第46話 秩序の再定義
帝都中央府・測定局。
重厚な扉の内側は、異様な静けさに包まれていた。
壁一面に並ぶ測定水晶。
淡く光り、脈打つように揺れている。
その前に立つのは、ハインリヒ・フォーゲル。
彼の手には、報告書があった。
「……三件目か」
低い声。
報告官が緊張した面持ちで答える。
「はい。南方州で一名、西部州で一名、そして……北辺で一名」
「いずれも?」
「測定不能です」
部屋の空気が、わずかに冷える。
*
測定不能。
それは能力が低いことを意味しない。
むしろ逆だ。
測定水晶が反応しない。
数値化できない。
属性が表示されない。
適性が分類できない。
つまり――
「管理不能」
若い官僚が、思わず口にした。
ハインリヒは否定しない。
「正確には、分類不能だ」
一拍。
「分類できないものは、秩序に含められない」
それが帝都の論理だった。
*
会議室に、各局の代表が集められていた。
軍部。
行政局。
測定局。
貴族評議会。
「再測定を提案します」
測定局長が口を開く。
「全国規模での再測定を」
「基準値の再設定を」
「過剰だ」
軍部の代表が眉をひそめる。
「三件だぞ?」
「三件“も”だ」
測定局長は即座に返す。
「これまで百年、測定不能はゼロだった」
沈黙。
ハインリヒがゆっくりと立ち上がる。
「問題は件数ではない」
全員の視線が集まる。
「問題は、制度の前提が揺らいでいることだ」
*
帝都は、測定制度によって安定してきた。
能力は数値化され、
役割は割り振られ、
適性に応じて配置される。
不満はあっても、
“基準”はあった。
だが――
「基準に入らない者が増えれば?」
ハインリヒが問いかける。
若い官僚が答える。
「格差が暴走します」
「違う」
ハインリヒは首を振る。
「恐怖が暴走する」
室内が静まる。
「人は、理解できないものを恐れる」
「測れない存在は、誤解を生む」
「誤解は、対立を生む」
一拍。
「我々は、戦乱の時代を忘れたか?」
誰も、答えない。
*
壁際の水晶が、淡く光を強めた。
報告が追加される。
【北辺 三領周辺:異常波形検出】
測定局長が顔を上げる。
「……三領」
軍部代表が舌打ちする。
「またあの男か」
ハインリヒは、目を細めた。
アルト・レインハルト。
測定不能でありながら、
領地を安定させ、
帝都直轄地を揺らし、
今や自由都市まで動かした存在。
「彼は、例外ではない」
ハインリヒは静かに言う。
「例外が存在する制度は、未完成だ」
若い官僚が恐る恐る問う。
「……排除、ですか?」
ハインリヒは、即座に否定した。
「排除ではない」
一拍。
「再定義だ」
*
会議の結論は、迅速だった。
――全国再測定令。
・全領地に通達。
・既測定者も再測定。
・測定不能者は特別審査対象。
そして――
「アルト・レインハルトには、正式出頭命令を」
測定局長が確認する。
ハインリヒは頷いた。
「拒否すれば?」
軍部代表が問う。
「拒否すれば、制度の外に出る」
それは事実の宣告だった。
*
会議が終わり、室内にハインリヒだけが残る。
水晶に手を置く。
淡い光が、指先を包む。
「……君は、何を見ている」
独り言。
アルトを思う。
彼は破壊者か?
それとも、進化の兆しか。
ハインリヒは、ゆっくりと目を閉じる。
「秩序は、恐怖を減らすためにある」
それは彼の信念だ。
だが、もし。
測定制度が、
恐怖そのものを生んでいるとしたら。
一瞬だけ、迷いがよぎる。
だが、次の瞬間には消える。
「再定義する」
低い声。
「制度は、成熟しなければならない」
*
帝都から、通達が発せられた。
三領へ。
各州へ。
全測定局へ。
再測定令。
視界の端で、三領の測定水晶が微かに震える。
【帝都通達を検知】
アルトは、報告書を受け取った。
封蝋には、帝都の紋章。
ラグスが低く唸る。
「来たな」
ミヒャエルが静かに言う。
「全国再測定令です」
アルトは、封を切らないまま窓の外を見る。
森の境界。
自由都市の方向。
そして、帝都の方角。
(再定義か)
口元が、わずかに動く。
「ようやく、本気だな」
帝都は、動いた。
破壊のためではない。
秩序を守るために。
だからこそ――
本当の対立が、始まる。
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