第54話 秩序の臨界
増加は、噂ではなく数値になった。
帝都測定局・統計室。
壁面に並ぶ観測盤の一部が、淡く赤く染まっている。
【成長途上判定:12件】
【再分類対象:9件】
【閾値上振れ:4件】
「……二桁か」
測定局長が、乾いた声で言う。
「三領の件から、二週間で十二件です」
ハインリヒは沈黙したまま、数値を見ていた。
「分布は?」
「南方州三、東部州二、北辺四、帝都内三」
「帝都内もか」
「はい」
室内の空気が重くなる。
「これは連鎖です」
局長が言う。
「閾値を上げたことで、潜在層が表面化している」
ハインリヒは、ゆっくりと頷いた。
「雪崩ではない」
「では?」
「圧力解放だ」
*
一方、帝都街区。
再測定で“成長途上”と表示された若い兵士が、酒場で怒鳴っていた。
「今までS判定だったんだぞ!」
「なんで“再評価中”になる!」
周囲がざわつく。
「落ちたのか?」
「昇進は?」
兵士は拳を握る。
「分からない、だとよ!」
恐怖は、広がる。
*
三領。
リアは、再測定を受ける他州からの訪問者たちと話していた。
「表示が変わったの?」
「怖くない?」
リアは小さく笑う。
「怖いよ」
「じゃあどうするの」
「……考える」
その答えは、単純だった。
*
測定塔。
エルデンが、水晶の内部波形を観察している。
「深度分布が、滑らかになっている」
ミヒャエルが問う。
「良いことですか?」
「良くも悪くもない」
エルデンは答える。
「固定値が崩れ、連続値に戻りつつある」
「戦乱の前の状態に?」
「違う」
エルデンは首を振る。
「今は、測る技術がある」
一拍。
「だからこそ、扱いを誤れば大規模な混乱になる」
*
帝都強化部隊本部。
ダルクは、報告書を叩きつけた。
「増えている」
副官が答える。
「はい」
「三領だけではない」
「閾値更新が影響していると」
ダルクは黙る。
やがて、低く言う。
「臨界だ」
「……臨界?」
「秩序が耐えられる変動幅には限界がある」
副官が息を呑む。
「越えれば?」
「暴発する」
*
帝都中央府。
緊急会議が招集された。
軍部、測定局、行政局、貴族評議会。
「強制隔離を再開すべきです」
軍部代表が言う。
「成長途上判定者を一時拘束」
「混乱を防ぐためにも」
測定局長が賛同する。
「制度の安定が優先です」
沈黙。
ハインリヒが、ゆっくりと立ち上がる。
「強制隔離は、恐怖を増幅させる」
軍部代表が睨む。
「では放置か」
「違う」
ハインリヒは静かに言う。
「説明する」
「説明?」
「制度は壊れていない」
「拡張されただけだと」
ざわめき。
「民衆が理解すると?」
「理解させる」
ハインリヒの声は低いが、揺れない。
「秩序は、剣ではなく枠だ」
一拍。
「剣を抜けば、枠は檻になる」
*
三領。
アルトは帝都からの第二通達を受け取る。
――特別審査委員会設置。
――アルト・レインハルトの理論説明を求める。
ラグスが苦笑する。
「呼び出しか」
「違う」
ミヒャエルが文面を読む。
「対話です」
アルトは小さく頷く。
「ハインリヒが選んだ」
エルデンが微笑む。
「彼は、剣を抜かなかった」
*
夜。
リアがアルトに問う。
「帝都に行くの?」
「行く」
「怖くない?」
アルトは少しだけ笑う。
「怖い」
リアは驚く。
「え?」
「恐怖は、悪ではない」
一拍。
「恐怖を絶対にすることが悪だ」
*
視界の端で、UIが淡く光る。
【領域支配】
帝都との対話:開始予測
社会的緊張:高水準
ラグスが呟く。
「戦いじゃねぇな」
「戦いではない」
アルトは答える。
「臨界だ」
制度は、揺れている。
だが、まだ崩れていない。
剣は抜かれなかった。
代わりに――
言葉が、選ばれた。
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