第66話 深度の底
世界会議から七日。
アストレアの地下観測層は、昼夜の区別なく稼働していた。
巨大な主観測水晶の周囲に、幾何学的に配置された副水晶。
それらが世界水晶網と同期し、深度分布を常時記録している。
アルカ=ノエルは、無言で波形を睨んでいた。
「……おかしい」
隣でミヒャエルが問う。
「上昇傾向ですか?」
「違います」
アルカは首を振る。
「上昇“だけ”ではない」
彼女は記録板に新しい波形を映し出す。
滑らかな上昇曲線の下に、微細な揺れ。
だがそれはノイズではない。
一定間隔で繰り返されている。
「周期波形……?」
アルトが呟く。
「ええ」
アルカは頷く。
「深度上昇はランダムではない」
一拍。
「拍動しています」
*
別室。
ハインリヒが報告を受ける。
「拍動、だと?」
「はい」
測定局員が答える。
「全水晶網で同一周期」
「発生源は」
「……特定不能」
沈黙。
ハインリヒの目が細まる。
「上からではないな」
*
地下観測層。
アルトは主観測水晶に手をかざす。
直接干渉はしない。
ただ、接続を感じる。
視界の端にUIが浮かぶ。
【領域支配】
世界水晶網:深層振動検出
位相:逆位相波
(逆位相……?)
アルトは目を閉じる。
その瞬間。
――ドクン。
鼓動のような音が、確かに聞こえた。
一瞬だけ。
水晶ではない。
世界そのものの。
アルトはゆっくり目を開く。
「……下だ」
アルカが即座に反応する。
「やはり」
「源は人ではない」
沈黙。
*
同時刻。
北方同盟、ヴァルメリア王国、聖教国家。
各地の観測水晶が微かに揺れる。
【深度振動 同期確認】
世界規模での拍動。
ラグスが呟く。
「世界が……脈打ってるみてぇだな」
*
アストレア地下。
アルカは古い設計図を広げる。
三百年前の水晶網原図。
そこには記載がある。
“深層干渉層”
ミヒャエルが眉をひそめる。
「地表網だけではない?」
「ええ」
アルカは指で下層をなぞる。
「水晶網は地下深層へ伸びている」
アルトが問う。
「どこまで」
「分かりません」
一拍。
「当時の記録は途中で途切れています」
*
再び、鼓動。
今度はわずかに強い。
ドクン。
観測水晶の光が乱れる。
【逆位相波 強度増加】
アルカが息を呑む。
「これは……」
ハインリヒが低く言う。
「世界水晶網が、何かを抑えている」
「あるいは」
アルトが静かに続ける。
「何かに抑えられている」
沈黙。
*
カルディア・エレノアが、地下室の入口に立っていた。
銀灰色の髪が薄暗い灯りに揺れる。
「あなたが“広げた”のですね」
静かな声。
アルトが振り向く。
「誰だ」
「カルディア・エレノア」
彼女は軽く頭を下げる。
「古代封印技術研究者です」
アルカが驚く。
「あなたが?」
カルディアは視線を水晶へ向ける。
「聞こえますか」
アルトは答えない。
だが分かっている。
「……鼓動か」
カルディアは頷く。
「三百年前にも記録があります」
一拍。
「世界核の振動」
空気が凍る。
ラグスが呟く。
「世界核?」
カルディアははっきりと言う。
「水晶網は、観測装置ではありません」
視線が集まる。
「安定化装置です」
沈黙。
*
ドクン。
鼓動が、わずかに強まる。
観測水晶の下層部分が、淡く赤く染まる。
【深層干渉域 活性兆候】
アルトは低く言う。
「封印が揺れている」
カルディアが静かに答える。
「いえ」
一拍。
「目覚め始めています」
地下観測層に、重い沈黙が落ちる。
世界は崩れていない。
だが――
脈打っている。
物語は、制度の問題を越えた。
今、問われるのは。
世界そのものの構造。
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