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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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11. 二人分になるということ

「飲んでみて。温くなったかもしれないけど」

「………………」


 私の対面に座ったグランツ卿が、恐る恐るコーヒーの入ったカップに口を付ける。


「どう?」

「少し苦い……ですが、見た目からは想像出来ないほど軽くて華やかですね」

「でしょう? 色々飲み比べて一番美味しいと思った豆なの。開けたてだから今日が一番美味しいと思うわ」


 ふふ、と笑いながら私もカップに口を付ける。苦さはそこまで、果実を思わせる華やかさと、後から感じる甘み。朝一人で飲んでいたコーヒーと同じ味だと思って口に含んだら、思ったより苦くて口から離して眉根を寄せた。


「どうしました?」

「……いつもより美味しくない」

「え?」

「ごめんなさい。いつもは一人分で作るのだけれど、二人分で作るのは今日が初めてだったの。……一人で飲む時と勝手が違うわね」


 カップの中の暗褐色の液体を見つめ、息を吐いてから顔を上げる。

 

 「単純に倍で作ったら抽出に時間がかかったから、それで苦味が強く出てしまったみたい。飲めなかったら残してもいいわ」


 しゅん、と落ち込んでカップに口を付ける。いつもは砂糖なしでも飲めるのに、今日は入れるかどうか迷う所だ。


「この、ミルクと砂糖は?」

「ああ、好みに合わせて入れて調節するの。あなたの好みが分からなかったから、用意したわ」

「使うことは失礼になりますか?」

「ならないわ」


 もう一度、グランツ卿はカップに口を付けた後、角砂糖を二つ程カップに入れた。


「美味しくなかった?」

「いえ、苦味が少し強く感じるだけで、ちゃんと美味しいです。俺は紅茶にも砂糖を入れるので、これは俺の好みで……すみません、子ども舌だとよく言われます」

「ああ、そうなのね。気にしなくていいわ」


 グランツ卿は、短髪で体格が良いから勝手にブラックが好きそうだと外見から判断していた。しかし、どちらかと言うと甘党らしい。私もカップに口を付け、諦めて角砂糖を二つ入れた。


「御自身でいつも淹れているのですか?」

「ええ。朝食後に自分の時間を作って整えるためと、目覚ましのために」

 

 起きて準備が終わってからは、スケジュールが詰まっていたので、朝のコーヒーと寝る前の読書の時間が私の時間だった。ここ最近は、忙しいのと体調不良でひたすらぼんやりしていたから、ようやく自分の時間が戻ってきた気がする。


「そう言えば、ご報告することがあります」

「何かしら?」

「このパンなのですが」


 食事が終わった後、グランツ卿から声を掛けられた。テーブルの上に置かれた、籠に入った山積みのパン。王都の柔らかい物とは違う、硬めで麦の旨味が感じられるこの地方独特の物だろう。スープに浸して食べるととても美味しかった。


「美味しかったわ。焼き立てのように感じたのだけれど、あなたが焼いたの?」

「いいえ、今朝近隣の村からパン屋の少年が牛乳と共に持って来てくれました。侯爵家から配達を頼まれているみたいです」

「まぁ、そうなの?」

「明日も持って来ると言っていました」


 籠に山積みとなったパンを、二度見する。先ほど二人で食べたから少しは減ったが、それでも今日一日、いや、明日以上の量がある。


「明日も、この量を?」

「はい。恐らく、数人は使用人や侍女を連れて来ると判断されていたのでしょう。勝手な判断ですが明日は持って来なくていいと少年に伝えましたが、よろしかったでしょうか?」

「構わないわ。……恐らく、これは私一人分で頼んだのかもしれないわ」

「え?」


 私の言葉にグランツ卿が目を丸くして、パンの入った籠に視線を向ける。


「この量が、一人分?」

「貴族はね、食べきれない程の食事があることが、富の象徴だと考えている節があるの。上位の貴族程それが顕著だわ。私は、あまり好きではないわ。……それに」


 額に指を押し当てて、眉間に出来る皺をほぐそうとする。


「せっかく作って持ってきた物が、食べ残して捨てられているのをその子が見るのを考えるのは、嫌ね」

「………………」


 グランツ卿の顔が、緩んだ。彼も同じ気持ちだったらしい。


「これはどうしましょう?」

「あなた、甘い物はお好き?」

「え? ……ええ、好きですが」

「朝から甘い物は食べられる?」

「……何をなさるおつもりですか?」

「卵と牛乳と、砂糖を混ぜた物に浸して、焼いて食べるのよ。パンが固くなっていても、それなら柔らかくなって食べられるわ。上から蜂蜜をかけても美味しいわよ」


 所謂フレンチトーストである。グランツ卿が一拍置いて、私にそっと問いかける。


「それは、庶民の食べ物では? 貴族も食べるのですか?」

「食べないけど、私は好きよ」

「……食べたことがあると? 姫君なのに?」

「ええ、そうよ。作れるわ」

「作れる!?」

「ええ」

 

 グランツ卿が驚くのも、無理はない。貴族は固くなったパンは廃棄してしまうのだ。それに、貴族の、しかも王家に連なるルヴェリア公爵家の令嬢が料理をするとは思わないだろう。……まぁ、前世で料理が好きだったことは伏せておくとして。


「うちの料理長が庶民出身で、仲良くなった時におやつとして振る舞ってもらったの。その時に作り方も教えてもらったわ」

「そうでしたか」

「今日の昼に食べる物以外は貯蔵庫に仕舞っておきましょうか。温度管理に魔石が使われていたから、後で何処に仕舞うのがいいか見てみるわね。食べる前にオーブンで温めるか蒸せば、また美味しく食べられるはずよ。……どうかした?」


 顔を上げれば、グランツ卿が驚いた顔で固まっている。


「あ、いえ! 何もありません」

「そう。明後日にその少年はまた来るの?」

「はっ。そのように伝えました。量については侯爵家との契約があるかもしれず、あなた様に指示を仰いでからがいいと判断しました。よろしかったでしょうか?」

「ええ。それでいいわ。伯父様に一度確認しましょう。対応ありがとう、グランツ卿」

「はっ!」

「……さて、この後は何をしましょうか」


 固くなってしまったグランツ卿を尻目に、カップを手に持ちながらのんびりと声を掛けてみる。それでほんの少しだけ、グランツ卿の肩が抜けた。


「俺は荷物が少ないので片付けは終わりました。エリシア様の分は終わりましたか? 必要であれば俺も手伝います」

「私も最低限事付けて用意してもらったから、殆ど終わっているわ。後はすぐに片付ける程ではないから、急ぎではないわよ」

「そうですか。でしたら、今日は晴れていますし、昨日のじゃがいもの植え付けの作業を行なってもいいですか?」

「じゃがいもの植え付け? まずは畑を耕す所から始めないといけないけど……」

「俺がします」

「あなたが!?」


 驚く私にグランツ卿は首を縦に振る。


「はい」

「……近衛騎士団の副団長に、お願いしてもいいの?」

「構いません」

「経験は?」

「農村出身です」

「……本来の業務ではないでしょう? 騎士様にさせていいの?」

「他にすることがありません」

「……それなら、お願いするけど……」


 言い淀んで考えてから、そうだと閃く。


「でしたら、私も手伝います」

「あなた様が?」

「ええ、そうよ。元々は私がやろうとしていたのだもの。経験者がいるのならとても心強いわ」

「駄目です。体調が悪くなったらどうするのですか! それにお手が汚れますし怪我をしたら大変なことに……」

「今は元気だし、畑をするのなら汚れるのは当然じゃない。洗えばいいでしょう?」


 私の言葉にグランツ卿が固まった。


「汚れてもいい服に着替えるし、怪我は……そうね、軍手をすれば防げるのでは?」

「公爵家の御令嬢に、畑仕事をさせる訳には……」

「あら、先ほど言ったでしょう? ここでは私がルールだって」


 グランツ卿に肩を竦めて微笑んでみせる。


「体が動く間に色々とやってみたいの。……後悔だけはしたくないから。手伝ってもいいかしら?」

「…………かしこまりました」


 そうグランツ卿に言えば、渋々と、ため息混じりに返事をされた。


「ただし、危ないので俺の指示に従ってください。いいですか?」

「分かったわ、グランツ卿。では食事の片付けが終わったら用意するわね」


 そう言って、立ち上がって皿を片付けようと手を伸ばすと、その手を止められた。


「俺がやります」

「でも、作ってくれたのはあなただから、食器を洗うのと片付けは私がするわ」

「いいえ、俺がやります」

「これくらいは私が」

「俺がやっておきますから、エリシア様は着替えてきてください」

「……でも」


 いいから、と視線で言うグランツ卿の圧に負けて、手を離す。


「分かったわ……ならお願いね」

「かしこまりました」


 リビングを出て、自室に上がる階段に向かいかけて、ふぅと息を吐く。公爵家の姫君だから、きっと出来ない、させる訳にはいかないと思われたのだろう。


「……………………」


 出来るんだけどなぁ……誰にも言ったことがないから、辺境では自由に出来ると思ってたのに。と内心呟いて、階段を上がるのだった。

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