第33話 名を失う覚悟
帝国において、「名を失う」とは何か。
それは――
死ぬことより、少しだけ軽い。
だが、生きることより、はるかに重い。
軍籍停止の通達は、夜に届いた。
部隊長は、紙を読んだあと、
静かに畳んだ。
「……来たか」
声は、驚くほど落ち着いていた。
「戻るなら、今だ」
住民代表が、低い声で言う。
「従えば、
処分は軽くなる」
部隊長は、首を横に振った。
「もう、
戻る場所がない」
彼は、帝国軍人だった。
名前があり、
階級があり、
所属があった。
だが――
それらはすべて、
判断しない代わりにもらっていたものだった。
三領。
報告を聞いたラグスが、
思わず声を荒げる。
「……止めろ!」
「戻せ!」
「そんな必要はない!」
珍しく、感情が露わだった。
アルトは、何も言わなかった。
否定も、肯定も。
ただ、
決定権を奪わなかった。
直轄地。
臨時判断会議は、二人で開かれた。
机の中央には、
軍籍停止通知。
部隊長は、深く息を吸う。
「……俺は、
今日で軍人じゃない」
住民代表が、唇を噛む。
「……後悔は?」
少しの沈黙。
やがて、部隊長は言った。
「怖い」
正直な言葉。
「だが――」
拳を、机に置く。
「決めないで生きる方が、
もっと怖い」
彼は、ペンを取った。
議事録の署名欄。
肩書きの欄を、
空白のまま。
名前だけを書く。
その瞬間。
何かが、切れた。
彼の中で。
そして――
帝国との間で。
三領。
ミヒャエルが、低い声で言う。
「……正式には、
彼は“無所属”になります」
「違う」
アルトは、静かに言った。
「所属していないだけだ」
一拍。
「人としては、
ここにいる」
視界の端で、UIが静かに更新される。
【領域支配】
匿名判断:恒常化を確認
新しい説明が、追加された。
《匿名判断》
・名や肩書きに依存しない
・責任は判断記録に残る
(……そうか)
名を捨てたことで、
判断だけが残った。
帝都。
報告官が、声を落とす。
「……軍籍停止後も、
判断を継続しています」
「何だと?」
「……肩書きが、
効いていません」
ハインリヒ・フォーゲルは、
長く息を吐いた。
「……最悪だな」
誰も、口を挟まない。
「名を奪っても、
止まらない」
ハインリヒは、呟く。
「なら――
名を持つ者が、
関わらないようにするしかない」
それは、
孤立化の発想だった。
夜。
アルトは、灯りを落とす前に、
短く呟いた。
「……名を捨てた人間は、
強い」
誰にも聞かせない声。
「縛れるものが、
もう何もない」
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