第2話 欠損者の席
矯正課程の教室は、学園の最奥にあった。
日当たりが悪く、壁にはひびが入り、机と椅子も不揃いだ。
「教室」というより、空き部屋を無理やり使っているだけに見える。
アルトが入った瞬間、視線が集まった。
――好奇。
――嘲笑。
――そして、露骨な軽蔑。
「……あいつか」
「スキル、出なかったやつだろ」
ここにいるのは十数名。
共通点はただ一つ――“役に立たない”と判断された者たち。
・Fランクの生活補助スキル
・発動条件が厳しすぎる失敗作
・発現はしたが制御不能
そして、アルトだけが。
スキル空白。
「席に着け」
教官の声は冷たかった。
若いが、目の奥に露骨な線引きがある男だ。
アルトは、空いている席に座る。
「改めて言っておく」
教官は、教壇に肘をついた。
「ここは、落ちこぼれの再教育の場だ。
才能を伸ばす場所ではない」
ざわ、と笑いが漏れる。
「勘違いするな。
お前たちは“将来性がない”から、ここにいる」
アルトは、黙って聞いていた。
最初の授業は、簡単な統治演習だった。
与えられた課題はこうだ。
「小規模集落で物資不足が起きた。
どう対応する?」
生徒たちは、次々に手を挙げる。
「支援を要請します!」
「増税して備蓄を確保すべきです!」
「騎士団を派遣して統制を――」
教官は頷きながら聞いている。
だが、どれも現実を無視していた。
(……全部、遅い)
アルトは、静かに手を挙げた。
教官が一瞬、眉をひそめる。
「……欠損者。発言を許可する」
アルトは立ち上がり、淡々と口を開いた。
「まず、物資不足の原因を切り分けるべきです。
供給不足なのか、流通の詰まりなのか、
それによって対応は変わります」
教室が、静まった。
「原因が流通なら、増税も支援も不要。
配置と順序を変えるだけで、解決します」
教官は、腕を組んだ。
「続けろ」
「集落内の倉庫と消費地点を再配置し、
受け渡しの時間帯を分ける。
それだけで混乱は収まります」
一瞬の沈黙。
理論は、完璧だった。
だが――
教官は、鼻で笑った。
「机上論だな」
教室がざわつく。
「スキルも持たない者の考えなど、現実では役に立たん」
アルトは、首を傾げた。
「実際に、効果は――」
「黙れ」
教官の声が鋭く飛ぶ。
「ここは、“結果”を見る場所だ。
スキルを持たぬ者に、結果は出せない」
その瞬間、すべてが理解できた。
(……正しいかどうかは、関係ない)
必要なのは、スキルがあること。
それだけだ。
「君の意見は評価しない」
教官は、はっきりと言った。
「理由は一つ。
君にはスキルがないからだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
授業が終わり、廊下に出る。
背後から、声が飛んできた。
「なあ、欠損者」
振り返ると、Fランク補助スキルの生徒が立っていた。
「頭いいつもりか知らねぇけどさ。
スキルなきゃ、意味ねぇんだよ」
アルトは、何も言わずに歩き出す。
反論しても、無駄だと分かっていた。
(この世界では――
正しさより、表示が優先される)
それが、常識。
それが、現実。
教室の奥で、別の教官が小声で言った。
「……危ないな、あの欠損者」
「何が?」
「考え方が、まともすぎる」
その言葉は、冗談のように言われた。
だが、その意味を理解している者が、確かにいた。
帝都・中央監理庁。
厚い石壁に囲まれた地下書庫は、昼でも薄暗かった。
「……また、空白か」
低く呟いたのは、白髪混じりの男だった。
名をルートヴィヒ・アーベル。
肩書きは《スキル制度監査官》。
表にはほとんど出ない、制度の“裏”を管理する人間だ。
机の上に置かれているのは、一枚の記録紙。
被測定者名:アルト・レインハルト
測定結果:表示なし(空白)
それだけの、簡素な記録。
だが、ルートヴィヒはそれを、まるで爆弾の起爆装置でも見るかのように見つめていた。
「欠損者扱い……か」
乾いた笑いが漏れる。
「無知というのは、幸せだな」
背後で、若い補佐官が喉を鳴らした。
「問題、なのですか?
表示されなかっただけでしょう」
「だから、問題なのだ」
ルートヴィヒは、引き出しから一冊の古文書を取り出した。
封印魔法が施された、閲覧制限付きの記録。
「神印式測定儀は万能ではない」
ページをめくりながら、淡々と語る。
「正確には、“個人単位の役割”しか測れん」
「……個人単位、ですか?」
「そうだ」
ルートヴィヒは、ある一文を指で叩いた。
――測定不能事例記録
共通項:
・管理単位が個体を超過
・世界干渉規模が不定
・既存秩序との非互換
補佐官の顔が、引きつった。
「……それは」
「国家級、あるいはそれ以上だ」
ルートヴィヒは、記録紙を元に戻した。
「測定不能者は、無能ではない。
世界の枠に収まらないだけだ」
「では、なぜ……」
「殺さなかった理由か?」
補佐官の言葉を遮り、ルートヴィヒは静かに言う。
「前例がある」
声が、わずかに低くなる。
「殺そうとした国は、滅びた。
近くに置いた国は、支配された」
重い沈黙。
「最善策は、何だと思う?」
補佐官は、答えられなかった。
ルートヴィヒは、記録紙を閉じる。
「――遠ざけることだ」
帝都から。
権限から。
人の目から。
「辺境に送る。
壊れた土地に、壊れた役割の人間を置く」
それで、世界は保たれる――はずだった。
「……安心していいのでしょうか」
補佐官の問いに、ルートヴィヒは一瞬だけ黙った。
そして、ゆっくりと答える。
「条件が揃わなければ、何も起きん」
だが、その言葉には、確信がなかった。
「祈るしかないな」
誰にともなく、そう呟く。
記録棚の奥には、過去の“空白者”の名が、いくつも眠っていた。
その多くに、共通点がある。
――辺境で、歴史が動いた。
その事実だけが、まだ帝都には知られていない。
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