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スキルなしと追放された俺、辺境で目覚めたのは〈領域支配〉だった 〜帝都が気づいた時には、もう遅い〜  作者: 影山クロウ


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第41話 自由都市の契約

ギルド都市は、音でできていた。


金属が打ち合う音。

荷車が石畳を削る音。

売り声と笑い声と、口論の声。


三領の静けさに慣れた耳には、眩暈がするほどの雑踏だった。


「……すげぇな」


ラグスが思わず呟く。

通りには、鎧姿の冒険者と、帳簿を抱えた商人が同じ顔で立っていた。

同じ顔――つまり、誰もが“自分の利益”だけを見ている顔だ。


「活気はあります」


ミヒャエルが淡々と言う。


「活気は、ね」


ラグスは皮肉っぽく返した。

活気がある場所ほど、火がついたときの燃え方は早い。


アルトは何も言わず、目だけで街を測っていた。


視界の端に、UIが薄く浮かぶ。


【領域支配】

観測対象:ギルド都市(自由都市)

統治形態:契約自治

安定度:中

危険要因:責任分散


(責任が分散……いや、これは)


アルトは呼吸を整える。

分散ではない。

“消失”だ。


――誰も、最終責任を取らない形で、責任が逃げ続ける。


それが、この街の匂いだった。



都市の中心部、円形の広場に面した白い建物。

門衛は鎧を着ていない。

代わりに、胸元に銀色の札を下げている。


〈契約執行官〉。


武器ではなく、紙で人を止める職だ。


「アルト・レインハルト様ですね」


執行官が、形式通りに名を告げた。


「代表がお待ちです」


「代表?」


ラグスが眉を上げる。


「カルディア・ヴェイン様です」


その名を聞いた瞬間、周囲の執行官たちの背筋が揃う。

称号でも階級でもないのに、名前が効いている。


(名が効く街、か)


アルトは内心でだけ呟いた。



応接の間は、豪奢ではない。

だが、無駄がない。

机、椅子、壁の書棚。

そして、窓の外に見える市場の喧噪。


「ようこそ、自由都市へ」


声が先に届いた。


窓辺に立っていた女が、振り返る。

年の頃は三十前後。

髪は束ねられ、瞳はまっすぐで、笑顔は軽い。


だが――軽いのは表情だけで、目は重い。


「カルディア・ヴェイン」


名乗りは短い。

挨拶を盛らない。

同時に、“こちらが主導権だ”と告げるやり方だった。


「あなたがアルトね」


「そうだ」


アルトは一礼する。


カルディアは、アルトを上から下まで見た。

鎧も、派手な徽章もない。

だが、こちらを測る目だけは、確実に“商人の目”だった。


「噂は聞いてるわ」


カルディアは笑う。


「辺境で、帝都の命令を無力化した男」

「人を縛らずに、街を動かした男」

「制度で世界を殴る男」


ラグスが小さく咳払いした。

最後のはさすがに言い過ぎだ。


アルトは、淡々と返す。


「噂は膨らむ」


「膨らむわよ、そりゃ」


カルディアは肩をすくめる。


「だって、面白いもの」

「帝都が嫌がることを、あなたがやった」

「それだけで、価値がある」


ミヒャエルが一歩前に出る。


「本題に」


「ええ、そうね」


カルディアは机に向かい、手元の書類を滑らせた。

厚い束。

契約書だ。


「あなたの三領の物流網」


カルディアは指を置く。


「この都市にとって、喉から手が出るほど欲しい」

「あなたにとっても、悪くないはず」

「自由都市は、交易の結節点だもの」


ラグスが言う。


「で、見返りは?」


カルディアは笑った。


「単純よ」

「我々は、通行税を優遇する」

「商人ギルドは、三領の物資を優先的に扱う」

「都市の倉庫を提供する」

「必要なら、護衛も雇える」


「条件は?」


アルトが問う。


カルディアは、薄い笑みを浮かべた。


「条件は、ひとつ」

「自由都市は、自由都市であり続けること」


「……つまり?」


ミヒャエルが確認する。


カルディアは、指先で契約書の一行を叩いた。


「責任の所在」


そこに書かれている文言は、驚くほど明確だった。


――本契約に起因して生じる一切の損害について、自由都市は責を負わない。


ラグスの眉が跳ねた。


「ふざけてんのか」


「ふざけてない」


カルディアは即答する。


「これが自由よ」


「自由ってのは、好き勝手ってことか?」


「違うわ」


カルディアは、少しだけ声を低くした。


「自由っていうのは――」

「“責任を引き受けない権利”よ」


ラグスが椅子から立ち上がりかけた。

ミヒャエルが、さりげなく腕で制した。


空気が一瞬、張る。


カルディアは動じない。


「怒るのはいいけど」

「あなたの領地では、“責任を引き受ける者”が制度で決まってる」

「ここでは違う」

「ここでは、責任は契約に書いて、互いに合意する」


「合意していれば、誰も責任を取らない?」


アルトの声は静かだった。


カルディアは笑う。


「取らないわね」

「取らないって決めることも、自由よ」


「……それで、街は回るのか」


「回るわ」


カルディアは、あっけらかんと言った。


「回るの」

「回らなかった者が、淘汰されるだけ」


その言葉は残酷だった。

だが、この街の雑踏の音と完全に一致していた。



アルトは契約書を受け取り、ページをめくる。

条文は細かい。

だが、芯は一つ。


――自由都市は、関与するが、責任は負わない。


(なるほど)


アルトは心の中で整理する。

ここは、宗教自治領のように“救い”があるわけではない。

帝都直轄地のように“判断不能”でもない。


ここは、判断はある。

だが、責任を“構造として消す”。


だから、壊れにくい。

同時に、壊れたときに誰も直せない。


「アルト」


カルディアが、机越しに覗き込む。


「あなたなら、分かるでしょう?」

「自由って、便利なのよ」

「誰もが、軽くなる」


「軽くなる、か」


アルトは視線を上げた。


「軽い世界は、落ちるのも早い」


カルディアは笑う。


「落ちないように、みんな必死に走る」

「それが活気よ」


ラグスが吐き捨てる。


「地獄だな」


「楽園よ」


カルディアはあっさり言った。


「努力した人間のね」



アルトは契約書を閉じた。


「受けるか、受けないか」


カルディアの声は軽い。

だが、視線は鋭い。


「受ければ、あなたの物流は増える」

「受けなければ、あなたはこの街を敵に回す」

「この街は、敵を作るのが得意よ」


脅しではない。

ただの事実の提示。

契約の街のやり方だ。


ミヒャエルが口を開こうとした。

だが、アルトが先に言った。


「受ける」


ラグスが目を見開く。


「おい!」


アルトは手で制した。


「ただし、条件がある」


カルディアの眉が、わずかに上がる。


「聞くわ」


アルトは、淡々と告げた。


「契約の全文を――」

「公開する」


部屋の空気が、止まった。


カルディアが瞬きをする。


「……公開?」


「そうだ」


アルトは視線を逸らさない。


「この契約を利用する者すべてが、内容を読めるようにする」

「商人も、市民も、冒険者も」

「関係者全員だ」


カルディアの笑みが、薄くなる。


「それは、こちらの不利益になる」


「知っている」


アルトは即答する。


「だが、それが公平だ」


カルディアは、しばらく黙った。

そして、ふっと息を吐く。


「……面白い」


笑みが戻る。

だが今度は、軽くない。


「あなた、やっぱり制度で殴るのね」


アルトは一言だけ返す。


「透明化だ」


「透明化ね」


カルディアは指先で机を叩く。


「契約は契約よ」

「内容を見られて困るなら、最初から結ばない」

「……理屈はそう」


一拍。


「でも、この街はね」

「見せないことで回ってる部分もあるの」


アルトは静かに言った。


「見せないことで回るなら、いつか壊れる」


カルディアの目が細くなる。


「……いいわ」


彼女は、あっさり言った。


「公開しましょう」

「自由都市は、自由だから」


ラグスが信じられない顔をした。


「受けるのかよ」


カルディアは笑う。


「受けるわよ」

「断ったら、それは自由じゃないもの」



契約は、結ばれた。


署名は交わされ、

封蝋が押され、

執行官が形式を整える。


そして、最後に。


カルディアが、アルトに言った。


「忠告しておく」


声は柔らかい。


「透明化は刃よ」

「あなたが向ける相手だけじゃなく」

「あなた自身も切る」


アルトは、短く頷いた。


「承知している」


カルディアは満足そうに笑った。


「なら、楽しくなるわね」


窓の外の喧噪が、急に遠く感じた。


視界の端で、UIが淡く表示される。


【領域支配】

外部契約を確認

警告:責任境界が不安定化します


(……始まる)


アルトは、心の中でだけ呟いた。


ここは、祈りの領域ではない。

誰も救ってはくれない。


自由は、契約で買う。


そして――

その代金は、必ず誰かが払う。


アルトは、封蝋の赤を見つめた。


「次は、透明にする」


その言葉は、宣言ではない。


刃を抜く合図だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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