第23話 管理しない領域
境界が再定義されてから、一週間。
大きな混乱は起きなかった。
むしろ、現場は安定している。
だが――
報告の質が、変わった。
「……これは、どう判断します?」
ミヒャエルが差し出したのは、ベルク領北端の報告書だった。
・小規模集落
・人口は少ない
・物流路から外れている
・治安は不安定だが、即時危機ではない
「今までなら、
対応対象に入れていました」
ラグスが、言いにくそうに言う。
「ですが、
現状では……」
言葉が、途切れる。
アルトは、報告書に目を通した。
視界の端で、UIが反応する。
【領域支配】
警告:
当該地域は
責任境界の外縁に位置しています
さらに、淡々と続く。
対応した場合:
・統合率上昇
・管理負荷増大
・他領域対応速度低下
(……来たか)
これは、
初めての選択だ。
「助けられる」
ラグスが、率直に言った。
「兵を出せば、
物流を回せば、
立て直せます」
誰も、否定しない。
「だが」
ミヒャエルが続ける。
「今対応すれば、
次に同じ条件の集落が
必ず出てきます」
それも、事実だった。
アルトは、しばらく黙っていた。
地図を見る。
責任境界は、
“伸ばせば伸ばすほど”
自分に絡みつく。
(……全部は、抱えられない)
「今回は――
直接は介入しない」
その言葉は、
部屋を静かに揺らした。
ラグスが、歯を食いしばる。
「……見捨てるんですか?」
責める口調ではない。
確認だった。
アルトは、首を横に振る。
「違う」
ゆっくりと言う。
「任せる」
「条件を整える」
アルトは、続けた。
「情報は出す。
物資の余剰も示す。
ルートも開ける」
一拍。
「だが、
判断は、向こうに渡す」
ミヒャエルが、理解したように頷く。
「……管理ではなく、
選択肢を渡す、と」
「そうだ」
アルトは、静かに言う。
「自分たちで
“助けを求める”かどうかを
決めてもらう」
その日のうちに、伝令が走った。
周辺領の状況
使える物資
協力を求める場合の条件
命令はない。
期限もない。
ただ、情報だけが渡された。
数日後。
集落の代表が、ベルク領に現れた。
疲れた顔で、
それでも背筋を伸ばしている。
「……助けを、
お願いしたい」
その言葉は、
命令では引き出せないものだった。
アルトは、代表に直接会った。
「条件がある」
静かな声。
「あなたたちが、
自分たちで決めること」
代表は、頷く。
「俺たちは、
守られるだけじゃなく、
参加したい」
その言葉に、
アルトは小さく息を吐いた。
支援は、行われた。
だが今回は違う。
集落側が作業計画を出す
人員を出す
判断の責任を持つ
アルトは、最後に承認するだけだった。
夜。
報告書を読みながら、
ラグスが呟いた。
「……楽ですね」
「違う」
アルトは、首を横に振る。
「重い」
管理しないという選択は、
結果を見守るしかない。
それは、
支配よりも不安だった。
視界の端で、UIが静かに告げる。
【領域支配】
非管理領域の定義を確認
新しい表示が、追加される。
《非管理領域》
・管理者は直接介入しない
・選択の結果は尊重される
(……これでいい)
すべてを抱え込めば、
必ずどこかで壊れる。
帝都。
報告を受けた官僚が、困惑していた。
「……介入していない?」
「はい。
ですが、崩壊もしていません」
「意味が分からん……」
それが、帝都の限界だった。
夜更け。
アルトは、灯りを落とす前に呟いた。
「……守るってのは、
全部決めることじゃない」
選べる場所を、
残すことだ。
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