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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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17/24

17. 良くて、半年

2026/4/5 加筆修正済

 医師が呼びに行くと、伯父様がグランツ卿を伴って現れた。同行している伯父様の護衛騎士は、入り口の扉付近で待機するそうだ。


「伯父様、グランツ卿は……」

「今後何かあった時に対応出来るように、エリーの状況を知るために診断を聞くのがいいと私が判断した」

「しかし、あまりいい話では……」

「エリー。今まで隠して来たのだからそうしたい気持ちは分かる。しかし、今後世話をする私も、此奴も、知っておく必要がある」

「……………………」

「エリー」


 目を伏せ、視線を背ける。思わず、指先に力が入った。伯父様が私の様子を見て、医師に顔を向ける。


「やはりいい話ではないのか。あの聖女の持っていた診断書は本当だったと?」

「……エリシア様。お話ししてもいいですか?」


 医師の問いに首を縦に振る。ふぅ、と医師は息を吐いた。


「グランツ卿、でしたね? 魔力過多症についてご存知ですか?」


 グランツ卿の視線が、一瞬だけこちらに向けられた。それから医師に向けられて口を開く。


「体内で生成された魔力が放出されずに溜まり続ける症状だと聞いています」

「そうですね。その認識で合っております。しかしエリシア様の状況を知るためにはもう少し踏み込んだ説明が必要でしょう。侯爵様はお孫様の診察で聞いている話ですが、今一度ご説明させてください」

「分かった」


 医師はそう言うと、鞄からコップを取り出して台の上に置いた。


「人が魔力を溜める器は、このコップの様な物だと想像してみてください。人によってコップの大きさは様々で、魔力を使えば減り、魔力が減れば休息によって回復します。満ちればそれ以上溢れる事はありません。これが正常な状況です」


 コップに水差しから水が注がれた。縁の所まで限界に注がれた水は、それ以上溢れる事はない。


「しかし、魔力過多症の人は違います」


 医師が、コップに触れた。硬質な素材だったそれはぶよんと柔らかくなり、弾力性を増す。


「器が柔らかく、膨らみます。器がいっぱいになっても、止むことなく魔力を生成し続けます。大きくなった器に溜まった魔力によって身体にも影響が出ます。……そして」


 コップが膨らみ続ける間も、医師は水を注ぎ続けた。限界を迎えたコップから、ついに水が溢れた。


「溢れた魔力の影響は、その人の魔力の性質によって様々です。自身、もしくは周辺にまで影響を及ぼす場合があります。――これが、魔力過多症。正式名称は魔力循環異常症です」

「……………………」


 伯父様は、静かだった。グランツ卿も、真剣な面持ちでコップを見つめている。その様子に、医師はにんまりと口角を上げた。


「どうです、侯爵様? スライムの粉を混ぜ込んで、魔力を通せば材質が変わるコップを用意したのです。ルシアン様との実験……いえ、ご協力もあって説明がずっと分かりやすくなったでしょう?」


 嬉々として言う医師に、伯父様が目頭を押さえた。


「分かった分かった。溢れた分は拭いておけ。今はそれどころではない。ならば、私の孫のルシアンと同じように、魔力を適度に放出させればいいだけだ。何も余命が宣告される程ではない」

「通常、もしくは軽度であれば、それで済みます」

「……何?」

「侯爵様。今私はコップで器を表しました。今コップは倍以上になっていますね?」


 伯父様が眉根を寄せて、膨らんだコップと医師を見比べる。


「……違うのか?」

「もし、これが――」


 医師が、コップを指差す。


「この部屋を覆うほど、膨れ上がっていたとしたら? そして――、今私が注いだ水が」


 医師が、一呼吸置いた。

 

「血だとしたら」

「――は?」


 何を言っているのだと、侯爵が口を開ける。


「エリシア様を診ていて、余命の診断書を作成した医師が付けた病名は――生命変換型魔力循環異常症です。最悪の場合は自己侵蝕も引き起こす。――私も、それで間違いないと診断しました」


 伯父様が、息を呑んだ。言葉を発せず、目を丸くしたグランツ卿がこちらを見る。……私は、どこも見ることが出来ない。


「魔力を持つ人には魔力回路、もしくは魔力生成炉と呼ばれる物が存在します。魔力は、本来は魔力回路を使って外のマナを取り込み、体内で魔力に変換します。――しかし、エリシア様は」


 医師が、私の肩に触れた。


「その体質の上に、エリシア様自身を魔力源に選びました」


 医師の言葉にさらに目を伏せた。——子供の頃から聞き続けた症状だが、一体どうして、こんな事になってしまったのだろうか。


「――どうして?」

「美味しいから」

「は?」

「マナを変換するより手軽で、外に頼りたくないから。……まぁ、魔力回路に聞いてみないと分かりませんが、聞いてもきっと似たような事を言うでしょう。大気中の薄いマナを生成するより、体内の濃い生命エネルギーを変換することを魔力回路が選んだのは間違いありません」

「治らないのか?」


 伯父様の問いに、私は顔を少し上げて医師を見た。——ひょっとしたら、と僅かな希望を込めて。しかし医師は視線を伯父様から背けて、重々しく口を開いた。


「……治りません。現状は」


 やっぱりね、と視線を元に戻す。胸の内がさらに重くなったような気分だ。

 医師が鞄を漁って、眼鏡を取り出す。


「これは私が魔力回路や溜まった魔力量を見るための道具です。侯爵様、まずはこれを掛けて私を見てください」


 言われるがままに、伯父様は眼鏡を掛けて医師を見る。


「私も魔力過多症持ちですが、全身を走る魔力回路に、身体の中心にある魔力があるのが見えますか?」

「ああ」

「では、ゆっくりと、エリシア様をご覧ください」


 伯父様の顔が、ゆっくりとこちらに向けられるのが、視界の端で分かる。そして、私を見た瞬間に息を飲んだ。


「これは……!」

「何も、見えないでしょう? 濃い魔力が身体の隅々まで充満しております。溢れるのも時間の問題です。見終わったら、眼鏡は騎士様にもお渡しください。きっと、現状を知るには、一番早い方法です」

「どうして……どうして、こんなになるまで放っておいたのだ。孫みたいに定期的に発散すれば、こんなことにはならなかったはずだ!」

「危険だからです」

「何故!」

「……先ほど、魔力の源はエリシア様自身だとお伝えしましたね? もし、魔力が減ったら補充するのに使われるのは?」


 グランツ卿が、息を呑んだのが聞こえた。――そうなのだ。


「エリシア、自身だと言うのか」

「はい。なので魔力を減らす事は出来ません。魔力の暴走や影響を抑えるために薬で魔力を減らす対策が取られますが、エリシア様自身の体力を持って行かれるので同時に回復薬の使用が必要になります。……しかし、人に取っては魔力切れを起こす量でも、エリシア様に取っては湖から一杯の水を掬う程度。回復薬も状況によっては魔力の生成を早める諸刃の剣です。……ルヴェリア公爵家の医師が残した記録によると、エリシア様が王都に居た時はそれをほぼ毎日服用して動いていたのですね」


 医師の言葉に、静かに首を縦に振る。


「今後の方針としては静養に努めてもらいます。魔力が安定しない際の薬を出しますが、頓服なので毎日の使用は出来るだけお控えを。安定しない際は所定の時間を空けてお飲みください。他に症状としては発熱や目眩、倦怠感、免疫力の低下が挙げられますが、それぞれの薬については……」

「……治らないのか」


 伯父様の言葉に、医師の書き物をする手が止まった。伯父様の手が、握り締められて白くなっている。


「お前の腕をもってしても、どうにもならないのか」

「ご存知の様に、魔力過多症は治りません。一生付き合っていく病です。特に魔力回路が異常を来しているのなら、尚のこと。魔力回路の変換先を変えるのは、身体中の血管の流れる先を変える事に近いですから。エリシア様の魔力の性質は炎ですから、最期は体力が持つ間に魔力の暴走による発火。もしくは、先に体力が尽きて心肺停止となり、魔力を抑えられなくなり発火する。そのどちらかが起こることは確定しています。私に出来るのは、それまでの間を出来るだけ長く穏やかに暮らせるよう対処するだけです」

「……あと、どれくらいだ」


 伯父様の声が、震えている。


「どのくらい、エリシアは生きられる?」

「……診断書が作成されたのは、あの事件となった卒業パーティーの前です。それから時間が経過しているのと、今のエリシア様の状況から見立てると……」


 医師が目を閉じて、眉間を押さえる。重い空気の中、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。


「良くて半年。一年はないでしょう」

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