非日常の日常
書いたのは良いが、この後が続かん…。
雑多な喧騒の中で二人の男が取り残されたかのように立ち尽くしていた。
男たちはゆっくりと向かい合いながら、着込む服の内に手を忍ばせている。
人の喋り声、跋扈する足の音、客寄せの大声、勧誘、携帯、音楽。
その中で、酷く場違いで乾いた凶器の鳴き声が小さく響く。
近くにいた人々が一瞥しながらも歩みを止める事はなく、全ては今までと変わらず、これからも変わらず。
消炎を昇らせながらも、いまだに腕を下ろす事はしなかった。
目の前の男は鉛玉をもらいながらも立っているのだから。
「ク、クヘ、カカカカッ!」
眉間、左胸。
男たちの距離は5m前後。
銃を持つ男に嫌な汗がべったりとにじみ出てくるのを感じ取る。
感覚が狂う。
周りは日常が歩いているのに、俺とアイツだけは非日常の中に身を置いているのだと。
男は動く。
目の前で銃弾を食らいながら生きている男。
そこには純然たる恐怖と死への道が見えていた。
逃げた。
人の目も憚らず、いや、周りの人間なぞ血相を変えて走る男に対して興味を向ける者など居なかった。
男はひたすら走った。
どこをどう走ったのか。
そんなものはどうでもよかった。
だが、何故。という感情が身体を絡め取っていく。
何故、目の前に男が立っている。
恐怖よりも何故だった。
だが、それが男の身体をしなやかにしたのは事実だった。
迫る何かを身体を捻り避ける。
男は手を地につけながらも飛び退いて、態勢を整えた。
一瞬。
己の感情の一瞬の気まぐれによって今、俺は生き延びたのだと男は実感していた。
先ほどまで男の居た場所に黒いモノが突き刺さっていたのだから。
目の当たりにする非日常。
狂いたいそういう思いが少なからず男の中には存在していたのだが、それよりも強く男を突き動かす感情を持っていた。
好奇心。だった。
俺は死ぬだろう。
未確認生命体によって。
コイツは一体何なのだろうか。
人の形を成す何なのだろうか。
興味が湧いてくる。
死はすでに確定していることだった。
だから、余計に男は興味を持った。
俺は一体、何に殺されるのか。
今まで歩んで来た道筋にコイツは居ない。
ならば、コイツの何かを知り、終着と行きたい。
死という絶対の恐怖に今、男は打ち勝っていた。
子供が初めて見た物に興味を抱くように。
見知らぬ土地に行き、未経験を体験し、感動を覚え、また来ようと思えるように。
男は今、全てを達観し、それでも尚、興味を失う事はなかった。
「お前は、人間なのか。」
喋る男は笑みを浮かべた。
対峙する男は訝しがった。
笑みを浮かべる事に何かを感じ取る。
恐怖からくる笑みじゃない。
それを知ると男もまた笑みを浮かべた。
「ク、クヘ、カカカカッ!面白いねぇ。あんちゃん。俺見て笑うか。いいぜ。教えてやるよ。俺は、人間だぜ?正真正銘のな。ただ」
すでに、眉間にあった傷はなかった。痕さえ残さずに。
「ここの人間だとは限らないがな。」
そういうと、男はまた笑った。
「あんちゃん。名前はなんていうんだい?俺を殺そうとしたってぇ事は、劉慟会あたりからの依頼かい。」
「藤堂。藤堂和仁。クライアントは言えないな。職業柄。」
藤堂はそう言いながら肩を竦ませた。悪気はない。といった風だ。
「藤堂?あぁ、藤堂屋の亭主か。カカカッ!殺しもやるってぇのは本当だったか。しかしまぁ大胆な殺しだったな。」
「リスクは高かった。だが、あの時殺さないと拙い事になっていた。というのが俺の感覚だ」
「ホゥ。間違っちゃいない判断だったぜぇ?何せ、あのままのこにこ着いてきていたら、食われていたからな。カカカッ!」
「それは、良かった。」
「ク、クハ、カカカカッ!いいねぇ。カズ。そう呼ばせてもらうぜ。」
「構わない。」
「気に行ったぜ。カズゥ。おめぇさんに依頼を受けてもらいたいんだが。」
「依頼?」
「そうさ。今回の依頼は失敗だろう?俺の殺しなんて捨て金みたいなもんだろうが、信用はがた落ちよ?しかもあそこは首切りが盛んだからねぇ。」
「選択肢も何も。ひとつしかないだろう。はい。としか言えないな。」
「いいねぇ。いいぜぇ。カカカッ!やっぱ殺すの待って良かったぜぇ。俺の名前は金城富士弥だ。」
「あぁ、宜しく頼む。それで、依頼も聞くのがアンタについて知りたいんだが。」
「カカカッ!いいぜぇ。俺は人間なんだが、コイツを持っているからこんな力を持っているてぇわけよ。」
富士弥がそう言いながら、ネックレスを取り出した。
漆黒の闇がそこにはあった。
銀色を基調とした中に漆黒が鎮座するその姿に藤堂は息をのんだ。
生きている。
そう思った。
「カズ。てめぇの思う通りだ。コイツは、生きているのさ。さっきの黒い奴もコイツの攻撃だぜぇ?」
「アンタは一体、何者なんだ?いや、それよりも…」
この男は初めから、俺の事を。
藤堂の頭には自分が踊らされていたという考えが出来上がっていた。
「まぁ、怒るなら怒るでいいがよう。俺じゃねぇからなぁ。おっと。依頼の件。話すぜぇ?」
「あぁ。」
「俺たちの仲間になること。死ぬか仲間になって死ぬか。」
「後者を選ぶが。それが依頼?」
「おうよ。ま、俺はよ、組織に属しているの。でよ。仲間探しと教育が俺のお仕事。」
「なるほどね。」
「ま、給金云々は担当の野郎に聞いてくれや。ま、後日。迎えに行くからなぁ。」
「それまでどうすれば?」
「なぁに。てめぇがどこに逃げようが逃げられないから、普通に生活していてくれよ。」
「………。プライバシーがあることを願うよ。」
「カカカッ!善処しようじゃねぇか。詳しい話もそんな時にな。じゃあな。元気に過ごせや。最後の日常を楽しめ。」
その言葉とともに、後ろを振り返り、歩いて行った。
藤堂はそれを見た後、富士弥が右に曲がるのを確認した。
気配を殺し、後を着ける。
同じように右に曲がった藤堂はすでに富士弥が居ない事に驚いた。
そこには、ただ天まで伸びるかのように佇むビルの壁があるだけだったのだから。
***
ふぅ。
まぁ、座ってくれ。
あぁ?いいよ。
酒なんてこっちは飲み切れねぇほど持ってんだ。
武器はそこに立て掛けがあるからよう。
おう。
まったく、疲れたぜ。
ん。
あぁ、もう歳だからよぅ。
俺もな。
10年前くらいは前線で暴れまわれたんだがな。
脚をやられて、左腕持って入れいかれてな。
こうして後方雑務全般よ?
いくら義手義足たってぇよぅ。
生身じゃねぇンだよ。
アイツはそんなもの関係ねぇようでよ?
左腕すっぱり消えたってぇのによ。
前線で暴れまわっていたんだぜ?
ナノマシンだの人工筋肉だのとっつけてよ。
化け物相手に一歩もひかねぇ。
俺はよ。
アイツは早々に死ぬと思ったんよ。
意外。ってか?
アイツはな。
初対面でも、良い動きしてたんだ。
殺す積りで動かした攻撃がよ。
かすりもしなかったんだからな。
流れる川の水面みてぇに規則正しくもありながら、それが自然で染み付いた動きだった。
大物ルーキー来る!
ってぇ、思ったが、訓練には参加しねぇ。
座学は寝るわ。
最初の実戦は戦わねぇわ。
カカカッ散々だったんだぜ?
だから、誰からも認められねぇ。
誰からも信用されねぇ。
アイツは何時も一人だった。
何故だろうな。
自ら望んでそうなっていたんだぜ?
俺は、アイツを引き抜いた責任ってぇもんがあったのよ。
教育係だからよう。
何度も話をしたがぁな。
アイツは何を考えていたのか。
今でもわからねぇ。
だがよぅ。
そんなアイツも一年も生き延びた。
それは事実だしよぅ。
アイツは強かったんよ。
誰よりも。
どこでそんな力つけていたのか知らんがねぇ。
一年たってアイツは変わった。
座学は一年で終わりだからよう。
訓練と実践だったんだがな。
アイツやばかったぜぇ。
ルーキーなんてもんじゃなかった。
アイツは天才だった。
ほら、良くいるだろう?
スポーツとかでもよぅ。
遅咲きの天才ってやつはぁ。
俺は、アイツ見て、あぁ。こういう奴が、そうなんだろうなぁ。ってな。
殺しの才能。
生き抜く才能。
だが、よぅ。
まぁ、あぁなっちまったんだ。
俺もよ。
殺すのが好きだったわけでも、世界を救おうとか、悪はゆるせねぇ。
なんてくせぇ事は言わねぇし、考えた事もなかったぜ?
だが、あの時だけは思っちまった。
ふざけんなってな。
理不尽。
理不尽の中で生きていて、理不尽がゆるせねぇ。
不条理がゆるせねぇって思って戦ったのはよ。
餓鬼の頃を思い出しちまったぜ。
柄にもなくな。
おっと。
俺の事はどうでもいいんだったぜ。
あ?
興味がある。
うるせぇよ。
しっかしまぁ。
てめぇも大概じゃねぇぜ。
お?
褒めても煽ててもいねぇよ。
カカカッ!
****
藤堂は備え付けらたベンチに腰を降ろし、街の風景を眺めていた。日常から非日常へ来て一カ月が過ぎていたが、藤堂にとって退屈な日々であることに変わりはなかった。唯一の救いは衣食住の完備に加え、給金が支給される事。危険手当なども活躍に応じて着く事。それだけだった。西欧風な町並みだった。中心に大きな城が聳え立ち、その周りに円形の城壁が建ち、堀が作られ、水に満たされている。橋が掛かり、そこから屋敷が立ち並ぶ。その先にも同じように円状の城壁があり、堀がある。その先からは無数の道が遠くの城壁まで伸びていた。円状の内部も、街区も基本は四角に区分けされ、綺麗に並んでいた。藤堂は今、最も外にある外壁の上でそれらを眺めている。理由は多数あるが、一番はサボりだった。今は訓練時間中。化け物に対抗するための鍛錬時間。そして、この世界の歴史やらを学ぶ座学がある時間だった。当初というよりも藤堂のようにサボる人間は圧倒的に多い。元々、勉強なんてしないような連中の多くがこうやって連れてこられているのだから当然かもしれない。だから、訓練しないのも座学に参加しないのも許可されている。許可されていないのはこの世界の人間に危害を加える事。犯罪を犯さない事に重きを置かれていた。結局、藤堂がここにきて一か月で、30人ほど死んでいる。戦闘ではもっとも死んでいる。30人は犯罪を犯した馬鹿どもの数だった。それらの首は今でもこの都市の外壁に飾られている。既に肉は鳥に喰われた後であるが。身体は、実技の訓練に使われた。殺したのは藤堂達である。殺しに抵抗を持つ者も居るためだった。
「ヨゥ!またサボりかぁ。ちったぁ俺の顔を立ててくれてもよくねぇか?」
そう言いながらも、カカカッ!なんていう独特な笑い声を出しながら藤堂の隣に座る男。金木富士弥だった。
「飽きた。飽きたよ。富士弥。」
「おうおう。ヒヨっ子は大抵、それを口にするが、てめぇは実戦参加してんだろうが。」
「あんなもの、くそみたいなモノだろう。」
「クヘ、ク、カカカッ!アァ、クソみたいなモンだぜぇ?何せ、ルーキーに合わせてワザワザ雑魚の掃除させんだからなぁ?」
「ハァ。」
「おいおい。こちとら、親切心からそういう事やらせているんだろうがよ。」
「この国に飼われたつもりはなかったんだがな。」
「腐るなってぇ。俺らの組織も一枚岩でもないしよう?それにこの国に媚売るのは当然だぜ?何せ、俺らは異世界人の集団。どっかに身を寄せて、情報収集せにゃければいかんかったしなぁ。」
「アンタ、本当、何処の世界の人間なのよ。」
「アァ?そりゃ、カズのしらねぇ世界の住人よ。」
「世界ってのは一杯あるものなんだな。」
「てめぇは座学参加してねぇからな。」
「教えられるのは嫌いでね。」
「自慢げにいうもんじゃあねぇな。」
「で。」
「ん。」
「俺らが化け物退治する目的は?俺らの居た世界だけじゃなくて俺以外、アンタの世界や他の世界の人間も混ざっているんだろう。」
「おうよ。ある意味多人種集団みてぇな所だからな。っと。目的か。まちまちなんだよなぁ。」
「まちまち?」
「世界を統括する人間がいるのよ。なんていうの族長みてぇな存在。そいつらによって目的は様々よ。当面の共通目的は、化け物の駆逐。」
「何故。」
「俺らの使っている技術ってぇのあるだろう。立体映像浮かび上がらせたり、転送したりよう。」
「あぁ。」
「あれらは俺ら、人間の技術じゃあねぇの。オーパーツって奴?」
「へぇ。」
「驚かねぇのか。まぁ、いい。それが化け物を生み出す要因にもなっているのよ。」
「つまり?」
「化け物が持続的に出現する装置がある。それを破壊する。そうすれば、俺たちはこの世界のヒーローさ。」
「で。」
「おぅ。本音はよぅ。その技術の独占と解析。それとこの世界に眠る資源の確保が狙いなのよ。」
「で、いろいろな世界の住人が我先に奪い合っていたが、予想以上に化け物が多くて強くて、これはみんなで頑張ろうってことか。」
「カカカッ!その通り。馬鹿な話だぜぇ。だがよ。それほど切羽詰まっている世界があるのよ。」
「あんたの世界も?」
「俺の世界は、もう半分が暴君ってぇ名前の嵐に飲まれてよ。おめぇさんの地球のところ、北半球が消滅しているようなもんだぜ?」
「それでよく、その星で生活できるな。」
「回ってはいるんだぜ?」
「マジ?」
「おうよ。だからよ。嵐に入る時期には地下に入るのさ。嵐自体は数百年かけて徐々に大きくなったようでよ。人間様もきちんと対策練っていたってわけよ。今じゃ、隣の惑星への移民も始まっているが。」
「資源不足か。」
「お偉いさんの意地汚い独占欲も絡んで、人間様はてめぇでてめぇの首を絞めているのよ。」
「それで、僅かな良心を持つ者たちが動き出したと。」
「簡単にいえばそうなるがなぁ。」
「何?」
「俺らの世界を管理する団体がまたいるのよ。カズ、アンタの世界も管理されてたんだぜぇ?」
「へぇ。」
「もう少し興味しめそうぜぇ?」
「何故、アンタがそれを知っているんだ?」
「それは、俺がここの責任者グループの一員だからだろうが。最初に言っただろう?」
「あぁ、勧誘と教育係も上層部に入るのか。」
「共有化はきちんと出来てんのよ。上層部の中の末端でもなぁ。」
「それを下層部の末端である俺にいってもいいのか?」
「いいわけねぇが。上もカズには注目しててな。」
「落第生でも切り捨てられないのか?」
「ク、クヘ、カカカッ!皮かぶっている奴には興味が湧くもんだぜ?」
「過大評価も過小評価も組織を壊す要因になるぞ。」
「判っているがよ。カズには当てはまらねぇよ。」
「それは、どうも。」
「カカカッ!おい。そういえば武器配給に関してカズにはもう少し選定が遅れるらしいぞ。本題はこっちだった。」
「そうか。訓練用の武具でも十分だったがな。」
「防具も武器も市販買っても、支給使っても、自作してもいいぜ?ただ、こっちから選定されて配給される武器は絶対に装備する事が義務だぜ?どんな武器でもな。」
「一番厄介だな。」
「カカカッ!まぁそういうな。この世界には俺のいた世界以上に発達した科学力もっている所でも解明できない魔力ってぇものがあるらしいからな。」
「答えは出るが式が書けないもんだろう。」
「そういうこって。まぁ、伝えたぜ!じゃあな。」
伝えるなら通信機使えばいいのに。藤堂は苦笑いを浮かべた。飄々としたおっさんだが、藤堂にはいろいろ良くしていた。理由は話の中にあったことに関係するだろう。藤堂は別段気にする事はなかった。慣れている。その一言。
*****
喧騒が辺りを包みこんでいた。
藤堂の辺りを。
また藤堂もその渦中に居る。
叫び声、雄たけび、金属音、悲鳴、銃声、怒号、地を駆ける音。大地を揺るがす跋扈の音。
目の前に居るは巨像。
藤堂は見上げていた。
大きい。
どれほどだろうか。
数mだろうか。
上に乗ったら気持ちよさそうだ。
背中や頭には毛があるのが見える。
掴めば昇っていける。
堅そうだな。
そんな事を漠然と考えていた。
四本の足が大地を揺らす。
下半身と呼べばいいのだろうか。
馬とも獅子ともとれる下半身。
前足の上には人型の上半身が二つ。
蛇の顔に山羊の顔を持ち、共に片方の剛腕に大きな斧を握っている。
相変わらず、馬鹿げた光景だ。
そう思いつつも横から飛びかかってきた虫のような物体を避ける。
振り向いて再び飛びかかってくるが、握る手槍で突き刺し殺す。
灰色の体毛を全身に生やし、金色に輝く小さな羽根を持つ複眼を持ち、チューブのような口と触覚を引きつかせる不気味な虫。
詳しい名前は知らないが皆がハエと呼んでいたのを思い出す。
そういえばハエもこんなような顔だったな。
そんな事を考えて、群がるハエを駆逐する。
どうやら、あのケンタウロスもどきの毛を拠り所にしているようだ。
無数のハエがケンタウロスもどきから飛び立ち、襲いかかってきている。
地上には小さいケンタウロスもどきが無数に周りの人間を駆逐するべく襲いかかってきている。
故の喧騒。
でかいやつ。
藤堂はそれを親と呼称することに決めた。
親を倒さねば子やハエは止まる事はないだろうし、もともと奴らもこちらの駆逐が目的だろう。
手槍を振り回しながらハエを追い払う。
煙草を胸ポケットから取り出し火を灯す。
親をやれば、相手の士気も挫かれるか。
否か。
いや。
ハエは確実に減るのではないか。
そう藤堂は考えた。
子に関しては、難しい。
相手が哺乳類とか爬虫類とかわけのわからない生物だからだが。
確か、研究だと卵による孵化だったような。
藤堂は頭を振った。
別段興味のないことにそこまで頭を捻る事もないだろうと思っていた。
座学など面白くもない事ばかりで対して聞いていなかったのだから。
「おい!藤堂てめぇ戦えよ!」
男の叫び声が響いた。
「戦っているだろう。見てくれ。」
「てめぇ!振り回しているだけじゃねぇか!」
スキンヘッドが叫ぶ
「騒ぐな。敵のタウントがこっちに向く。」
「んなこと知るか!てめぇがふ抜けているのが気にくわねぇんだよ!」
「お前は本当お節介だな。」
「アァ!?」
「ほれ。後ろ。」
「グッ!アァッ!!」
スキンヘッドの後ろから子が斧を振り切った。
それを手に握る剣で受け止めたが、手はひとつではない。
もう一方の斧の攻撃にスキンヘッドの胴が宙に舞う。
藤堂はため息をする。
助ける事など考えもしなかった。
スキンヘッドの力量が藤堂の考えるものより数段下だったのだ。
まだまだ俺も甘いな。
そんなことを考えていた。
混戦の中で会話する余裕のある奴は実力者だと藤堂の実体験から学んでいたのだが、例外も居るのだという事を今回実体験した。
そんな事を考えながらも子が藤堂に襲いかかる。
人間よりも大きい背丈は2mほどあるが、全長は判らない。
馬ほどはあるだろうか。
そう思いながら、藤堂は斧の攻撃をしゃがんで避けるとともに、手槍で前足を傷つける。
関節を傷つけられて前足で踏ん張る事が出来ずに前に倒れこむ子に藤堂は槍の刃を突き刺す。
叫び声の後、動かなくなる子。
それを一瞥しながらもそこを離れた。
いや、藤堂は全力で横に跳んだ。
次の瞬間、今までいた子と大地は消え去り、ぎらつく銀色の巨大な刃がそこには聳え立っていた。
藤堂の周囲に居た人間が肉片となっている事から、巻き込まれたのだろう。
親が、藤堂を見ていた。
蛇も山羊も。藤堂は笑みを浮かべる。
嬉しいね。
そう呟いた。
蟻みたいな生物の集まりの中で、藤堂という一個体に親は憤怒していたのだろうか。それとも、興味を持ったのだろうか。
たまたま視界に入り、子がやられていたので殺そうと思ったのか。
様々な推論がたつが、そんなことは藤堂にとってどうでも良い事であった。
「さて、初の実戦訓練だ。フラガラッハだっけ?動けよ。」
藤堂はそういいながら右手を開いた。
瞬間、握る。
そこには黒い刀が現れていた。
光る事さえすることのない。
純粋な黒がそこにはあった。
「調子いいな。やはり刀に具現化させて正解だったな。」
イメージがしやすい。
そう呟く藤堂の目の前にあった斧がゆっくりと持ちあがった。
そこには刃の形をした穴がぽっかりと痕をつけている。
「斬り裂け。フラガ。」
そう言うと、藤堂は刀を投げる。
一直線に蛇の顔目がけ飛ぶ。
そしてそれを見ていた者たちは疑問に思う。
投げた事はまぁいい。
だが、何故。勢いが死なずに突き進むのか。
誰にも理解できなかった。
そして山羊の斧が刀に迫る。
瞬間、刀は軌道を変えた。
まるで意思を持っているかのように。
親は身体を揺する。
すると、ハエが無数に飛び立ち、刀に襲いかかる。
しかし、刀は誰かに握られているかのように、優雅な剣劇の舞を踊る。
それを眺める事もせず、藤堂は駆けた。
人の横を抜け、子を踏み台にハエを避け。
親へ突き進む。
それに気付いた親は蛇の斧を振り下ろす。
藤堂は横に跳び、それを回避すると持ちあがる前に斧へ飛び乗り、腕を駆けた。
親は腕を振るう。
振り落とされそうになる藤堂は左手を開いた。
そして、また新たな黒い刀を取り出す。
「一本だけだとは限らないだろう?」
不敵。
親の腕に突き刺し、安定させ、また駆ける。
ハエが藤堂の行く手を阻もうとするが舞う刀がそれを阻止する。
そして蛇も山羊も藤堂を見た。
肩に飛び乗る藤堂。
その時に、蛇は口をあけた。
喉に通ずる闇とは別にそれより格段に小さな穴が見えた。
そして藤堂は慌てて親の背中の方へ逃げる。
藤堂の居た所を何かが通り過ぎたとともに、何かの液体が蒸発しながらも大地に降り注ごうとしていた。
みるみる蒸発していくが、数滴が大地に、下で戦っていた子やハエ、人間に当たった瞬間に溶けて液状化してしまった。
大地もその例外ではなく、液状化し、決して小さくない水たまりが完成していた。
それを見ながらも藤堂は刀を背中に突き刺す。
「貫け。」
その言葉の刹那。
親は悲鳴をあげ、身体を揺らした。
そして蛇の身体の右胸から小さな黒い刃が顔を見せる。
もがいているように身体を揺らす親。構わず藤堂は刀を握り、背中に足を着け、刀を押し上げながら引き抜いていく。
叫び声が大きくなると同時に刀も次第に短く元に戻っていくように身体から見えなくなったが、藤堂は感触で中を裂いているのを実感していた。
その間、藤堂に迫るハエは悉く、舞い踊るもう一本の刀に駆逐されていく。
やがて、蛇の肩まで斬り裂き、藤堂は落下する。
すぐさま、元の長さに刀を戻し、突き刺す。蛇は悲鳴を上げ続ける。
「煩い、爬虫類。」
顰め面を見せつつ、刀を抜き落下する。
このまま斬り裂き、終わりにするつもりだろう。
だが、下半身部分の背上に変化が見える。
毛が鋭利になっていく。
それと同時に鋭利な刃物になっていく毛が伸び、藤堂に殺到した。
笑みを浮かべる藤堂はそのまま左手の刀を差しだし、伸ばす。
凶器が殺到するが、黒き刃を止める事は叶わなかった。
山羊の絶叫が轟き、崩れ落ちる巨体を人間たちはただ茫然と眺め。
子達はは何処かへ逃げ去っていく。
小さく呻き声をあげる山羊の顔が飛び、大地をどす黒く染め上げた時、誰かの豪雨の中にいるような声の中、地震のような大地に足をつけ、藤堂は笑みを浮かべた。
***
今日も生き延びた。
その事を感謝するような熱気があった。
その中の中心に向かうようにある男に視線が集まっては消えていく。
藤堂を見る目は好奇もあれば侮蔑もあった。
すごい力を持っていた男。
何故その力を持ちながら今まで使わなかったのか。
それに加えて、藤堂がもしもっと早くその力を使っていれば仲間が死なずにすんだ。
そんな他人任せによる怒気。
藤堂はイラつくこともせずに平然と受け流す。
そんなことに構っていられるほど藤堂は善人でも狂人でもなかった。
敵の攻勢は退けた。
敵の親も殺した。
故の報復。
そして二次攻勢。
こちらの戦力は未だに健在ではあるが、使えないルーキーに少々のベテラン。
数合わせでしかない。
藤堂はそんなことを考えていた。
今の戦場で一年以上生き延びている者は自身を合わせて18名だった。
今回の戦闘に参加したのは500名。
生存者負傷者合わせて382名。
死者行方不明者が118名。
少ない被害で大方駆逐したとでも思っている輩が殆どだろう。
そんな考えを巡らせていると大きな声が響き渡る。
注目。
そんな声だった。
皆が見上げた。
するとそこには一人の男が映像として映っていた。
仕組みはよくわからないが、良く使われる通信方法の一つだった。
<これより、お前達は攻勢に打って出てもらう。目的は敵要塞の殲滅。>
「ふざけんじゃねぇぞ!」
「敵が退いたんだぞ!行きたいならお前がいけよ!」
「指図ばっかしてんじゃねぇ!」
<これより、転送を始める。既に航空部隊が転送装置を持って要塞上空より投下した!>
「はぁ?」
「おい!ふざけんじゃねぇぞ!」
「敵陣の真っただ中に行けって事かよ!!」
「おい!!」
<諸君らの戦闘とこれまでの訓練を見させてもらっている。諸君らならば可能だ。健闘を祈る。>
「アァ!クソッ!」
「始まりやがった!!」
転送と呼ばれる現象が起こる。
人々の周りに鏡が現れ、目の前の人間を吸いこんでいく。
この時、藤堂含め、動くは出来ない。
強制力を持った力が働いているのだ。
藤堂はため息をつきながら、光景が変わるのを待った。
光を抜けるとそこは城壁に囲まれた場所であり、既に戦闘が起こっていた。
訓練場なのだろうか。
見通しの良い場所だった。
「がぁぁ!」
「クソ野郎が!!」
藤堂は適当にぶらつく。
敵は人型。
豚の容姿に爬虫類のような鱗の身体。
後ろには棘のようなものと小さい尻尾が垂れている。
手には、剣や槍を持って、藤堂達を攻撃していきていた。
味方の腕が藤堂の目の前に落ちてくる。
足をとめた瞬間目の前に豚の頭が飛んで行った。
腕をまたぎ、刀を抜く。
目の前に、豚が三頭剣を持って襲いかかってきた。
「斬り裂け。」
そういうと、藤堂の手を離れて三頭へ刃を振り下ろすフラガラッハ。
それを見ながらもこれ以上、敵がこちらに来ない事を願いつつ、戦場を見回す。
銃を持っている奴は早々に捨てて、近接武器による攻撃になっている。
鉛玉程度では無理だと見切りをつけるのは良いことだな。
光学兵器は上位階級者が使う。
使い勝手は悪いから使っている人も少ない。
乱戦だ。
同士討ちが起こる。
目の前でそれが起こっている。
こればかりは藤堂でもどうしようもない。
事故として受け入れるなんて事はしない。
撃った奴を殺すまで死なないように努力するだけだ。
そんなことを思いながらも要塞内部へ進むべく、進入口を探す。
続々と集結する敵ではあるが、無尽蔵というわけではないだろう。
内部に行って親玉とか殺せば逃走する。
敵もコミュニティを形成し、コロニーと呼ばれる縄張りを持つ者が多い。
この敵もそうだろと考える藤堂。
連携攻撃は雑ながらも繰り出す。
だが、解せない事があった。
知能を持ってはいるが、本能が強いのは一目でわかる。
殺した奴を捕食するし、女を見れば欲情している。
殺された女は死姦されている。
その行為中に殺される馬鹿どもだ。
藤堂は反吐が出そうになる、おめでたい本能をひけらかす豚どもに。
だが、これならば適当に戦っても勝てる相手。
一応、こっちの味方も訓練を受けている奴が最低条件で投入されているのだ。
違和感はそんなことではない。
こんな豚に、この要塞が作れるわけがなかった。
建物に近づく。
要塞というよりも平原にぽつりと佇む古城のような印象さえうける。
石に触れてみる。
その瞬間、藤堂は目を見開く。
と、同時に笑みを浮かべる。
そして冷や汗も。
「生きている。」
この城壁も、この建物も。
豚が藤堂に襲いかかるが、舞うフラガラッハがそれらを駆逐する。
これは一体、なんだ?
藤堂は思う。
非日常の中にあった非日常を今、目の当たりにしている。
脈打つ壁。
まぎれもない事実が感触をもって目の前にあった。
好奇心に突き動かされる。
藤堂は、進入口となりうるであろう、通路を見る。
今では出てくる敵が少ない。
藤堂は歩を進めた。
進みながら、男が言っていた事に合点がいった。
敵要塞の殲滅。
敵要塞に居る敵の殲滅も、敵要塞の占領とも。言っていない。
ただ、敵要塞の殲滅と言ったのだ。
それに気付き、藤堂は声を出して笑った。
心底面白い。
素直にそう思った。
敵は既に建物内に居なかった。
そして気配の赴くままに進んだ。
フラガラッハに導かれるようにとも言うのか。
藤堂は腰に垂れる二つの鞘を見つめる。
敵が居なければ舞はしない。
今の気配に飛んでいく事もできるだろうが、それでは面白くもなかった。
その気配は動く事もせず、だが、無数に。
そして、故意に出す殺気が二つ。
何故、気配を知ることができるか。
それはフラガラッハの力としか言いようがなかった。
藤堂自身、突然身に付いた能力を己だけの力とは思わないし、そんな馬鹿ではない。
***
何故。
でしょうかね。
私自身も最初は不思議でした。
何故、彼のような怠惰な者にフラガラッハという呪われた物を授けたのか。
初対面で口説かれて面を食らい、度重なる破廉恥な行いに何度彼の顔を叩いた事か。
ですが、それが彼の私に対する交流方法だったのでしょう。
今にして考えれば、本当に嫌がられるうような事をされた記憶はありません。
頭を撫でてもらい、背中を押してもらい、ふふ、お尻を触れたりもしましたね。
でも、優しく抱きしめて、一緒に泣いてくれた。
思うのですよ。
恥ずかしいですけど、私はあの人を好いていたんです。
今でもその気持ちは変わりませんが、今は今で、愛する人が居ますから。
この事は主人には秘密にしてください。
昔の恋人でもない人にずっと恋焦がれていたなんて知れたら、今の主人はとても臆病で、とても私を愛してくれているのです。
それこそ、どうなることか。
あ、すみません。
このような事を聞きたくはありませんよね。
え?
ふふ、ありがとうございます。
こんなおばさんにそんな事を言ってくれるなんて。
でも、今でも不思議。
そうです。
あのフラガラッハは契約者を選ぶのです。
私たちが管理していているものの多くは私達が適正者を見つけて付与するのですが、フラガラッハ含め5種は適正者を殺した事例があり、警戒されていた代物でした。
彼は、適正者ですら無かったのですから。
それでも、私は彼に付与しました。
そして、目の前で彼はフラガラッハの刃に心臓を貫かれた。
悲鳴すらも出ませんでした。
何が起こったのかすらしばらくは理解することさえ出来なかったのです。
どれほどの時間がたった頃だったのでしょうか。
一分か、十分か。
それほどまでに時間の流れを感じられなかったのです。
あの場所。
そんな時に、声が響いたのです。
笑い声。
それが彼の口から出ているものだと気づくのも遅かったのですが、何より、彼の声質ではなかったのです。
あれは、フラガラッハ自身だったのでしょう。
そして、あの笑みの後、ゆっくりと起き上った彼は、私を見て、気を失ったのです。
その後は何時もの彼でした。
それが始まりです。
彼が双剣の黒騎士と呼ばれ始めた原点。
そして、全ての本当の意味での始まりだったのでしょう。
****
フラガラッハ。
ケルト神話に登場する剣の名称。
意思を持つかのように鞘から独りでに出て所持者の手に収まる。
また剣を投げれば一人でに敵へと斬りかかる。
元々は十字の剣であったそれを藤堂は契約した際、制約を掲げ、それに誓約し、成約した。
夢想における形状変化。
これにより、フラガラッハは刀、両刃剣、斧、槍、鎌。といった武器。
または全身を覆う鎧になることが可能になっている。
故の契約。
代償は命と世界の一部であった。
世界の一部とは自然であり、理。
藤堂の魂を喰らった後、藤堂はフラガラッハとなる。
理から外れ、除外者となる。
それが、契約。
それが藤堂とフラガラッハを繋ぎ止める鎖。
藤堂は鞘を眺めた。
腰に何時も下げている紛い物。
それは贋作であり、本物である。
アンサラー。
藤堂はフラガラッハであり、アンサラーである剣の一部を腰に携え、もう一つを意思によって発現させる事にしていた。
一本しか下げていないのなら、その一本に敵は集中する。
元から一本しかないのだから。
ナイフや暗殺用具に警戒されるかもしれない。
ナイフを所持してはいるが、それを考え出したらキリがないのも事実である。
敵も恐らくそうである。
故に一番の得物に注意が行く。
それが盲点。
たとえ、予期せぬ攻撃に対応できる柔軟性を持つ敵でも、もう一本、集中している得物と同等のものが虚空から出てくるなど予期できないだろう。
対応したとしてもそれは思考という事前行動によって身体の反応が遅れる。
それが致命的になり相手を死に至らしめるのだ。
藤堂は眼前に伏せる者たちを見やった。
まさにそうした致命的な行動をし、斬り伏せられていった者たちの亡骸。
フラガラッハは呪いの刃。
傷の治りが遅く、完治しないことが珍しくはない。
治癒の魔法による持続的な治療が必要になるほどの協力な呪い。
化け物に対してそれは顕著に体現する。
再生機能を持つ化け物にはまさに天敵であった。
そして、倒れている人型はまさにその天敵に捕食された化け物であった。
気配はまだ近くにあった。
だが、藤堂を襲う気配はない。
いや、殺気が霧散し、気配も時期に消えた。
逃走したか。
藤堂はそう考えるとともに、まだ僅かに息をしているモノを眺めた。
子供だ。
何処からどうみても子供。
身長は藤堂の腰あたりだったし、声質も幼い。
声変りもまだだったような子供。
藤堂は辺りを見回す。
近くにこの子の親が死んでいた。
この村に来て、出迎えてくれた人々の死体が村の通りに、軒先に、散らばっていた。
この世界では何時もの事。
何処かで化け物に襲われて、村が滅ぶ。
生き延びた物は城壁のある村や町に行き、浮浪者になるか、犯罪者になるか、施設に入り、徒弟となり、職人になるか。
定職を見つけ、ひっそりと暮らす。
それが日常。
それがこの世界での日常。
死が何時も自分の周りを跋扈する。
何時でも、肩を叩かれ連れて行かれる。
順番、気まぐれ、運命。
どんな言葉を投げかけても、それは一言。
理不尽で事が済む。
子供は突然、異形になった。
理由は二つ。
元々化け物の血を受け継ぐ家系だった。
もうひとつは化け物が子供に化けて生活していたか。
恐らく後者だろう。
藤堂は歩く。
家族が暮らしていた家へ入る。
薄暗く、埃っぽい室内でありながら、夕食の準備が行われていた事を物語る光景が広がっていた。
火を消して、火事の危険性を除く。
他の民家もするべきだろうな。
村としての機能はまだ出来る。
人が居なくなっただけだ。
家畜もだが、家畜も人も連れてくれば勝手に生活する。
この村もまた、そうなるだろう。
藤堂は一軒一軒、多くも少なくもない民家の火を消していった。
明日になれば死体回収も検分も始まるだろう。
それまで藤堂は一人、この村の最後の夜を過ごす事になる。
敵はもう襲ってはこないだろう。
化け物どもはそういう所はとても感心できるものだった。
相手の力量を知ると態勢を整えるために退く。
そして、徒党を組むなり、有利な地形におびき出すなりして再度戦うのだ。
同じように突っ込んで返り討ちにあう馬鹿の方が圧倒的に多い。
しかし、知能を有する化け物もまた居る事を藤堂は知っていた。
先週だっただろうか。
藤堂は煙草を取り出すとため息をついた。
残りが3本だった。
この村に紙煙草はない。
我慢するか。という呟きとともに、火を灯す。
藤堂はチームに入ってはいない。
単独行動。
依頼を受けると行動する事にしていた。
金のない殺しは苦手だった。
日常の中で殺しをしたことが圧倒的に少なかった。
その殺しに金のない殺しは無かった。
元々、俺は探偵稼業だったんだがな。
藤堂はそう考えて苦笑いを浮かべる。
適当な家に寝床を確保し椅子に座りガラスもない。
ただ、穴をあけただけの窓から闇夜になるのをじっと見つめていた。
他の連中はチームを組んでいる。
群れて、みんなで手を取り、頑張っている。
それを貶すわけでも否定するわけでもない。
ただ、藤堂には苦手だった。
外面上の付き合いはできるしやっている。
女に対して、それはもう過剰になることもあったが。
とにかく、藤堂は群れるのが苦手だった。
かつて群れていた自分の影を見つけてしまう。
それを知っているから。
その群れが襲われ、全滅している。
報告によれば68名の人間が殺され、喰われたようだ。
上からの指示で俺も単独行動をとるなと命令が来たが、どうでもよかった。
チームを組もうが死ぬ奴は死ぬ。
それが俺の責任にされるのが気に食わない。
藤堂は一年間の訓練研修期間を修了している。
故に、階級性的に、上に立つ者に命じられる事が多い。
藤堂と同期だったものは213名。
藤堂と同期に勧誘され、殺されずに非日常へと来たのが213名。
そのうち生きている奴は3名。
たったの3名。
他の200名は皆死んだ。
日常に恐れ、壊れ、逃走した奴も含まれているから全員が死んだ事にはならないだろう。
それでも、3名しか生き残らなかった事になる。
死は何時も身近にあった。
藤堂は責任を負わされるのを嫌がる。
実体験からそれを学んでいるからだ。
フラガラッハと契約した藤堂に一目を置いた上層部は事あるごとに、責任を押し付けてきた。
藤堂自身に降りかかる責任ならいいが、他者の責任を負うのは嫌だった。
その理由。
その理由によって、藤堂は単独で行動し、この村の惨状に出会った。
恐らく、他チームが死んだのもこの地域。
詳しい情報を仕入れていなかった藤堂ではあったが、確信を得ていた。
あの子供のほかに気配を消した奴も同じく。
そう、再生機能を有する個体だろう。
ならば、藤堂のフラガラッハや焼き払うなどいった高火力が必要になってくる。
再生機能について、藤堂はどの程度かフラガラッハのために調べる事はできなかった。
フラガラッハの弱点かどうかは判らないが、意図せず、傷つけた人に対しても呪いは容赦なく襲いかかる。
己も例外ではないのだ。
藤堂はためしに指の先を傷つけたのが、契約してすぐの事で二か月前になるが、いまだに完治していない。
フラガラッハの気配からするにこれでも契約者だから完治することは可能らしいが。
それでも㎜単位で、そう紙で指を切ったよりももっと丁寧にかつ慎重に傷つけたのにもかかわらず。
いまだに手を動かせば血は薄く滲むのだ。
細胞組織が完全に死んだのなら完治はしないのだろう。
しかし、徐々に回復しているのなら恐らくは本当に呪いなのだろう。
つまるところ、人間の再生能力ではどうしようもないほどの強力な抑止力が傷口に作用しているということだ。
藤堂はその傷を包む絆創膏を撫でる。
紫煙を吐き出す。
敵は、5人。全員が子供。
内二人は藤堂が先ほど斬り殺した。
後の三人は逃走。
もうここには戻ってこないだろう。
人間の言語を喋るのだから、相当な知能を持っているはずだ。
慣習によって覚えていくのでなく、学ぶ意思を持った知能だろう。
でなければ人間に化けて生活なぞ不可能だ。藤堂はそう結論づけた。
***
藤堂和仁。31歳。男。身長177cm。体重73kg。視力両目1.5。基礎訓練実技能力総評6/10。基礎訓練座学能力総評3/10。得意実技。無。得意座学。無。備考。どれをとってもやる気にかけ、連帯感を得る事を嫌う傾向が非常に高い。口答えや喧嘩の騒動になる事はない。イジメなどの経験を含むが今は落ち着く。比較的、年齢の高い分類に入るが、リーダーシップの要素は皆無。訓練時に垣間見る肉体動作は目を見張るものがある。この事から、藤堂自身が己の力量を隠し、生活している事が推察される。訓練時間外にて、個人鍛錬の形跡あり。観察対象指定CよりBに移行することを進言。一年間の訓練期間修了。特攻科部隊配属。フラガラッハとの契約、順調。経過観察持続。警戒レベル維持。今後の目的に介入する可能性中。要警戒。それに伴う、計画の加筆修正を進言。
これを長編にするなら、主人公最強?っぽい作品になりそうですね。まぁ、設定も何もなしに書いたものなので。今後、書くかどうか。