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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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15. 来訪の音

 数日中にお医者様が来る。来客となれば片付けや出迎える準備が必要となる。

 幸運なことに私達は辺境のこの屋敷に来たばかりで荷物も少なく、ほぼ荷解きも終わってしまった。茶も侯爵家が用意してくれた物の中にもあり、後は細々とした掃除を続けるだけで、お医者様の出迎えは完璧だろう。

 ――私の体調以外は。


「ごめんなさい。まさか崩してしまうだなんて」


 護送中を除いて辺境に来て初めて、熱を出した。グランツ卿がベッドの横で屈み、寝込んでいる私を覗き込む。


「お気になさらず。体温計を見せてもらっても?」


 脇に挟んでいた水銀式の体温計を取り出し、グランツ卿に渡す。それを見て、グランツ卿が息を吐いた。


「思ったより高くはないですね」

「溜まった魔力が悪さしているだけで、そこまで酷くはないわ。薬を飲んで横になっていれば落ち着くと思う」

「そうですか。慣れない環境での疲れが出たのかもしれません。どうか休まれてください」

「ありがとう……でも、そろそろお医者様が来られる頃でしょう? 出迎えをあなた一人にお願いして大丈夫?」

「問題ありません。紅茶の淹れ方はエリシア様に教わりました。軽食の用意も済んでいます」

「ごめんなさい。騎士なのに給仕の真似事まで……」


 謝ればグランツ卿の深い灰色の瞳が細められ、首を横に振った。


「構いません。二人しかいないから、出来る方がやるだけです」


 そう言って、私に毛布を掛け直す。


「薬は飲みましたか?」

「ええ」

「ではお医者様が来られたら起こしに来ます」

「任せたわ。お願いね」


 グランツ卿が部屋から出て行き、仰向けになって瞼を閉じる。

 ここ最近は、王都に居た頃より元気だった。王都では、朝起きれば常に微熱で、体が辛く、ベッドから起き上がるのも辛かった。それでも熱冷ましや薬を飲んで学園へ行き、授業を受け、王城で王太子妃の教育を受けていた。一度、休みの日位は公爵家の屋敷でゆっくり休んでも許されるだろう、王太子殿下とは学園で会っていて、お茶会の誘いの話も受けていないのだから、と屋敷で寝込んでいたら、殿下から何故王城に来ないのか、私に会いたくないのかとお叱りを受けた。体調不良で、とその日は乗り切り、次の休みの日は言われる前にと、熱が出てふらつく体で王城に行った。すると殿下は私が近くにいるのが当たり前だといったご様子で、ひたすら近衛騎士団との稽古を見せられた。あれはとても、とてもストレスだった。公爵家専属の医師からは、負担になることを減らさないと本当に体が持たないと言われていた。そんなの……分かってはいるけれど、誰も休んでいいだなんて言ってくれなかった。


 駄目だ。体調が悪いとどうしても考えが後ろ向きになる。考えを振り払って意識を微睡ませていると、窓の外から馬の蹄と車輪が土の上を走る音が聞こえてきた。きっとお医者様が来られたに違いない。応対しようとベッドの上で体を緩慢に起こしたが、頭がくらくらとする。加えて、体の中で魔力が波打つ感覚があった。


「……………………」


 目を閉じて、その波が落ち着く様に注力する。今は駄目だ。歩けないし動けない。申し訳ないがグランツ卿に応対をお願いしよう。そう思ってじっとしていると、屋敷の扉が開く音がした。かすかにグランツ卿の声がしたと思ったら、階下で慌ただしさが増した。何事かと警戒すると、室内を走り、階段をばたばたと昇る音が聞こえ、自室に近付いてくる気配が大きくなる。


「エリー!!」


 自室の扉が、勢いよく開かれて目を丸くした。背は低く、後ろに撫でつけられた灰色の白髪混じりの髪。口や顎には整えられた髭を蓄え、やや小太り気味だが、マントの下の服は上品で清潔感のある初老の男性。この間通信珠越しに聞いた声が、私の名前を呼んだ。


「……伯父様?」



   *   *   *



 侯爵家の医師と共に室内に入ったマントを被った男が、エリシアが寝込んでいると聞くや否や一目散に居間を走り抜け階段を上がって行った。

 不審者を行かせる訳には行かないとアルベルトは止めに入ったが、その肩を医師に叩かれた。振り向くと医師は困ったような、呆れたような顔で微笑んでいる。


「大丈夫です。今のは北部の大侯爵様です」

「……は?」


 階上から「エリー!!」と先日通信珠で聞いていた声が聞こえてきた。一体誰なのかと思ったら……確かに、マント越しの背格好が妙に見覚えがあると思った。王都の議会にも参加をしていた、エリシアの伯父である北部の大侯爵だったのか。


「エリシア様のことが気になって、周りには急用で侯爵領に戻ると伝えてこっそりと一緒に来たのですよ。はぁ……。奥様にも伝えてないから、もし知られたら大目玉を喰らうでしょう。どうかこの事は内密に」

「はぁ……」


 北部の大侯爵の夫人と言えば、とても厳格だと伝え聞いている。アルベルトがこの先会って話す機会は少ないと思うが、侯爵家の医者は茶目っ気を含んだ顔で人差し指を唇に当てた。


「それよりもエリシア様の容態を教えてください」

「はっ。護送中は何度か熱が出て寝込んでいましたが、こちらに来てからは今日が初めてです。朝測った時は微熱。熱覚ましの薬と魔力を抑える薬を飲んで横になられて……」

「侍医! 早く上がってこい!」


 二階からの侯爵の叫びに、医師は顔を上げる。


「ご容態は?」

「王都で見た時よりましだが辛そうだ!」

「畏まりました。今向かいます。騎士様はエリシア様の護衛ですね? 安全のために室内で待ちますか? それともドアの外で?」

「外で待ちます」

「ではそのように」


 医師の後についてアルベルトは階段を上がる。医師は開いていたエリシアの部屋の前に立つと、その場で一礼をした。

 

「エリシア様、お久しぶりです。幼かった頃に一度診察をしたのですが、覚えていらっしゃいますか?」


 医師の言葉に、ベッドの上で上半身を起こし、侯爵に支えられているエリシアは目を丸くする。

 

「まぁ。もしかして、当時お父様が連れてきた魔力過多症の博士だった方かしら?」

「左様でございます。今は北の侯爵様の所で侍医をしながらお孫様の魔力過多症を観察、いえ、診察に当たっております」

「私の前だぞ。言葉は隠せ」

「失礼を。侯爵様の前だったのでついうっかり出てしまいました」


 随分と、茶目っ気のある人物らしい。


「私の学園での同級生だ。こう見えても魔力過多症で論文を書いているから目は確かだ。侍医、任せるぞ」

「仰せの通りに」


 侯爵はエリシアの肩を小さく叩いた後、部屋を出るためにこちらに来た。廊下に出た際、通りやすいようにアルベルトは端に体を寄せたが、前に来た侯爵に腕を掴まれてしまった。


「お前はこっちだ」

「し、しかし、エリシア様の護衛が……」

「あの者は問題ない。私が保証する。色々と聞きたいことがあるから話に付き合え」


 腕を引っ張られる形で、アルベルトは登った階段を降ろされる。どうするか。振り返ったが、エリシアの自室の扉は医師によって閉められてしまった。

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