第50話 檻の構造
夜。
測定塔の最上階に、アルトとエルデンの二人だけが残っていた。
中央の水晶は、微弱な光を放っている。
「……改めて説明しよう」
エルデンが、水晶に触れずにその周囲を歩く。
「測定制度は三層構造だ」
アルトは黙って聞く。
「第一層――観測」
「第二層――分類」
「第三層――配分」
杖で床を軽く叩く。
「観測とは、世界接続深度の測定」
「分類とは、属性と適性の整理」
「配分とは、役割と権限の割り振り」
ミヒャエルが小声で復唱する。
「……秩序の設計図」
「そうだ」
エルデンは頷く。
*
「問題は第一層だ」
水晶が、わずかに明滅する。
「深度は本来、連続値だ」
「だが、制度は離散化する」
ラグスが眉をひそめる。
「分かりやすく言え」
「階級に分けるということだ」
エルデンは簡潔に言う。
「S・A・B・C……」
「本来は連続しているものを、段差にする」
アルトが静かに言う。
「段差は、争いを減らす」
「その通り」
エルデンは肯定する。
「曖昧さは、恐怖を生む」
「だから境界を引いた」
一拍。
「だが、境界の外に出る者が現れた」
*
アルトは水晶を見つめる。
「私か」
「君だけではない」
エルデンは首を振る。
「だが、君は象徴だ」
「深度が一定値を超えると、制度は“飽和”する」
ミヒャエルが息を呑む。
「飽和……」
「観測不能になる」
「正確には、観測拒否」
ラグスが低く言う。
「制度がビビってるってことか」
エルデンは微笑む。
「表現は粗いが、近い」
*
アルトの視界の端で、UIが重なる。
【領域支配】
外部制度解析:進行中
測定制度=深度閾値型制御
(閾値……)
エルデンが続ける。
「深度が高い者は、制度の配分結果に干渉できる」
「干渉?」
「基準を書き換える可能性がある」
沈黙。
「だから、排除する?」
「排除すれば、制度は安定する」
エルデンは淡々と言う。
「だが、進化は止まる」
*
アルトは問う。
「ハインリヒは?」
「理解している」
エルデンは即答する。
「彼は秩序を守りたい」
「だが、制度の限界も知っている」
「ならなぜ再測定を?」
「成熟だ」
エルデンの目が光る。
「制度を広げるか、固定するか」
「その分岐点にいる」
*
その時、扉が叩かれる。
ミヒャエルが応対する。
「……報告です」
顔色が変わっている。
「北部で、測定不能の少女が拘束されました」
「帝都強化部隊が移送中です」
空気が凍る。
ラグスが立ち上がる。
「子どもだぞ!」
「年齢は十三」
ミヒャエルの声が低い。
「暴れてはいません」
「ただ、表示が出ない」
エルデンが目を閉じる。
「……始まったな」
*
翌朝。
三領の境界に、帝都の強化部隊が現れた。
先頭に立つ男は、漆黒の鎧をまとっている。
鋭い目。
無駄のない動き。
「ダルク・ヴァインだ」
低い声が響く。
「測定不能者の移送を行う」
少女――リアは、鎖こそないが、囲まれている。
怯えてはいない。
だが、唇を噛んでいる。
アルトが前に出る。
「理由は」
ダルクは即答する。
「制度の保全」
「危険性は確認されたのか」
「確認不要だ」
冷たい声。
「測れない者は、潜在的危険だ」
リアが、小さく言う。
「……私は何もしてない」
ダルクは視線を向けない。
「していないかどうかは問題ではない」
ラグスが怒鳴る。
「狂ってる」
「違う」
ダルクは一歩前に出る。
「恐れているだけだ」
沈黙。
*
アルトが静かに言う。
「測れないから排除するのか」
「排除ではない」
ダルクは言い切る。
「管理だ」
「管理とは何だ」
「予測不能を減らすことだ」
一拍。
「秩序は、予測可能性の上に成り立つ」
エルデンが小さく呟く。
「……理論通りだ」
*
アルトはリアを見る。
「選ぶか」
少女は顔を上げる。
「選ぶ?」
「帝都へ行くか」
「ここに残るか」
ダルクが低く言う。
「拒否すれば制度外だ」
アルトは視線を逸らさない。
「制度外でも、生きられる」
リアの手が震える。
「……私は」
沈黙。
風が吹く。
森の葉が揺れる。
「……ここに残る」
小さな声。
だが、確かだった。
*
ダルクが剣の柄に手をかける。
「反逆とみなす」
アルトが前に立つ。
「制度は壊さない」
静かな声。
「だが、絶対にもさせない」
視界の端で、UIが強く光る。
【領域支配】
外部強制介入を検知
更新干渉:準備完了
ダルクと、アルト。
秩序と、更新。
剣はまだ抜かれていない。
だが、境界は――
すでに引かれていた。
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