第57話 国家の背骨
三領・迎賓館。
帝国式でも王国式でもない、中立の応接室。
アルトとセレスティアは、向かい合って座っていた。
護衛は最小限。
だが、緊張は濃い。
「単刀直入に言うわ」
セレスティアは視線を逸らさない。
「あなたの閾値更新で、王国騎士団の七名が再評価対象になった」
「知っている」
アルトは即答する。
「そのうち一人は、王位継承候補よ」
「深度が変動しただけだ」
「それが問題なの」
彼女は静かに言う。
「王位継承は測定値を基準に正統性を担保している」
ラグスが小さく舌打ちする。
「数値で王を決めてるのか」
セレスティアは否定しない。
「能力は国家の安定に直結する」
一拍。
「制度は、国家の背骨よ」
*
アルトは問う。
「背骨が折れたのか」
「揺れた」
即答。
「揺れは崩壊の前兆になり得る」
「揺れは成長でもある」
セレスティアの瞳がわずかに揺れる。
「理想論ね」
「現実だ」
アルトは淡々と返す。
*
セレスティアは資料を広げる。
「測定水晶は帝国製」
「世界各国が同一基準を使用」
「つまり」
「帝国は世界の制度管理者」
アルトは小さく首を振る。
「管理者ではない」
「なら何?」
「調整者だ」
沈黙。
「あなたが?」
「違う」
アルトは否定する。
「制度が、だ」
*
セレスティアは立ち上がる。
窓の外、測定塔が見える。
「王国は、三百年前の“深度暴走時代”を記録している」
アルトの視線が動く。
「暴走?」
「深度過剰者が自然災害級の現象を起こした」
「空が裂け、重力が歪み、都市が沈んだ」
ラグスが低く呟く。
「……魔獣生態圏の異常と似てるな」
セレスティアは頷く。
「測定制度は、その再発を防ぐために作られた」
一拍。
「あなたは安全弁を緩めた可能性がある」
*
アルトは静かに答える。
「安全弁を締めすぎれば、爆発する」
セレスティアが振り返る。
「根拠は?」
「恐怖は蓄積する」
「理屈ね」
「経験だ」
沈黙。
*
その時、ミヒャエルが急報を持って入室する。
「北西州で局所重力異常発生」
「測定不能から成長途上に再分類された青年が中心」
セレスティアの表情が硬くなる。
「……暴走」
アルトは即座に立ち上がる。
「規模は」
「半径三百メートル」
「建造物損壊あり」
セレスティアが問う。
「止められるの?」
アルトは短く答える。
「止める」
*
北西州。
地面が歪んでいる。
石畳が浮き、崩れ、重力が乱れている。
中心に立つ青年が叫ぶ。
「俺は危険なんだろ!」
「排除されるんだろ!」
空間が軋む。
セレスティアが息を呑む。
「これが……」
アルトは前に出る。
「イグナート」
青年の名を呼ぶ。
青年が振り向く。
「お前のせいだ!」
重力が跳ね上がる。
アルトは動かない。
視界の端で、UIが強く光る。
【領域支配】
深度過剰接続を検出
局所安定化:可能
アルトは干渉する。
地面が静まる。
重力が均される。
完全制圧ではない。
緩和。
「俺は壊れる!」
イグナートが叫ぶ。
「壊れない」
アルトは静かに言う。
「深度は力じゃない」
「接続だ」
「接続なんていらない!」
「なら切るか?」
沈黙。
「切れば、死ぬ」
青年の瞳が揺れる。
セレスティアが一歩前に出る。
「王国にも、あなたのような者がいる」
イグナートが息を荒くする。
「俺は異常だ」
アルトは首を振る。
「余白だ」
空間の歪みが徐々に収束する。
*
事件は鎮静化した。
完全解決ではない。
だが、崩壊もない。
セレスティアは、震える指を握り締める。
「……制御できるの」
「できる」
アルトは答える。
「だが、私一人では無理だ」
「どうするの」
「世界で共有する」
沈黙。
「制度は帝国のものではない」
アルトは続ける。
「世界のものだ」
セレスティアがゆっくりと頷く。
「なら」
一拍。
「世界で決めましょう」
*
三領へ戻る途中。
セレスティアが言う。
「あなたは破壊者ではなかった」
「最初から違う」
「更新者ね」
アルトは否定も肯定もしない。
視界の端で、UIが更新される。
【領域支配】
国際共同管理:可能性検出
境界は、国境を越えた。
制度は、世界規模へ。
物語は――
もはや帝国の内政ではない。
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