第48話 三領の選択
再測定の日程が告知されると、三領は静かな混乱に包まれた。
測定塔の前には、長い列ができている。
怒号はない。
だが、ざわめきが絶えない。
「数値が下がったらどうなる?」
「適性が変わったら、職は?」
帝都監察官たちは淡々と準備を進めている。
水晶の調整。
記録装置の設置。
公開用の記録板。
今回の測定は、すべて公開だ。
広場に設置された魔導映写板に、測定過程が映し出される。
ミヒャエルが低く言う。
「前例がありません」
「前例を作る」
アルトは静かに答える。
*
最初の被測定者は、若い農夫だった。
水晶に手を置く。
光が走る。
【体力:B】
【魔力:D】
【適性:農耕補助】
ざわめき。
「前と同じだ」
安堵の声。
だが、次の者で変化が出た。
【魔力:C → B】
【適性:戦闘補助】
「上がった?」
広場がどよめく。
帝都監察官が説明する。
「基準が再調整されています」
「誤差の是正です」
「誤差って何だ!」
声が飛ぶ。
アルトは、無言で映写板を見ていた。
*
昼過ぎ。
数値が下がった者が出た。
【魔力:B → C】
男は蒼白になる。
「仕事は……?」
監察官が冷静に言う。
「現時点での職務に直ちに影響はありません」
「現時点で?」
不安が広がる。
*
測定は続く。
上がる者。
下がる者。
変わらない者。
基準の揺れが、可視化されていく。
ラグスが呟く。
「安心なんて、ねぇな」
「安心は」
アルトは小さく言う。
「固定値ではない」
*
夕刻。
測定塔の周囲に、重い空気が漂う。
住民代表がアルトに詰め寄る。
「受け入れたのは、あなたです」
「これで生活が揺らげば――」
アルトは真正面から受け止める。
「揺れるのは、基準だ」
「基準が揺れれば、人生が揺れる!」
「揺れていなかったわけではない」
静かな声。
「見えていなかっただけだ」
沈黙。
*
帝都監察官が告げる。
「最後は、アルト・レインハルト殿」
広場が静まり返る。
ラグスが拳を握る。
「やめとけ」
「逃げるのか?」
アルトは問い返す。
「違う」
「なら、立つ」
*
測定塔の中央。
水晶の前に立つ。
学園時代。
追放の日。
表示不能の文字。
記憶がよぎる。
監察官が確認する。
「公開測定、開始します」
アルトは、水晶に手を置いた。
瞬間――
光が暴れる。
白。
青。
赤。
複数の属性が同時に脈打つ。
映写板に文字が流れ始める。
【解析中】
【深度測定中】
【適性算出不能】
ざわめきが爆発する。
「まただ!」
「表示されない!」
監察官が焦る。
水晶が軋む。
だが、今回は違った。
新たな表示が浮かぶ。
【世界接続深度:計測範囲外】
【属性:複合・未定義】
【制度適合度:算出不能】
沈黙。
そして、小さな声。
「……範囲外?」
監察官が顔を強張らせる。
「前例がない」
アルトは、水晶から手を離した。
光はゆっくりと収まる。
広場は、静まり返っている。
ラグスが呟く。
「なんだよ、それ」
ミヒャエルが震える声で言う。
「制度が、測れないのではなく」
「制度の範囲が足りない」
帝都監察官が、硬い声で言う。
「特別審査対象です」
「排除か?」
誰かが叫ぶ。
アルトは振り返り、広場全体を見渡した。
「違う」
静かな声。
「これが、再測定の結果だ」
一拍。
「制度は、未完成だ」
ざわめきが再び広がる。
だが今度は、恐怖だけではない。
疑問。
考え。
そして――
可能性。
視界の端で、UIが淡く表示される。
【領域支配】
測定制度との干渉を確認
更新可能性:検出
帝都。
測定局。
報告が届く。
ハインリヒは、表示内容を読み、目を閉じた。
「……範囲外か」
小さく、笑う。
「やはり、来たな」
制度は、壊れていない。
だが――
拡張を迫られている。
三領の空気は、変わった。
測れない者がいる。
だが、それでも立っている。
測定塔の前で、アルトは静かに言った。
「制度は、敵ではない」
一拍。
「だが、絶対でもない」
その言葉は、宣言だった。
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