第49話 設計者の残影
再測定の翌日。
三領には、奇妙な静けさがあった。
恐慌は起きていない。
暴動もない。
だが、人々の視線が変わっていた。
――数値は、絶対ではない。
その認識が、ゆっくりと広がっている。
*
測定塔の一室。
帝都監察官が、通信水晶に向かって報告していた。
「……世界接続深度、計測範囲外」
「制度適合度、算出不能」
水晶越しに沈黙が流れる。
やがて、低い声が返る。
「特別審査対象として帝都へ召喚を」
「本人が応じない場合は?」
「制度外扱い」
冷たい決定だった。
*
その日の夕刻。
三領の外れに、一人の老人が立っていた。
質素な外套。
白髪。
杖。
だが、その目だけが鋭い。
「……やはり、ここか」
彼は、測定塔を見上げる。
*
アルトは、来訪者の報告を受けた。
「名は?」
「エルデン・クロウと」
その名に、ミヒャエルが反応する。
「……まさか」
ラグスが首を傾げる。
「誰だ?」
ミヒャエルが低く言う。
「測定制度の初期設計責任者です」
空気が変わる。
*
応接室。
エルデンは静かに椅子に座っていた。
アルトが入室する。
目が合う。
一瞬で、観察が終わる。
「……なるほど」
エルデンは、ゆっくりと頷いた。
「君は“測れない”のではない」
アルトは黙っている。
「測定が、追いついていないだけだ」
ラグスが息を呑む。
「どういう意味だ」
エルデンは、杖を床に置いた。
「測定制度は、能力値を測るものではない」
ミヒャエルが眉をひそめる。
「では?」
エルデンの視線が、アルトに向く。
「世界との接続深度だ」
沈黙。
*
エルデンは続ける。
「人は皆、世界と繋がっている」
「魔力とは、その接続の副産物だ」
「深度が深ければ、影響も大きい」
アルトは静かに問う。
「なぜ、数値化した」
エルデンは目を閉じる。
「戦乱を止めるためだ」
一拍。
「深度の差が、争いを生んだ」
「強すぎる者が支配し、弱い者が反乱する」
「だから、数値で枠を作った」
ラグスが唸る。
「檻か」
「そうだ」
エルデンは否定しない。
「測定は、檻だ」
*
アルトは視線を落とす。
「私は、檻の外か」
「違う」
エルデンは即答した。
「君は檻の設計図を読める側だ」
空気が重くなる。
「深度が一定以上になると」
「制度に干渉できる」
「だから表示不能?」
「表示不能ではない」
エルデンは静かに言う。
「表示“拒否”だ」
ラグスが眉を上げる。
「拒否?」
「制度が、自身を守るために測定を止める」
ミヒャエルが震える声で言う。
「制度が……自律している?」
「完全ではない」
エルデンは苦笑する。
「だが、基準を守ろうとする構造は持っている」
*
アルトは、ゆっくりと立ち上がる。
視界の端で、UIが淡く反応する。
【領域支配】
外部理論との一致を確認
測定制度=接続深度制御装置
「なぜ、今さら現れた」
アルトが問う。
エルデンは答える。
「三件目の測定不能報告を聞いた」
一拍。
「制度が限界に来ている」
*
「ハインリヒは知っているのか」
アルトの問い。
「知っている」
エルデンは頷く。
「彼は私の弟子だ」
ラグスが驚く。
「弟子!?」
「優秀だ」
「だが、秩序を守ろうとする」
「間違っているか?」
エルデンは、ゆっくりと首を振る。
「間違っていない」
沈黙。
「制度は、恐怖を減らすためにある」
ハインリヒの言葉と重なる。
「だが」
エルデンの目が鋭くなる。
「恐怖を恐れすぎれば、進化を止める」
*
アルトは静かに問う。
「帝都は、私を排除するか」
「可能性は高い」
エルデンは即答する。
「深度が深すぎる者は」
「制度を上書きできる」
「だから危険」
「そうだ」
*
沈黙の後。
エルデンは小さく笑った。
「面白い」
「何がだ」
「私は、檻を作った」
「君は、檻を広げようとしている」
アルトは否定しない。
「壊さない」
「壊さないのが、厄介だ」
エルデンの目が細まる。
「壊す者は敵にできる」
「だが、更新する者は――」
一拍。
「制度そのものを変える」
*
外で、鐘が鳴る。
帝都からの第二報が届いた。
――特別審査のため、帝都出頭を求める。
ラグスが怒鳴る。
「行くな」
ミヒャエルが低く言う。
「拒否すれば制度外扱いです」
アルトは、エルデンを見る。
「どうする」
エルデンは、微笑んだ。
「君が決めることだ」
一拍。
「ただし」
「?」
「君は、もはや個人ではない」
沈黙。
「測れない者たちの、象徴だ」
外の空気が、重くなる。
アルトは、窓の外を見る。
森。
自由都市。
三領。
そして、帝都の方向。
「制度は壊さない」
小さく呟く。
「だが、絶対にはさせない」
視界の端で、UIが静かに点灯する。
【領域支配】
測定制度:更新可能域を検出
檻は、揺れている。
そして、その揺れは――
設計者すら予想していなかった。
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