第61話 古代の抑制装置
世界会議の翌日。
アストレアの議事堂は一転して静まり返っていた。
だが地下――
資料保管区画では、別の会議が開かれている。
参加者は少数。
アルト。
セレスティア。
ハインリヒ。
そして――
古代研究者、アルカ=ノエル。
彼女は卓上に、古びた石板と写本を並べた。
「これが、三百年前の記録です」
*
アルカは冷静な声で続ける。
「測定制度が導入されたのは、深度暴走時代の終盤」
セレスティアが目を細める。
「王国記録にも同様の記述がある」
アルカは頷いた。
「当時、世界各地で“接続過剰者”が出現しました」
石板に刻まれた図。
空間の裂け目。
浮遊する都市。
歪んだ重力線。
「自然災害ではありません」
「人為的現象です」
沈黙。
*
ハインリヒが低く言う。
「測定制度は、抑制装置だった」
「ええ」
アルカははっきり答える。
「深度の上限を“社会的基準”として固定し、過剰成長を抑えた」
ラグスが腕を組む。
「じゃあ今は」
「上限が緩んだ」
アルトは静かに言う。
「抑制が弱まった」
*
アルカは新たな写本を開く。
「ですが、興味深い記述があります」
“深度は進化の兆候なり”
セレスティアが読み上げる。
「……進化?」
「抑制は安全だが、停滞も生む」
アルカは続ける。
「当時の学者たちは、抑制と進化の間で議論していました」
ハインリヒが小さく笑う。
「三百年前から同じか」
*
アルトは問う。
「暴走はなぜ止まった」
アルカは石板を指差す。
「全水晶網の一斉同期」
「世界規模で閾値を固定した」
沈黙。
「それが、現在の世界標準」
*
セレスティアが低く言う。
「あなたは、その固定を揺らした」
アルトは否定しない。
「だが、完全解除はしていない」
アルカが頷く。
「ええ。今は“可変域”が広がっただけ」
ハインリヒが問う。
「完全解除すれば?」
アルカは一瞬黙る。
「世界の法則が再編される可能性」
静寂。
*
その時。
地下保管区画がわずかに揺れる。
【深度異常検出】
【発生源:北方同盟境界】
ハインリヒが顔を上げる。
「連鎖している」
アルトは目を閉じる。
視界の端にUIが浮かぶ。
【領域支配】
世界水晶網:負荷増大
暴走閾値接近
(このままでは、再発する)
*
アルカが静かに言う。
「問題は、制度そのものではない」
「?」
「深度が増えている」
セレスティアが眉をひそめる。
「自然増加?」
「ええ」
アルカははっきりと言う。
「人類全体の接続深度が、ゆるやかに上昇している」
沈黙。
ハインリヒが呟く。
「抑制装置が限界に近づいている」
*
アルトはゆっくりと立ち上がる。
「制度は悪ではない」
一拍。
「だが、永遠でもない」
セレスティアが言う。
「進化を許容する枠が必要」
「そうだ」
ハインリヒが頷く。
「抑制から調整へ」
*
北方同盟境界。
空が歪み、氷原が浮き上がる。
中心に立つ影。
イグナート。
彼の深度は安定していない。
だが以前より制御している。
「……聞こえる」
彼は呟く。
「世界の声が」
空間が震える。
*
アストレア地下。
アルトは石板を見つめる。
三百年前の記録。
暴走。
抑制。
固定。
そして今。
可変。
視界の端でUIが更新される。
【領域支配】
深度上昇傾向:継続
抑制限界:接近中
アルカが静かに言う。
「もし抑制装置が限界なら」
「?」
「新しい構造が必要です」
沈黙。
アルトは答える。
「壊すのではなく」
一拍。
「進化させる」
風が吹く。
世界は揺れている。
だがそれは崩壊の前触れか、
進化の兆しか。
物語は、
制度の再定義から
世界構造の再設計へと進み始めた。
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