表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/25

13. 出来ること【アルベルト視点】

 ……流石に、言い過ぎただろうか。

 土を耕す手を止め、汗を拭いながら、アルベルト・グランツはそう思う。

 まさか公爵家の令嬢で王家に連なる姫君でもあるエリシア・フォン・ルヴェリアが馬糞を扱おうとするのだから、スコップを放り出し、全力で駆け付けて、自身の手は流石に汚れているからと腕で抱えて何とか阻止することが出来た。

 きょとんと腕の中でこちらを見上げて、冷静に扱うことは何も問題がないと言ってのけるエリシアに、思わず声を荒げてしまった。華奢で白く美しい手を汚す程、生活は困窮しておらず、汚れるような力仕事は自分に任せてくれればいいのだ。

 これ以上、太陽の下で活動させて、体調が急変したら大変だ。そう判断し中で休むよう勧めると、エリシアは視線を下げ、項垂れるように屋敷へと帰って行った。そうして、冒頭へと戻る。

 何も間違ったことは言っていない筈だと考え直し、アルベルトは作業を再開させた。


 騎士の養成所を上位で卒業し、王国騎士となったアルベルトは、その実力を認められて平民でありながら近衛騎士団に配属となった。由緒ある貴族の中でも指折りの実力者しかなれない近衛騎士団であったが、アルベルトが配属される数年前に平民出身でも特に優秀であれば(それでも、貴族が任命されるよりもさらに最難関ではあったが)任命出来るよう制度が緩和されたお陰であった。

 配属をされた数日後、王城の廊下ですれ違った時から、エリシア・フォン・ルヴェリアは目が離せない存在であった。

 豊かで絹糸のような、銀にも見えるプラチナブロンドの美しい髪。色白で滑らかで陶器のような肌。冷静さの中に知性や意思を秘めた、宝石のような薄い淡青の瞳。背筋はしっかりと伸ばし、ただ真っ直ぐに前を見て廊下を歩く、まだ幼さがありながらも気品を感じる彼女。新人の自分達に気付いて足を止め、二言程声を掛けると、そのまま侍女を伴って廊下の先へと去っていった。アルベルトは挨拶の為に頭を下げていたが、思わず目で追ってしまった。農村出身のアルベルトにとって、貴族は傲慢でよく深い、金持ちでよく分からない存在なのだと思っていた。それが、少女でもあんなに気高く凛とした貴族がいることを、初めて知って衝撃を受けた瞬間であった。未来の王太子妃だ、と聞いて納得をした。彼女が将来王太子妃、果ては王妃になるのなら、この国は安泰だろう。


 まさか聡明な彼女が余命幾許もなく、冤罪から追放刑に落とされるなど、誰があの時信じられただろうか。


 任務として彼女の護衛騎士に任命され、護送馬車の中で“荷物“として同席をした際でも、彼女の気高さは失われていなかった。今までの出来事で尊厳を傷付けられ、体調の具合が悪く、暗く顔の血の気が引いていても、クッションの上に座し、背筋を伸ばし、瞼を伏せ、騒ぐことなく、苦しみを隠し、静かにしていた。目を離すことは出来なかった。

 同年代でアルベルトが昇進した結果、部下となった友人達とも、彼女は丁寧に、優しく、思いやりと愛嬌を持って接していた。時間が経つにつれ、彼女の元気のなかった表情が緩み、微笑むようになった。それを見ていると、アルベルトの口角も少しだけ緩んだ。

 看病をすることは、苦ではなかった。昔よくしていたからだ。もうじき死ぬ、何かあれば私を置いて逃げろと言う彼女に励ましの言葉を掛けると、少しだけ、淡青の瞳に光が戻った。生きたい、と思う気持ちは何よりも大事だ。それを痛いほど、アルベルトは知っている。

 辺境に来てからも彼女は、身分の低い、ただの護衛騎士であるアルベルトに優しく接する。やれ食事は一緒にしろ、畑を耕すのを手伝う、断れば私がルールだと悪者ぶって宣う、しまいには馬糞だって触ろうとする。……それらが全て、彼女なりの思いやりや優しさなのだと、アルベルトはちゃんと理解している。

 それに、庶民のアルベルトが作ったスープを、貴族の彼女は口にして、美味しい、こういうのがいいと顔を綻ばせて喜んでくれた。それだけで、アルベルトの胸の内は温かくなり、そして、決意したのだ。

 彼女は、エリシアは生きている。目の前から彼女がいなくなるより、いてくれる方がずっといい。だから、彼女を守ると決めた。任務を必ず遂行すると決めたのだ。


「……………………」


 畑に写る自身の影が小さくなった。空を見ると、太陽が高く昇っている。そろそろ昼食の準備をしなければ。

 朝のスープはまだ残っている。あの豊富で高級な食材が揃っている貯蔵庫を見て、アルベルトは呆気に取られ、ひとまず知っている食材でエリシアの体調が悪くても食べられる朝食を用意したのだ。朝はベーコンと目玉焼きが食べられるくらい調子が良かった。屋敷に戻ったら体調を伺って、それに合わせて調理しよう。

 そう考えて、アルベルトはスコップを納屋に立てかけ、屋敷へと戻ったのだ。


「お帰りなさい。そろそろ呼びに行こうかと思っていたの」


 目にしたのは、信じられない光景だった。

 公爵家の御令嬢であるエリシアが、キッチンの前に立っている。何処からか見つけてきたのかエプロンを身につけ、包丁を手に持っていた。


「もうじき出来上がるわ。手を洗って席に着いてちょうだい」

「……何を、しているのですか?」

「何って、昼食を用意したわ」

「昼食を?」

「ええ」

「包丁は? 使えるのですか?」


 エリシアが手に持っている包丁を見せる。危なかしい手付きではなく、手慣れた持ち方で。美しい手は傷一つ付いていない。


「……ナイフは使ったことがないと」

「ええ。ナイフは。包丁は久方振りで手間取ったけど、使っている内に思い出したわ」

「調理が、出来るのですか?」

「一応は。出ないと侍女も付けずに一人で行くだなんて言い出せる筈ないでしょう? 諸事情でそれなりに一人で生活が出来るから、この辺境行きを押し切ったの」

「……一人で?」

「ええ、そうよ。色々あったのよ」


 アルベルトの問いにエリシアは頷く。


「飲み物はどうする? お茶も用意出来るしエールやシードルも貯蔵庫にあったわ」

「ではエールを。俺が持って来ます」

「いいわ。私が行くから早く手を洗ってちょうだい」


 包丁を置いて貯蔵庫に向かう彼女を、アルベルトは呆気に取られて見送る。……公爵家の令嬢だぞ? 王家に連なる姫君の彼女が、どうして調理が出来るのだ?

 疑問に思いながら、アルベルトは手を洗いに行く。戻ってくると彼女がアルベルトが今朝座った椅子を引いて待っていた。


「どうかお座りになって?」

「……………………」


 逆では? アルベルトが椅子を引き、エリシアを座らせるべきでは? そう思ったが飲み込んで、戸惑いながら椅子へと座ると、彼女はキッチンへと向かう。


「朝のスープを温めたのだけど、よろしかった?」

「はい。使うつもりでした」

「なら良かったわ」


 テーブルの上に貯蔵庫から持ってきたエール、温かいスープの入った器、そして、パンが載った皿が並べられた。

 目を引いたのは、具材が挟まったパンだった。アルベルトが知るのは、パンにバターやジャムを塗るか、もしくは薄切りの肉にチーズが載せられていれば、それは贅沢だった。貴族が食べるとしても、薄切りのパンにこれまた薄切りの胡瓜(きゅうり)か、ハムとチーズが挟まっているだけのシンプルな食べ方だ。

 今、目の前にあるのはそのどちらでもなかった。

 薄切りのパンは同じだ。2枚あるパンの間に薄切りのハムと、千切りにしたキャベツがしっかりと詰められている。もう一つは、黄色いからゆで卵だろう。潰された卵を和えた物が挟まっていた。特筆すべきは、それだけではない。食べやすいように紙に巻かれ、中身が見えるように半分に切られているではないか。


「どれくらい食べるか分からなかったから、ひとまず作ってみたわ。足りなかったら言ってね」


 そう言ってエプロンを外し、向いの席に着いた彼女とパンを、交互に見比べた。


「あなた様が作ったのですか?」

「そうよ」


 自分でカップにティーポットから茶を注ぎながら、エリシアは答える。


「これくらいなら、私にも出来るわ」

「……これくらい?」

「ええ」


 料理人では? と思う代物が、目の前にある。朝の話の中で、公爵家の料理長と仲が良いと言っていた。パンを卵と牛乳に浸した物も作れるとおっしゃっていたのなら、これは……。


「どうしたの?」


 パンを食い入るように見つめていると、エリシアから怪訝な顔をされた。

 

「毒は入っていないわよ」

「……いえ。そうではなく……食べます」


 パンを一つ取って、紙を剥いて齧り付いた。この食べ方は、手が汚れなくてとてもいい。それに、ハムの塩気に、千切りにされたキャベツが程よくしんなりとしていて新鮮で、噛めばキャベツの甘さに後からマスタードの酸味や胡椒の辛味もやってきた。

 これは。


「……美味い」


 思わず、言葉が溢れていた。敬語でも丁寧な言葉でもない、彼自身の本音が出てしまい、言った瞬間にしまったと思った。しかし、それを聞いたエリシアが柔らかく微笑んだ。


「お気に召しまして?」

「……………………」

 

 頷くことしか、出来ない。もう一口食べたい。今まで食べたことのない美味さだ。パンも焼かれているから、丁度いい食感を生み出している。


「それだけ食べるのなら、大丈夫そうね」


 対面に座った彼女も、スープを飲んでひと息ついた後、パンに手を伸ばした。同じように紙を捲り、小さな口で齧り付いた後、咀嚼する。


「うん。美味しい」

「……その、黄色いのは卵ですか?」

「ええ。そうよ。ゆで卵を潰してバターと塩と胡椒で和えたの。味見したから美味しいと思うわ」


 ハムとキャベツのパンを食べ終わり、今度は卵のパンに手を伸ばす。これは、絶妙だった。固茹での卵で口の中の水分が持って行かれると思いきや、バターが混ざることでまろやかになっている。胡椒と塩の加減も丁度いい。


「どう?」

「…………食べ終わるのが、勿体無い」


 アルベルトの言葉に、エリシアはくすりと笑う。


「まだ中の具が残っているから、遠慮なく仰って?」


 それならば、とアルベルトはさらに口へと運び、水分が足りなくなればエールを口に流し込んだ。汗を掻いた体に、塩分とエールが心地いい。


「明日も、お願い出来ますか?」


 気付いたら、そんな言葉を驚くほど自然に口にしていた。スープを口にしていたエリシアの動きが、止まる。


「もちろん、体調が良かったらで構わないです。俺が畑や力仕事をするので、昼食をお願い出来ますか?」


 スープの器を、エリシアはテーブルに置いた。そして、涙を浮かべて、嬉しそうな、悲しそうな表情で、微笑む。


「明日……ね。必ず来るかは分からないけれど」


 エリシアの言葉に、はっとした。今日は体調が良さそうだった。でも、明日はそうとは限らない。もしくは、彼女は。


「これからいっぱい迷惑をかけるけど、体が動くうちは、出来ることをしてもいいかしら?」

「構いません。頑張れます。……食事、作っていただきありがとうございます。それに、畑の手伝いも。助かりました」

「いいえ。どういたしまして。持ちつ持たれつでいきましょう?」


 そう言って、彼女はテーブル越しに手を伸ばす。騎士の忠誠や誓いのキスではない。握手だ。少し戸惑ったが、アルベルトはその手をしっかりと握ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ