86プレイ目 アンセム
「ランクSSの『神の匠』とか、先に言っておけようー!!」
椛の心からの叫びに、商業組合のゴージャス系美女は目を金貨にしてギラギラするだけだ。
領主に枇杷を届けるだけの簡単なクエストのはずが、秘書官に教えられた場所に行ったら工房区にしてはやたら大きな屋敷があって、離れに工房が作られていた。
そういえば有名人がどうこう言ってたな、紹介してもらわないと会えない大物っぽいぞ、とさすがの椛も悟ったものだ。
しかし一見さんお断りの場所は他にもけっこうあるので、そんなに気にしなかった。
さすが領主様の紹介だ、でも頼闇に紹介するのは無理そう。
とか呑気に考えていたら、生産職の中では世界に10人しかいないランクSSのカタナ鍛冶で『神の匠』という銘で呼ばれる、とんでもない人が出て来てしまったのだ。
本人は何も言わなかったが、お茶を出してくれた奥様が「あなた、もしかして」と残念な子を見る目で説明してくれたのである。
移住者にそういうこの世界の常識を求めないでー!と叫びたかった。
秘書官の渋々の顔の意味にようやく気付いたのだった。
椛が真っ白になっている間に玄幽が「ガウガウ」と何か主張し、『神の匠』が何かの琴線に触れたらしく「よし、作ってやろう」と話がまとまっていた。
側で聞いていたのに何が起きたのか全く分からないままだ。
あとは屋敷にあった神の作品を鑑賞させてもらって帰って来ただけである。
「お屋敷に保管されている作品が!いかがでしたか!?売り出すご予定などは!?」
「素人がスゲーってアホ面さらして見物させてもらっただけだよ」
「もったいない!」
「まったくだよ!」
鑑定するのも怖くて、文字通り鑑賞しただけである。
玄幽は気に入った物があったらしく、こういうの!と無遠慮に訴えていたが。
何故か孫のおねだりを聞く祖父みたいな顔で「なるほどなるほど」とうなづく『神の匠』がいたものだ。
「それで、ちゃんと『神の匠』について聞いておこうと思って」
「そうですね。ランクSSと言っても生産職はいくつもありますから、鍛冶師という括りでしたら世界一と言っても過言ではありませんよ」
「なんでアンセムにそんなすごい御方がいるの…」
「生まれ故郷なのだそうです」
聖女ともどもアンセム出身者がただ者ではなさすぎる。
「カタナに特化なさっていらっしゃいますが、それ以外の作品も御座いますね。あまり知られてはおりませんが」
「そうなんだー」
それを聞いても双剣も作って欲しいなんて考えは浮かばなかった。
「最近ではオークション以外では手に入らないと言われております。注文に来られる方は少なくないのですが、基本的に門前払いですから」
「領主様のコネがすごかったのか」
「断れない筋のお一人ではあると思われますが、お気に召さなかったら叩き出されることでも有名ですので」
それが許されるランクSS様なのである。
なんで玄幽が気に入られたのか分からない。
「つまり、人間でもない召喚獣にそんなスゲー物を使わせてるってバレたら、どうなるの?」
「…お客様の情報を無断で売ったりしませんよ」
「どうなるの?」
受付嬢は作り笑いでごまかして答えることはなかった。
言えないようなことになるってことだった。
やっと教官の指導を受けられる日、椛は自分の双剣ではなく玄幽と一緒にカタナの基礎を教わった。
自分でも玄幽を鍛えるためには、基本的なことは学んでおきたかった。
最初は教官に教わるのを嫌がった玄幽だが、あっさりと負かされたら大人しくなった。
自分より強い相手には従うらしい。
「そういえば契約する時にタイマンしたっけ」
「ガウ」
比較的従順だったのはそれが理由だったのかもしれない。
賢翼の好感度のほうが低い気がしたのも、サンダー・エレメントに頼ったせいかもしれない。
でも頼らずに勝つヴィジョンは今もないので、考えるだけ無駄だろう。
ついでに椛も教官にあっさり負けているので、玄幽は椛より教官に懐いてしまった気がする。
仕方がないことだった。
たっぷり3時間ほど指導を受けて、椛と玄幽が疲れて訓練所の端で少し休ませてもらっていると、カタナの教官が尋ねて来た。
「幻の枇杷を発見したのは君だそうだね」
「そうッスねー」
「移住者の一部が好んで枇杷の木参りをしているらしいが、何か意味があるのだろうか」
「…えーと、気配察知とか気配遮断とかのスキルが育ちやすいので。あとレベル90のすごい魔物を見てみたい的な」
スニークミッションで遊んでる、とは説明しにくい。
あとそれ、たぶん全員クランのメンバーとも言いにくい。
「斥候以外はなかなか育たないスキルだね。往路は一度も魔物と戦わずに着いたとも聞いたし、行ってみようかな」
「レベル90くらいあるなら誰も止めないでしょうねー」
移住者はともかく、NPCたちは最低限の安全ラインを保って欲しいものだ。
椛に言えたことではないので黙っていたが。
訓練所をあとにして、椛と玄幽が向かったのは商店街である。
果物を扱う八百屋では枇杷などの入荷予定などが貼り紙してあったり、数量限定の新メニューを宣伝している菓子屋があった。
もちろん果樹園からもたらされ始めた果物の話である。
やがて安定供給される目処が立っているためか、ぼったくり価格は見当たらない。品薄なので少し高め程度のようだ。
商業組合がぼったくりでもする気かと思っていたが、そんなことはなかったらしい。
「あれはなんだったのかな。儲け話を嗅ぎつけてギラついてたのに」
「そりゃあ冒険者でもなくても手に入れやすい苗なんかを、組合を通して仕入れてさらに発展させるとかだろ。たぶん」
焼き芋の補充に来て、さっそく買ったものを玄幽と食べながら焼き芋屋のおじさんと話す。
玄幽も「疲れた時は甘い焼き芋だよな」という様子で美味しそうに食べている。
「梨の木の苗は、買えるものなのかな」
「現地の商業組合なら扱ってるはずだぞ。ここの組合ならさつま芋の苗が買えるからな」
農家の人たちはそうやって仕入れて育てているそうだ。
言われてみれば農家プレイヤーだって同じはずである。農業組合などに細分化していないが、生産職は商業組合に登録しているものらしいのだ。
荒野のゼロイスには商業組合のテントはなかったが、儲けにならないと判断したに違いない。
「梨と言えば、朽梨は天然ものより甘さが薄くなったけど、だからこそ生でそのまま食べやすくなったって言ってた」
「買えたのか!?」
「1個あげる」
焼き芋屋のおじさんは「代わりに焼き芋を持ってけ」と余分に焼きながら、朽梨の味見をして「甘い、でも梨の味だし美味い」と気にいったようだ。
玄幽もこれなら食べられると完食していたくらいである。
「他にも天然ものと味が変わる果物ってあるらしいよ。ブローゼストの南国フルーツに有名なのがあるとかなんとか」
「なんとかリンゴとかオレンジだろ。聞いたことはある」
「現地に行ったのに気付かなかったなあ」
当分行きたくないので残念だ。
だが他の国ですでに果物の養殖みたいなことをしていたのに、広まらなかったのはゲーム的な都合だろうか。それともヒントだったのか。
「天然の木からドロップした苗と畑で育てた木の苗じゃ、さらに味が落ちるとも聞いたな。だから天然の苗が高額買い取りになってるとか」
「なるほどねー」
苦労して取りに行ったもののほうが価値がある、という設定を保ちたいのだろう。繰り返し取りに行かせるためというか。
「そうそう、だから天然もののフルーツはグルメオークションでも人気だって話だぜ」
「グルメの街のグルメオークション…」
行ってみたいし、何が出品されているのか見てみたい。
玄幽もグルメに反応していたが、王侯貴族だって招待されない限り入れないという噂である。
たぶん身分より金が重要だから。
世の中、金だ、という結論はいかがなものかとは思うが、金がないと出来ないことがあるのも確かなことだ。ゲームの中も同じという話だった。
味が落ちる=ランクが落ちるの意




