第22話 境界を決める者
境界線は、紙の上では動かない。
だが、現実ではもう意味を失っていた。
朝。
グラーデン領北部の村に、ローデン領の医師が入る。
ベルク領の兵が、護衛につく。
誰も、所属を確認しない。
誰も、許可証を求めない。
「……早くなったな」
村長が、ぽつりと呟いた。
「前なら、三日は待たされた」
医師は、肩をすくめる。
「境界があった頃の話ですね」
その言葉に、
誰も違和感を覚えなかった。
領主館。
アルトは、三領共通の報告を確認していた。
被害件数。
移動時間。
対応速度。
すべてが、改善している。
だが――
一つだけ、数値化できないものがあった。
「……境界意識、低下」
ミヒャエルが、苦笑混じりに言う。
「住民が、
“どこの領か”を
気にしなくなっています」
「それで問題は?」
アルトが問う。
「ありません」
即答だった。
「むしろ、
揉め事が減りました」
ラグスが、腕を組む。
「……もう、境界は
機能していませんね」
「そうだな」
アルトは、頷いた。
「だが、
境界が消えたわけじゃない」
全員が、顔を上げる。
「境界は、
線じゃない」
アルトは、静かに言った。
「責任の届く範囲だ」
地図を指でなぞる。
「帝都は、
線を引いた」
一拍。
「だが、
守らなかった」
重い沈黙。
「俺たちは、
線を引き直したわけじゃない」
アルトは、続ける。
「守れる場所まで、
責任を伸ばしただけだ」
それが、
彼の定義だった。
その瞬間。
視界が、確かに変わった。
【領域支配】
境界の再定義を確認
空気が、僅かに震える。
新概念:
《責任境界》
アルトは、息を止めた。
《責任境界》
・管理者が責任を負うと宣言した範囲を
領域として定義する
・線は固定されない
・責任放棄と同時に、境界は後退する
(……なるほど)
それは、
権力の拡張ではない。
覚悟の拡張だった。
ラグスが、喉を鳴らす。
「……それ、
逃げられませんね」
「逃げる前提の制度なら、
作る意味がない」
アルトは、淡々と答えた。
同日、帝都。
解釈官の続報が、中央に届く。
境界の再定義が進行中
領域は固定されていない
管理基準は
責任を引き受けたか否か
会議室が、ざわつく。
「……そんなもの、
制度として成立するのか?」
ハインリヒ・フォーゲルは、
報告書を机に伏せ、低く言った。
「成立している」
視線を上げる。
「現場で、な」
「問題はそこだ」
別の幹部が、声を荒げる。
「線を引く権限は、
国家の根幹だ!」
「違う」
ハインリヒは、初めて即答した。
「線を引く権限ではない」
一拍。
「責任を放棄しても、
権威が残ると思っていたことが、
間違いだった」
誰も、反論できなかった。
夜。
アルトは、窓の外を見ていた。
街道を、
人が自由に行き交っている。
誰も、線を意識していない。
だが――
誰かが、守っているという実感だけがある。
視界の端で、UIが告げる。
【領域支配】
統合率:82%
次段階:
・非管理領域の定義
(……次は)
アルトは、静かに理解する。
すべてを抱えないための設計。
管理しない勇気が、
次の試練になる。
その頃、帝都。
ハインリヒは、一人で呟いた。
「……測定できないわけだ」
あのスキルは、
力ではない。
責任を引き受け続ける者だけが、
拡張できる領域。
そんなものを測定制度に入れれば、
国家は――
耐えられない。
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