伯母様に近付いて羊皮紙を受け取り、まずは書かれている内容を確認する。
「彼とはどういう関係なの?」
そっと伯母様が私に話し掛けてくる。ふわりと香水が香って顔を上げると、グランツ卿に見えないように扇で顔を隠して、先ほどまでの威厳から打って変わって、好奇心を瞳に宿してこちらを見て来る。
「騎士と主人よ、伯母様」
「そう? 本当に?」
「本当よ」
「ならいいけど」
そう言って伯母様は身体を起こし、扇を畳んで口元に当てる。
「心配していたのよ? 侍女を付けず、陛下から賜った護衛騎士と二人で暮らすなんて。何も変な事はされていない?」
「大丈夫よ。伯母様。彼は誠実な人よ?」
「エリー、男なんて皆狼よ? 子羊みたいなあなたなんて簡単に食べられてしまうのだから」
「伯母様、私は……」
「でも」
伯母様が、優しく微笑む。
「誠実そうな人ね。安心したわ。言っておくけど、馬は駆け落ちに使わないでね?」
「駆け落ち⁉︎」
すごい声が出てしまった。絶対聞こえてしまっただろうと後ろを振り返れば、少し離れて控えるグランツ卿が目を丸くして、首を勢い良く横に振っている。あらあら、と伯母様が声を上げた。
「伯母様、彼とはそんな関係ではなくて……」
「分かったわ。念の為の釘刺しよ? それとね……」
す、と伯母様が、さらに私の耳元に顔を寄せる。
「あなたの元婚約者のことについて、耳に入れてもいい?」
何かあったと気付き、小さく頷く。
「最近、侯爵領に向けて斥候を放っている様子よ」
「斥候を?」
「そう。既に何度か不審者が領内に入った形跡があるの。王都に近い街道沿いで、護送馬車の行き先を聞いて回っていると報告を受けたわ」
振り向いて、手招きをした。グランツ卿がすぐに反応する。
「お呼びでしょうか?」
「伯母様、私に関わることだからグランツ卿と共有しても?」
「ええ、でも……」
「彼は近衛騎士団の副団長。彼に命令を下せるのは私か国王陛下しかいないわ。グランツ卿、殿下が侯爵領に斥候を送り込んでいる」
私の言葉に、グランツ卿の眉根が寄った。
「実は部下からも先日報告がありました。近衛騎士団の一部の団員が王太子殿下の命を受けて任務に出ているようです」
「確か、殿下は私兵を持っていないはずよね? 近衛騎士団を私用で動かせるの?」
「伯母様。近衛騎士団の指揮権は国王陛下の物だけど、王太子の身辺の護衛に着く部隊があるの。それに、殿下は幼少期から騎士団に出入りしているから、殿下を慕っている者も少なくはないわ」
「あなたは?」
伯母様からの問いにグランツ卿は首を横に振る。
「……少なくとも私は、全く」
「殿下が政務や教育を放棄して、訓練中や休憩中の騎士団の詰め所や訓練場に入り浸っていたから、全員が全員慕っている訳ではないわ。それに指揮権は陛下にあるもの。陛下が任務を中止しろ、と命令すれば、幾ら王太子殿下の命を受けていても中止せざるを得ないはずよ」
「つまり、今は陛下の意向はなく、殿下の独断で一部の部隊を動かしている……そういうことね?」
私とグランツ卿で、首を縦に振る。
「エリシア様の護送を担当したのは私の部下です。エリシア様の居場所は他言無用しない様に、騎士団長を通じて陛下から仰せつかっております」
「そう……」
閉じた扇を口元に当てながら、伯母様は考える。
「分かったわ。斥候が領内に侵入している現状を、夫から陛下に抗議してもらいましょう。私はこのまま侯爵邸に戻り、何かあった時に動ける様にするわ」
「伯母様。まだ社交会の季節でしょう? 王都に戻らなくていいの?」
「王都の邸宅には長男の嫁の次期侯爵夫人がいるわ。私はもうじき引退予定だもの。補佐に回るのが丁度いいの」
そう言って伯母様は微笑む。
「幾ら殿下でも、ここまで簡単に辿り着けないわ。安心して」
「簡単に辿り着けない……?」
「エリシア様、ここは飛地です」
「飛地?」
「そう。元は侯爵領だけど、色々あって今は辺境伯の領地よ。あの街とその周辺だけは街道の要所だから、侯爵家が管理しているの。衛士も多く配置しているから安心して。エリー、名前は書けた?」
羊皮紙に書かれた内容を確認して、さらりと自分の名前を羽ペンで書き込んだ。それを渡すと、伯母様が確認する。
「これでいいわ。何も悪い事をしていないのに、こんな扱いをさせて悪いわね」
「いいえ、伯母様。決まりだもの。それに、とても良くして下さっているから感謝しているわ」
微笑んでそう言えば、伯母様の眉尻が下がって、静かに深く呼吸した。そして連れて来た馬に視線を送る。
「折角あなたの馬になったのだもの。触ってあげて?」
「いいの?」
「ええ」
おずおずと馬に近寄って、そっと手を伸ばすと、馬の鼻先に手が当たった。匂いを嗅がせて落ち着いた所で、馬の頬に手を当てる。指先から、毛並みの手触りと温かさが伝わってくる。
「可愛い……!」
馬が手に顔を押し付けてきたので目を輝かせると、伯母様もグランツ卿も、優しい眼差しで微笑んでいた。
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