78プレイ目 アンセム
次のイベントの告知が来て、ハロウィンイベントとしか書いていないお知らせだったので、椛は「ふーん」くらいにしか思わなかった。
現実ではまだ話題になるほどの時期ではないし、詳細が発表されてからでいいだろう。
前回のイベントのせいで、盛り上がる気分にならなかった。
そんなことより今日こそ焼き芋だ!と玄幽とアンセムの街の屋台や露天の並ぶ通りに向かった。
タイミングが悪くて2連敗中だった。
「あ、おじさんいた!3度目の正直!」
「おう、久しぶりだな。何本だ?」
「しばらくはアンセムにいる予定だけど、50本で」
またすれ違いで買えない日があるだろう。
それでも数回に分けて仕入れようとは思った。
一度に100本200本は無理だから。
椛が来る前から焼いていたものがあるので、早速2本受け取って玄幽にも渡す。
「甘いけど美味しいよ。いらないならわたしが食べるし」
むしろ取り分が減るので気に入らないと良いなと思ったが、甘い菓子は食べないのに焼き芋は気に入ってしまったらしい。
これはいいものだ、と言いたげに頷きながら食べていた。
「そっちの兄さんは冒険者仲間か?」
「召喚獣だよ。見た目がヒューマンそっくりで間違われてばっかりだけど」
「…召喚獣?その兄さんが?」
「ガウ」
どの辺が?と言われても、召喚や送還でもして見せない限り区別がつかないだろう。
ガウとかガアしか言わないが、証拠とするには弱い。
焼き芋屋のおじさんは首を傾げていたが、そういう召喚獣もいるんだなあと引き下がった。
納得したというより、聞いても分からんと判断したようだ。
「そういえば、あの後お得意様が増えたんだよ」
「神官様?」
「そうそう。皆さんで食べて下さってるのか、一度にたくさん買って行ってくれるんだよな」
「病みつきになる美味しさだから仕方ないね」
椛なんて自分用なのにごっそり買い込んでいる。説得力しかない。
「聖女様も、もしかしたらって考えるだけでさ。こう、な?」
「焼き芋パーティの時に食べてらしたよ」
「…もっと早く言えよお!」
おじさんも聖女様のファンだか信者だったようで、悶えながらも喜んでいた。
一度でも召し上がって下さった!と天にも昇る気持ちらしい。
浮かれつつも芋を焼く手は緩めない。
だから椛も安心して話に付き合った。
玄幽は食べ終わったら飽きてうろうろしていたが。
椛がアンセムの街にいる間にやりたいことは、教官の指導を受けること、森の主と戦って夜香花で金策すること、焼き芋を買えるだけ買っておくこと、周辺の森やダンジョンで召喚獣たちの育成。
そして北の秘境の鳥羽口でスニークミッションをこなすことだ。
最後のひとつはもちろん椛が自主的に考えてやっているだけだ。ヤバいレベルの魔物がうろつく森で、気配を殺して採取をする。
危ないので召喚獣は連れて来ないし、1人のほうが動きやすい。
こういう潜入系のゲームもそれなりに好きだ。短気だから長続きしないが。
たまにやるから楽しいのである。
おかげで気配○○系のスキルのレベルが上がった。意識して使わないと上がりにくいスキル代表である。
「移住者じゃなかったら止めてるところだからな…」
「そうッスね」
「たまにいるんだよなあ、お前みたいなのが」
椛の所属するクランにいるのはだいたい同類なので、クランチャットにちょっと書き込んだら興味を示していたものだ。
冒険者組合の買い取り窓口のおっさんに小言をもらいながら、採取物と今日の獲物を解体して買い取ってもらった。
椛のレベルだと危ないだけで、もっと高レベルの冒険者なら採りにいける素材だ。あまり行く者はいないようだが、レアな素材でもないので値段はそこそこだ。
「うちの子、鶏はあんまり好きじゃないみたいでね」
「お前の騎獣はグルメだなあ」
「こいつは焼き鳥も食べるけど」
街に戻ったので召喚した玄幽を示す。焼き鳥が何か分かったようで、アレも美味かったとばかりに頷いていた。
すでに説明してあるので、おっさんは「その召喚獣もグルメだなあ」と呆れるだけだった。
「ところで教官殿たちと予定が合わなくて、なかなか指導を受けられない」
「なんか忙しいみたいだよな、衛兵隊」
「騎士団もうろついてるよね」
以前は街の中でほぼ見なかったので、まだ数日しか過ごしていない椛が何度も見かけるなんて異常である。
何かのイベントかなと検証クランには伝えたが、椛は他の人が解決してくれることを願うだけだ。
「盗難事件があったらしいよ」
買い取りも終わったのに誰も並んでないからと話していたら、カウンターの奥から出て来た魔術士系の中年男がそう言った。
「ギルマス」
「初めて見た、ここのギルマス」
「あまり外に出ないからねえ」
アンセムの冒険者組合のマスターは研究者タイプのようだ。
面倒そうにカウンターから出て、会議に行って来ると去って行った。どこからか呼び出しを受けたようだ。
「盗難事件っていうと、お金持ちが被害に遭ったのかな」
「騎士団が動くくらいだし、そうだろうな」
「執事のセバス様のいるお屋敷に盗みに入る度胸のある奴っているかな」
「度胸があるんじゃなくて頭が足りない馬鹿だろ、そいつは」
元ランクSといっても現役みたいな雰囲気の老人だった。あれを侮るのはただのアホだよなと椛も思う。
でも世の中には馬鹿もアホも案外たくさんいるものだ。
秘境に入り込んでいるアホ認定を受けている自覚のない椛は、そう思ったものだ。
アンセム以外の街でも盗難事件が起きていて、ハロウィンイベントの前振りではないかと推測されていた。
逆に闘技場のあるルルイエ島は事件が起きていないそうで、イベントの範囲外になる可能性がある。
全て推測に過ぎないが、イベントに参加できないのは嫌だと移動し始めるプレイヤーもいるそうだ。
「イベントを楽しみにしてる人も多いんだね…」
「盗難事件の時点で面白そうって思えないけどな…」
タグがアンセムに来ているが、こちらはスニークミッションをやってみたいと来ただけだ。
ルルイエ島だと地上に秘境並みの場所がなく、やるなら海底に行くしかない。
だが海底でスニークミッションとか難易度が高すぎるし暗すぎて気が滅入る。
アンセムの秘境は「こんなに近くて大丈夫なの?」と言いたくなるくらいご近所なので、何度かトライするなら遊びやすい立地になっていた。
ゼロイスから騎獣ですぐに来られるし。
今は椛とパン屋の前でのんびり焼き上がるのを待っているだけだが。
美味しいパン屋の話を聞いて来てみたら、次の焼き上がりが20分後だと言われたのだ。
「イベントはいいけど、そのせいで教官殿の指導が受けられないのもおかしいよね。あれ、チュートリアルの延長みたいな位置づけのクエストのはずなのに」
「店が全て開店休業になってただろ」
「う、忘れていたかった…」
バトルの指南クエストより店がほぼ使えなくなるほうが大打撃である。
それを実行する運営がマトモなはずがなかった。気付きたくない事実だった。
そんな話をして待っているうちに、パンの焼けるいい匂いが漂って来た。それまで大人しくしていた玄幽がそわそわし出して、ガアガアと店に入りたがっている。
「お店の人が奥からパンを持って来るまで買えないよ」
「ガウ…」
「けっこう話が通じるよな、召喚獣って」
タグが呆れたような感心したような顔で玄幽の様子を見ていた。待てができるので椛も助かっている。
「イベントが終わるまで教官殿が駄目なら、アルヴィーナ王国で幻獣を探そうかな。とりあえずフクロウとハムスターはレベル的に行けるはず」
「それは召喚士専用だっけ?」
「どっちも召喚士以外も契約できたって」
『召喚術入門』に載っているので、契約しやすい幻獣たちだ。フィールドの推奨レベルが50以上だったので、最近ようやく契約者が現れているのだ。
特に手のひらサイズだったハムスターは本の挿し絵より可愛いと人気である。
タグが「オレも契約しようかな」と悩みかけたところで店内から「お待たせー」と声をかけられたので、2人と1体はいそいそと店に入った。
いつの間にか並んでいた客たちも同じように入って、馴れた様子で買っていた。
何種類かあったので2個ずつ買って外に出る。
1番人気と噂のクロワッサンを最初に食べてみたのだが、玄幽があっと言う間に食べ終えてなんでもっと買わなかった!と怒っていた。
「上限いくつだったっけ」
「1人5個。あ、もう完売だ」
店員さんが完売の札を立てていた。もともと数が少ない商品なので、買えなくてがっかりしている客もいる。
でもせっかく待って1番に入ったのだから、上限まで買えば良かったなと椛も思った。
玄幽がまだ怒っているので、また今度買いに来るから!と約束することになった。
タグも「また来るぜ」とひそかに誓っていたものだ。
それだけ美味しいクロワッサンだった。




