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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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16/24

16. 伯父様の圧迫面接

2026/4/5 加筆修正済

「……………………」

「……………………」


 居間は、静かだった。時計の秒針と、暖炉の薪の爆ぜる音。それに――膝を揺する音だけ。

 テーブルにはエリシアの伯父である北部の侯爵が陣取っていた。肘をテーブルに付き、腕を組み、落ち着かないのか足を揺すっている。その後ろには彼の護衛騎士が控えているが、何も反応せず、直立不動でびくともしない。

 居た堪れない、とアルベルトは対面の壁に背を向け、直立で待機しながら思う。侯爵から聞きたいことがあると言われたが、何も聞いてこない。こちらから聞くのは失礼に当たるから、アルベルトは黙って待機しているしかない。……刺さるような視線がこちらに向けられていてもだ。

 医者が辺境に来てとんぼ返りになるのは大変だと、エリシアがもてなしの準備はしていた。侯爵が来るのは予想していなかったが、もてなしは彼にも当てはまるはずだと、空気を変えるためにもアルベルトは意を決して恐る恐る口を開く。


「閣下。お茶を、ご用意しましょうか?」

「あ?」


 低く、重い声が落ちた。アルベルトの背筋がさらに強張る。


「貴様は騎士ではなく、使用人になったのか」

「いいえ、閣下。エリシア様より来客時にはもてなすように言付かっております」


 咄嗟にエリシアの名前を出したが、効果はあったらしい。侯爵が深いため息を吐く。


「大人しくそこで待機していろ」

「はっ」


 返事をし、再び壁に直立不動となる。茶は、いらないらしい。

 壁際で直立不動で待機をするのは、職務上慣れている。ただし、王都で王の側に仕えていた時と違うのは、今は鎧を全く着ておらず、医者が来るだけならと帯剣もしていないことだ。それが少々心許ない。それでも、アルベルトは背筋を伸ばし、耳を欹て、何かあった時にはすぐに動けるように集中する。

 それを、侯爵はじっと見つめる。


「色ボケした奴なら――」


 重い息を、吐き出す。


「即刻侯爵領から追い出してやったのに」

「……………………」


 ほんの少しだけ、アルベルトは肩の力を抜く。どうやら侯爵の眼鏡には適ったらしい。


「貴様、名前は?」


 侯爵の問いに、アルベルトは乾きかけた口を開く。


「アルベルト・グランツです。閣下」

「年は?」

「今年で二十三になりました」

「出身は?」

「東の辺境伯領の農村です」

「家族は?」

「いません」

「いない?」

「両親も兄弟も皆死にました。生きているのは私だけです」


 養成所の時から聞かれ続ける問いに対して、いつもの様に平坦に事実を返す。すると、侯爵の目が少しだけ逸らされた。


「そうか……」


 言葉は、続かない。秒針の音だけが部屋に響く。


「平民なのに近衛騎士団に入れたのか」


 変わった話題に、アルベルトは姿勢を正す。


「はい、閣下。数年前に出来た制度で平民でも近衛騎士団に入団が許可されました」

「ほう……貴族でも近衛騎士団に入るのは難関だと聞いている。貴様はそれを突破したのか」

「はい、閣下。努力を致しました」


 臆することなく、アルベルトはそう答える。

 王立の養成所に入るのも難しいが、王直属の部隊であり護衛を務める近衛騎士団は、養成所を出た貴族出身の優秀な騎士しか入団が許可されなかった。

 しかし数年前、貴族だけでは形骸化してしまった近衛騎士団に新しい風を吹き込むために、現国王陛下が平民出身でも入団出来るよう勅令を出した。それでも、近衛騎士団への入団試験は貴族出身者よりも難しく、入れたのは数えられる程度であったが、貴族出身者達にはかつて無い刺激になった。「これは新しい風だ」と陛下は喜んでいたようだ。


「王立の養成所も難関と聞くが北部も同じだ。何故北に来ようとしなかった」

「……民草を守りたいと思ったからです、閣下」

「陛下の懐に居ては民草は守れないのでは?」


 アルベルトは、思考する。首筋に、汗が流れるのを感じた。喉が渇く。

 努力した結果、養成所を優秀な成績で卒業した。その結果近衛騎士団に入団出来た。しかしそれは侯爵が求めている答えではないはずだ。


「国王陛下は法であり、秩序でもあります。陛下をお守りすることで、民草の暮らしも守れると考えています」

「……ふん、つまらない回答をしおって」


 そっぽを向いた侯爵に、では何と答えれば良かったのかと一瞬思ったが、その疑問は口に出さずに飲み込んだ。侯爵の視線が、暖炉に向けられる。


「おい。あの暖炉の使い方は分かっているのか?」


 侯爵の問いに、暖炉と侯爵をアルベルトは交互に見比べる。


「薪に火を着けて、使用していますが……」

「そうではない。庶民は魔石の扱いに慣れておらんのか」


 立ち上がって暖炉に近付く侯爵を、アルベルトは視線で追う。一体何を仰っているのだ。


「いいか。これは魔導暖炉だ。これ一つで王都で暮らす庶民の家が三つは買える。比較的安い方だ」

「……は?」


 本当に何を言っているのだ。


「ここにある炎の魔石に触れれば、勝手に火が起きる。一々火起こしする手間もない。そしてこの魔石で起こした炎は」

「何を!?」


 侯爵が暖炉の中に手を突っ込んだ。慌ててアルベルトが駆け寄ろうとするが、侯爵の表情は余裕そのものだ。そして、暖炉から取り出した手は燃えていない。


「回路や命令が組み込まれているお陰で、人は燃やさないように出来ている。だから、エリシアがよろめいて炎に手を伸ばしても火傷をしないようにした」

「……………………」

「上がった熱はエリシアの部屋に伝わるよう工事をした。もし寒がるようなら暖炉に薪を焚べて温めろ。いいな?」

「はっ」

「そこの台所は? 使い方を分かっているのか?」

「蛇口から水が出るのは知っています。閣下」

「馬鹿者。それだけではない。火の魔石を応用しているから、温かい水が出るようにも調整出来る。水の魔石から水が出るから、常に安全で綺麗な水が使えるようにしてある」


 侯爵の言葉にアルベルトは目を丸くした。水の魔石を使用していると言う事は、水道を工事せず、設置をすれば蛇口から綺麗な水が尽きる事なく簡単に出るのだ。王城ですら水道を引いて一度煮沸しないと水が飲めないのに、王城以上の設備が、この小さな流しに込められていると言うのか。


「加熱調理器も火起こしはいらない。全て火の魔石が行ってくれて、摘みを回せば火力の調節も可能だ。随分便利な時代になった物だ」

「騎士団の寮に似たような物があります。私も初めて使って感動しました」

「ほう、王国騎士団の寮にこんな豪勢な加熱調理器があるのか」

「いいえ。一口だけのもっと簡易な物です。湯を沸かすか簡単な物しか作れません」

「調理は今はどうしているのか?」

「朝は基本的に私が。昼と夜はエリシア様の体調が良い時はお願いしますが、そうじゃない時は私が担当しています」

「貴様が? 作れるのか?」

「庶民的な簡単な物でしたら作れます」

「エリシアは貴様の料理をどう評価している?」

「……こういうのがいいと仰いました」


 あの瞬間を思い出して、胸が熱くなる。公爵家の令嬢であるエリシアは、きっと舌が肥えているに違いない。それなのにアルベルトが作った料理を口にし、満足そうな息を吐きながら呟かれた一言は、何とも嬉しくなる出来事であった。


「……そうか」


 アルベルトの反応を見て、侯爵は口を開く。


「エリシアがそう言うのなら、そうなんだろう」


 侯爵の革靴が、屋敷の床を歩いて音を立てる。


「次は風呂場だ」

「は?」

「あれも特注品を用意した。――そう言えば、貴様は湯浴みはどうしている? エリーと最低侍女だけだと思ったから風呂場は一つしか用意していなかったが、共用しているのか?」

「滅相もないです、閣下! 私は――」


 口を開きかけて、この答えが最善か考えたが、庶民ならそれが当たり前だと判断し、言葉にする。


「桶に湯を張れれば、それで結構です」

「――は?」


 侯爵が、信じられないと口をあんぐりと開けた。


「こんないい屋敷で、貴様はそんな生活をしているのか? エリーがそれを許したのか?」

「いいえ、閣下。エリシア様は風呂を使っていいと仰いましたが、俺が断って――」

「あの子の優しさを貴様は無碍にしたのか!」

「違います、閣下! 俺はエリシア様と風呂場を共有するのが流石に悪いと判断を――」

「その判断は正しい! が! 仕える者の生活を整えるのも上に立つ者の務めだ! 騎士がいないと思って用意していなかった私も悪い。戻ったら執事長に言って離れの建造を手配しよう」

「いいえ閣下! 俺なんかのためにそこまでしていただく必要は――」

「私の姪に仕える者にそんな惨めな暮らしをさせられるか!」

「閣下、どうかお考え直しを! 閣下!」


 階上からは、まだ音がしない。それを確認してから、アルベルトは必死に侯爵を止めたのだった。



   *   *   *



「下が騒がしいですね」

「そうですね」


 診察が終わり、寝巻きを整えながら医師の言葉に相槌を打つ。耳を澄ませば、押し切るような伯父様に慌てた様なグランツ卿の声がする。喧嘩では無さそうだから、放っておいても大丈夫だろう。


「薬はお渡しした物をお飲み下さい。それで一度様子を見ましょう」

「かしこまりました」

「それで、診断結果については侯爵様がお聞きしたい、と仰っていましたが、どうしましょう? こちらに呼んでもよろしいですか?」

「はい」


 こくりと、首を縦に振る。……が、これから伝える事を思うと指先に力が入った。医師は立ち上がって、伯父様を呼ぶために私の自室の扉を開けたのだった。

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