第44話 触れてはいけない線
ギルド都市の外縁は、思ったよりも近かった。
石畳が途切れ、
踏み固められた土が細く続き、
やがて、森が始まる。
「ここから先が、生態圏です」
案内役の冒険者が言う。
「普段は、深追いしない」
「狩りも、一定範囲まで」
アルトは森を見た。
静かだ。
だが、都市の静けさとは違う。
――均衡の静けさ。
視界の端で、UIが淡く点灯する。
【領域支配】
観測対象:魔獣生態圏
管理適合度:低
推奨:非干渉
(またか)
宗教自治領で見た表示と似ている。
だが、こちらは信仰ではない。
本能と循環の領域だ。
*
カルディアが同行していた。
「都市の拡張案が出ているの」
彼女は森を見ながら言う。
「物流が増えれば、倉庫も必要」
「人も増える」
「外縁を少し削るだけよ」
「少し、か」
ラグスが唸る。
「魔獣は?」
「管理できるでしょう?」
カルディアは、アルトを見る。
「あなたなら」
その視線に、悪意はない。
期待だ。
(管理できる)
アルトは森を観測する。
魔獣の分布。
移動パターン。
餌場。
UIが解析を始める。
【領域支配】
限定制御:可能
予測成功率:67%
(完全ではない)
「限定的なら、可能だ」
アルトは言った。
ミヒャエルが即座に反応する。
「ですが、成功率が……」
「三分の二だ」
ラグスが眉をひそめる。
「残りは?」
アルトは答えない。
*
拡張は、慎重に始まった。
森の外縁をわずかに削り、
防壁を設け、
魔獣の移動ルートを誘導する。
最初の数日は、問題なかった。
魔獣は予測通りに動き、
狩りも円滑になった。
カルディアは満足げだった。
「やっぱり、管理できるじゃない」
アルトは、無言だった。
*
異変は、小さかった。
最初は、森の奥の鳴き声が減った。
次に、外縁部で小型魔獣が増えた。
「縄張りがズレてる」
ノインが、初めて口を開いた。
今回の拡張に協力している、魔獣研究者だ。
無口で、森からほとんど出ない。
「ズレ?」
ラグスが問う。
ノインは地面に棒で線を引く。
「捕食者のルートが、変わった」
「餌が外側に流れている」
「予測では?」
ミヒャエルがアルトを見る。
アルトは、UIを再確認する。
【領域支配】
予測誤差:増大
要因:生態相互作用未解明
(……連鎖か)
「一時停止する」
アルトは即断した。
だが、その夜。
外縁部の倉庫が襲われた。
大型魔獣が、通常は現れない時間帯に出現。
防壁を破り、物資を荒らす。
死者は出なかった。
だが、怪我人は複数。
*
カルディアが、報告書を机に叩きつけた。
「これは何?」
怒りではない。
動揺だ。
「管理できるって言った」
アルトは静かに答える。
「限定的に、だ」
「限定じゃ足りないのよ!」
カルディアの声が上がる。
「都市は、拡張する」
「中途半端な管理じゃ意味がない!」
ノインが口を挟む。
「意味はある」
全員が彼を見る。
「森は、均衡していた」
「人が触れたことで、捕食と被食の比率が変わった」
「魔獣は、調整しようとしている」
「調整?」
ラグスが唸る。
「襲撃がか?」
ノインは頷く。
「人間も、餌の一部になる」
沈黙。
*
視界の端で、UIが赤く点滅する。
【領域支配】
警告:連鎖拡大
推奨:即時撤退
アルトは、歯を食いしばる。
(踏み込んだ)
宗教自治領では、踏み込まなかった。
ギルド都市では、透明化しただけだった。
だが、ここでは――
手を出した。
「拡張を停止する」
アルトは宣言する。
カルディアが睨む。
「損害は?」
「拡張を続ければ、増える」
「止めれば、投資が無駄になる」
「命よりは軽い」
カルディアは黙る。
*
森の外縁に立ち、アルトは一人でUIを見つめた。
【領域支配】
管理対象外領域を検出
名称:自然循環圏
新しい表示が浮かぶ。
《不可侵線》
・管理介入は均衡を崩します
・最適化は存在しません
(……遅い)
アルトは目を閉じる。
遅すぎたわけではない。
だが、早すぎたわけでもない。
――人は、試さなければ理解しない。
ノインが隣に立つ。
「分かったか」
アルトは小さく頷く。
「線がある」
「人の外側の線だ」
ノインは森を見る。
「森は、管理されない」
「ただ、続くだけだ」
*
翌日。
拡張計画は正式に凍結された。
カルディアは、代表会で説明する。
「我々は、線を誤った」
ざわめきが広がる。
「撤退する」
「都市は、森を削らない」
それは、後退だった。
だが、敗北ではない。
*
出立前。
カルディアがアルトに言う。
「今回は、あなたのせい?」
「違う」
アルトは答える。
「私の選択だ」
「後悔してる?」
一瞬の沈黙。
「……している」
カルディアは目を細める。
「珍しいわね」
「万能ではない」
アルトは淡々と言う。
「測れない領域がある」
カルディアは笑う。
「それでも、あなたは踏み込む?」
アルトは森を見る。
「次は、線を知った上で選ぶ」
*
都市を離れる。
視界の端で、UIが静かに更新される。
【領域支配】
不可侵線:記録
管理限界を確認
ラグスがぽつりと呟く。
「痛ぇな」
「ああ」
アルトは頷く。
「必要な痛みだ」
森は、何事もなかったように揺れている。
人が触れても、
触れなくても。
そこには、
管理の及ばない世界があった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




