第34話 名簿の空白
名簿は、完成しなかった。
それが、帝都にとって致命的だった。
「……以上が、
直轄地における
判断主体の一覧です」
報告官が、震える手で書類を差し出す。
会議室に、紙が回る。
そこには――
空白が並んでいた。
「名前が、ない?」
誰かが、声を荒げる。
「肩書きも?」
「ありません」
報告官は、俯いたまま答える。
「判断は行われていますが、
個人を特定できません」
ハインリヒ・フォーゲルは、
黙って紙を見つめていた。
判断日時。
決定内容。
結果。
すべて、詳細だ。
だが――
署名欄だけが、空白。
「……責任は?」
誰かが、苛立ちを抑えきれず問う。
「判断会議、
という主体です」
「主体だと?」
「はい」
報告官は、淡々と答える。
「個人ではなく、
会議体として」
沈黙。
帝都の制度は、
個人を前提にできている。
名前。
役職。
階級。
それらがなければ、
縛れない。
「……誰が、
最終責任を負う?」
ハインリヒが、低く問う。
「……記録上は、
全員です」
「全員とは、
誰だ!」
答えは、返らない。
直轄地。
臨時判断会議は、
淡々と続いていた。
机の上には、
帝都の通達。
誰も、読み上げない。
「……また、
名を聞かれたな」
住民代表が、苦笑する。
部隊長だった男は、肩をすくめた。
「名乗る必要が、
ないからな」
二人は、記録に署名する。
署名欄には、
ただ一行。
臨時判断会議
それだけで、
判断は成立する。
三領。
ラグスが、困惑した声を出す。
「……これ、
止めようがないだろ」
「止められない」
アルトは、静かに答える。
「縛る相手が、
存在しない」
ミヒャエルが、息を飲む。
「……帝都の制度が、
前提から崩れている」
「そうだ」
アルトは、頷いた。
「個人に責任を集中させる制度は、
個人が消えた瞬間、
何もできなくなる」
視界の端で、UIが淡く光る。
【領域支配】
判断主体の集合化を確認
新しい表示が、追加される。
《集合判断》
・個人に帰属しない
・記録と結果のみが残る
(……ここまで来たか)
帝都。
会議室の空気は、重苦しい。
「……誰も、
処分できない」
「止められない」
「命令も、
効かない」
ハインリヒは、
ゆっくりと椅子にもたれた。
「……理解した」
全員が、息を詰める。
「我々が縛っていたのは、
人ではない」
一拍。
「恐怖だ」
視線を上げる。
「だが、
恐怖は――」
低い声。
「共有されると、
武器にならない」
夜。
アルトは、静かに呟いた。
「……名を縛る時代は、
終わった」
それは、宣言ではない。
観測結果だった。
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