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スキルなしと追放された俺、辺境で目覚めたのは〈領域支配〉だった 〜帝都が気づいた時には、もう遅い〜  作者: 影山クロウ


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第42話 透明化という刃

契約公開は、三日後に実行された。


広場の中央に設けられた掲示板。

普段は商人ギルドの取引予定や冒険者の依頼書が貼られる場所に、厚い羊皮紙の束が並べられた。


その上部に、大きく記されている。


――三領・自由都市間 物流契約全文。


最初は、誰も近づかなかった。


「どうせ小難しい文だろ」

「契約なんて、代表が読むもんだ」


そんな声が通り過ぎる。


だが、やがて一人の若い商人が足を止めた。


「……全文?」


指でなぞる。

読み進める。

眉が、ゆっくりと動く。


「おい、これ……」


周囲がざわつき始めた。



応接室の窓から、広場が見える。


カルディアは腕を組み、下の様子を眺めていた。


「予想より、早いわね」


「読む者が、少ないと思っていたか」


アルトが問う。


「読む者は少ないわ」

「でも、“読んだ者の話”は広がる」


カルディアは淡々と言う。


ミヒャエルが小声で補足する。


「情報は、文字より速く流れます」


ラグスは鼻を鳴らした。


「読めば分かるさ」


広場で声が上がる。


「なあ、これってさ」

「損害が出ても、都市は責任取らねぇってことか?」


「当たり前だろ、契約だぞ」


「でもよ、物流が止まったら?」

「誰が補償すんだ?」


「そりゃ、契約した本人だ」


「じゃあ、市場全体が影響受けたら?」


沈黙。


そこに、誰も答えない。



カルディアは小さく息を吐いた。


「理屈は、正しいのよ」


「理屈はな」


ラグスが返す。


カルディアは、アルトに視線を向けた。


「あなたは、責任を“可視化”した」

「でもね」

「責任って、見えないから耐えられるの」


アルトは静かに言う。


「見えない責任は、いつか誰かを潰す」


「見える責任は、今すぐ誰かを潰すわ」


カルディアの言葉は、冷静だった。



広場では、議論が広がっていた。


「この条文、読んだか?」

「都市は“関与するが責を負わない”って」


「それって、失敗しても代表は無傷ってことか?」


「いや、代表個人じゃない」

「都市そのものがだ」


「じゃあ、俺たちは何なんだ?」


声が荒くなる。


冒険者ギルドの一団が、掲示板の前に集まった。


「物流が止まったら、俺たちの仕事も減る」

「でも、都市は責任取らない」


「契約だろ?」

「合意してるんだ」


「合意って、誰が?」


その問いは、重かった。



応接室の空気が変わる。


カルディアの視線が鋭くなる。


「……早い」


「何がだ」


ラグスが問う。


「“合意の主体”に気づいた」


カルディアは、わずかに笑う。


「普通はそこまで行かない」

「条文が難しいって文句言って終わり」


アルトは言った。


「自由都市は、契約主体を“代表”に集中させている」


「ええ」


カルディアは認める。


「代表会が合意すれば、それが都市の合意」

「市民は、委任している」


「委任の内容を、読んでいなかった」


アルトの声は平坦だった。


カルディアは、肩をすくめる。


「読む義務はないもの」


「だが、読む権利はあった」


沈黙。



広場の声は、徐々に鋭さを増していた。


「代表会は、何を見て決めた?」

「物流優遇の代わりに、責任はゼロ?」

「それ、俺たちの利益になってるのか?」


商人の一人が叫ぶ。


「中抜きがあるぞ!」

「倉庫利用料、三重に取られてる!」


「護衛契約もだ!」

「損害は冒険者負担になってる!」


ざわめきが怒号に変わる。



ミヒャエルが低く言う。


「分断が始まっています」


「まだだ」


アルトは首を振る。


「これは分断ではない」

「理解だ」


ラグスが唸る。


「理解で街が壊れるなら、意味ねぇだろ」


アルトは答えない。


視界の端で、UIが浮かぶ。


【領域支配】

透明化:進行中

影響範囲:都市全域

危険度:上昇


(切れている)


刃は、確かに入った。



カルディアは、机から離れた。


「あなたは、私を倒そうとしている?」


「違う」


アルトは即答する。


「私は、契約をそのまま置いただけだ」


「置いただけで、街が揺れてる」


カルディアは笑う。

だが、その目は真剣だ。


「ねえ、アルト」

「これがあなたの正義?」


「正義ではない」


アルトは静かに言う。


「選択だ」


「何の?」


「知った上で、選ばせる」


カルディアは一瞬、言葉を失った。


「……残酷ね」


「そうかもしれない」


アルトは否定しない。


「だが、知らないまま選ばされる方が残酷だ」



広場では、代表会の建物へ向かう人の流れができ始めていた。


「説明しろ!」

「この条文、どういう意味だ!」


執行官たちが必死に制止する。


だが、暴動ではない。

武器は抜かれていない。


――問いが向けられているだけだ。



カルディアは窓から目を離さない。


「……面白いわね」


「楽しいか?」


ラグスが刺す。


「楽しいわけないでしょう」


カルディアは静かに言う。


「でも、これが自由よ」

「問いを向けられるのも、自由」


アルトは、彼女を見る。


「止めないのか」


「止めないわ」


カルディアは即答する。


「止めたら、それは契約違反」


一拍。


「自由都市は、契約を破らない」


その言葉は、本物だった。



夕刻。


代表会の前で、公開討論が始まった。


条文が読み上げられ、

市民が質問を投げ、

代表が答える。


言い逃れはできない。

条文は、そこにある。


「なぜ責任を負わない?」

「都市が破綻したら?」


代表の一人が、声を張る。


「責任は、契約当事者が負う!」

「都市は場を提供するだけだ!」


ざわめきが再び広がる。


「場だけで金を取るのか!」

「損だけ押し付けて!」



応接室で、ミヒャエルが呟く。


「……崩れ始めています」


「まだだ」


アルトは再び言う。


「崩れていない」

「揺れているだけだ」


カルディアが、ふっと笑う。


「あなた、期待してるわね」


「何をだ」


「私が折れるのを」


アルトは首を振る。


「折れなくていい」


「……強気ね」


「選ぶのは、あなたたちだ」


カルディアは目を細めた。


「ほんとに、残酷」



夜。


広場の討論は続いている。


怒鳴り合いではない。

議論だ。


だが、街の空気は明らかに変わっていた。


――見えなかった構造が、見えた。


視界の端で、UIが更新される。


【領域支配】

透明化:完了

結果:内部不信の顕在化


(始まった)


アルトは、静かに窓を閉めた。


「次は、選択だ」


自由は、光に当てられた。


その眩しさに、

誰が目を開け続けられるのか。


刃は、まだ振り下ろされていない。


だが、確実に、

街の芯へと届いていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

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