第72話 原初接続者
封印通路・第一階層。
暗い通路の奥に立つ人影は、ゆっくりと歩み出た。
足音はほとんど響かない。
だが存在感だけが、空間を歪めている。
淡く光る瞳。
人の姿。
しかし、その輪郭はわずかに揺らいでいた。
ラグスが低く呟く。
「……あれが原初接続者か」
カルディアが小さく頷く。
「はい」
「人類が深度の先へ踏み込んだ姿」
影の男が静かに笑った。
「先ではありません」
一歩近づく。
通路の水晶導線が彼の周囲で共鳴する。
「本来の姿です」
沈黙。
*
アルトが言う。
「名前は」
男は少し考えるように視線を上げた。
「名前」
一拍。
「昔はありました」
ラグスが眉をひそめる。
「昔?」
男は答える。
「今は不要です」
その声は穏やかだった。
だが、どこか人間的ではない。
カルディアが言う。
「あなたは世界核と接続している」
男は頷く。
「ええ」
「完全に」
アルカが震える声で言う。
「完全接続……」
カルディアが補足する。
「深度限界突破状態」
ミヒャエルが呟く。
「三百年前に恐れられた存在」
男は否定しない。
「恐れられる理由は理解できます」
一歩進む。
「人は“個”を守ろうとする」
アルトを見つめる。
「あなたもそうでしょう」
*
アルトは動かない。
「個は消えていないのか」
男は少しだけ首を傾げた。
「消える?」
笑う。
「違います」
「広がるのです」
通路の壁が微かに歪む。
まるで空間が呼吸しているようだ。
「世界と一つになる」
沈黙。
ラグスが剣を抜く。
「それを同化って言うんだよ」
男はラグスを見た。
「恐怖ですね」
「当然だ」
「恐怖は悪ではありません」
一拍。
「だが、進化を止めます」
*
アルトが問う。
「世界核は覚醒している」
男は頷く。
「はい」
「封印は長く続きすぎました」
カルディアが低く言う。
「三百年前、封印がなければ文明は崩壊していた」
男は穏やかに答える。
「崩壊ではありません」
「変化です」
アルカが呟く。
「……価値観の違い」
*
ドクン。
世界核の鼓動が強くなる。
通路の奥から熱のような振動が流れてくる。
男が静かに言う。
「聞こえるでしょう」
アルトは答える。
「聞こえる」
「世界の鼓動です」
男は目を細めた。
「あなたは感じている」
「だから来た」
*
ラグスが苛立つ。
「話はいい」
「敵か」
男は少しだけ笑った。
「敵ではありません」
「ただ」
アルトを見る。
「あなたの未来の一つです」
沈黙。
アルカが息を呑む。
カルディアが静かに言う。
「完全接続者」
男は頷く。
「原初接続者」
*
アルトが問う。
「なぜここにいる」
男は通路の奥を指す。
「世界核の目覚めを見守るため」
「止めないのか」
「止める理由がありません」
一拍。
「進化は自然です」
ラグスが吐き捨てる。
「自然だろうが世界が壊れたら意味ねぇ」
男は首を振る。
「壊れません」
「変わるだけです」
沈黙。
*
カルディアが言う。
「変化の先で、人は人のままですか」
男は少しだけ考えた。
そして答えた。
「それは」
一拍。
「重要ですか?」
観測通路の空気が凍る。
*
アルトは静かに言った。
「重要だ」
男の瞳がわずかに細くなる。
アルトは続ける。
「人が人でなくなるなら」
「それは進化ではない」
沈黙。
男はしばらくアルトを見ていた。
そして、ゆっくり笑った。
「なるほど」
「あなたは調整者だ」
通路の奥を指す。
「世界核はもうすぐ覚醒します」
「止めるなら」
一拍。
「今しかありません」
男の姿がわずかに揺らぐ。
空間と同化するように。
「また会いましょう」
次の瞬間。
男の姿は消えていた。
*
沈黙。
ラグスが呟く。
「……消えた?」
カルディアが答える。
「完全接続」
アルカが震える声で言う。
「空間と重なっています」
アルトは通路の奥を見る。
深い闇。
そこから確かに聞こえる。
ドクン。
ドクン。
世界の鼓動。
アルトは静かに言った。
「行く」
ラグスが笑う。
「世界の心臓までな」
カルディアが頷く。
「はい」
物語はついに。
世界核そのものへ向かう。
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