75プレイ目 アンセム
アンセムの神殿で禊を終えた椛は、もういいだろうと判断して玄幽を召喚した。
神殿前広場から南東の商店街に入り、人目を避けて路地裏にいる。
ちょっと良い匂いがしているので、出て来て早々に玄幽がそちらに気をとられていた。
マミナスに立ち寄ったついでにダメ元で領主館に尋ねに行ったら、領主の代わりに執事が対応して教えてくれた。
夢幻たちは食事の必要はなく、趣味で食べているだけなのだと。
食べるという行為を教えなければ済むはずだが、森で果物などを食べてすでに知っている個体や、好奇心の強い個体は興味を示すらしい。
領主の契約しているアマゾネスメイド隊も、美味しい匂いを嗅ぎつけると食べたがるそうだ。
玄幽の場合も手遅れだった。
「これはスパイシーな匂いだけど、なんだっけかな」
「ガウ!」
食べたいというより食べることは決定事項で、行くぞと言っているように見えた。
椛も諦めて食べに行くことにする。
商店街を連れ歩かなければ済むのだが、何日も食べさせないでいたら好感度が下がりそうだし、必要経費だと思うしかない。
装備代もかかるし、やたらと金のかかる召喚獣だった。
匂いの正体はピリ辛肉野菜炒めで、胡椒や唐辛子などのスパイスが効いていた。
屋台ではなく食堂だったので、テーブルについて落ち着いて食べられた。
「このスープに入っているのは、まさか、ダンジョンのキノコ…?」
「初めて食べるのかい?安くて大きいからたくさん食べられるし、味もいいだろう」
すでに街の人たちはキノコパニックは過去の出来事として、ダンジョンのキノコも美味しく食べているようだ。
しかし悔しいことに、キノコは美味しかった。モキュっとした食感だが硬すぎず食べやすいし、スープ全体にキノコのエキスが浸透していて味わい深い。
玄幽も気に入ったようで、黙々と食べて飲んでいる。
「炒めものはパンに挟んでも美味しそう」
「挟むと水っぽくなっちまうよ」
「なるほど」
リアルでも料理などやりたくない派の椛は食べる立場としてしか考えないので、そんな結果は思いもしてなかった。
しかし肉野菜炒めを食べ終わる頃に皿に残った水分を見て、そういえばこういう料理はこうだったと気付く。
サンドイッチを適当に作って失敗する理由はコレなのか、と。
味は合うと思ったのに。
やりたくなくても必要に迫られて作ることもあるが、だいたい失敗するので余計に作りたくなくなるのだ。
そんな椛の料理のセンスはともかく、食べ終わったので「美味しかった、ごちそうさま」と告げて店を出た。
玄幽も機嫌良く「ガウ」と片手を挙げていたものだ。
そのままそぞろ歩き、屋台の並ぶ通りに向かう。こちらも食堂街とはまた違う、客を魅了して呼び込む匂いがしていた。
「こっちのはまた今度ね。しばらくこの街にいる予定だから」
「…ガウ」
「でも焼き芋は別腹なので!」
もうすっかり焼き芋の気分だったが、焼き芋の屋台はお休みだった。本業は農家なので。
崩れ落ちそうになったが、さすがに堪えた。
でもがっくりと肩を落とした椛に、玄幽が「元気出せ」というように背中を叩いて来たので、余計に切なくなったのだった。
玄幽は芸術の国ミュウテラで作ってもらった防具を装備している。
着物に合わせて和風のデザインを少し取り入れたもので、色合いも着物と同じ系統の暗色だ。
椛の防具と性能は全く同じなのに、デザインのおかげで高そうに見えた。
実際は和服を好むプレイヤーがたまに注文するから、こういうデザインもいくつかあるよと言ってお値段据え置きで作ってもらえたのに。
でも椛の服は既成品なのに玄幽は特注品だ。
そこもお金がかかってそうに見える原因だろう。
「わたしの服も頼めば良かったかな…」
果物を買って椛が玄幽に渡す姿から、椛を玄幽の従者だと勘違いされてしまったのだ。
ちょっとショックだった。
でも今の服は冒険者らしくて椛は気に入っている。冒険者らしい時点で高級感とは無縁だし。
派手で豪華な衣装など着たくないし。
「軍服バージョンはもっと主従っぽくなってただろうなあ…」
もちろん椛が従者である。解せぬ。
プレイヤーたちはゲーム内の服装は「そういうもの」と思っているから主従逆転していても気にしないだけだが、人間そっくりの召喚獣を連れ歩くとNPCたちに誤解される。
支障はなくてもイラッとするので何か対策をしたい所だ。
これが流星の従者扱いだったら椛は喜んでいたかもしれないが。
玄幽に召喚獣だと一目で分かる目印でも付けられれば…と悩みながら歩いて来たのは街の北東にある役所だった。
玄幽の件はともかく、レンタル畑に関する話を聞くなら役所に行けと言われたのだ。
レンタル畑をしている村に行けば詳しい事を教えてもらえるが、どこに村があるのか知らなかった。
そしてどこの村にどれだけの空きがあるとか、果樹を中心に頼むのならどこの村が最適かなどの情報は役所で管理しているそうだ。
椛が神殿で聖女様に果樹の苗を渡したのでそちらでもレンタルを始めるだろうし、確かめないことには契約も結べない。
玄幽はリンゴを食べて満足したのか大人しいので、そのまま役所に入った。
受付でレンタル畑について尋ねると「ああ、あなたが」と何故か納得された。
ちなみに役所の受付は若くて美人の女性ではなく、インテリとかエリートと呼びたくなる雰囲気の職員が多い。
組合と違ってサービス業ではないせいだろう。
「聖女様…いえ、神殿に寄進なさったそうですね。本人もレンタル畑に興味を示していたのでよろしく頼むと伺っていただけですよ」
「あ、なるほど」
あれは神殿への寄進ということになったようだ。そして個人ではなく神殿で管理するものになったのだろう。
「冒険者の方は現地で食べれば十分だと思うのか、わざわざ伐採して苗を持ち帰る方が少ないですし、自ら畑を借りて収穫してもらおうとする方は聞いたこともありませんでした」
ディスられているのかな…と思ったが、そういう話ではなかった。
今までアンセムでは流通していなかった果物が買えるようになる可能性に感激していたらしい。
人気が出るようなら木を増やして、大きな果樹園を作る計画も出ているとか。
今後も他の果樹の苗もぜひ持って帰って欲しい、ということだ。
伐採スキルのことは忘れている椛も果樹を見ると思い出すので、たぶん今後も見つけたら持ち帰るだろう。
ちまちま採取するより伐採したほうが早いから。
「こちらは期待を込めて進呈いたします」
そう言って『果物図鑑』を差し出して来た。
ものすごく期待されている気がするが、椛も興味はあるのでありがたく貰っておいた。
店で売っている果物はリアルでも存在するものばかりなのに、レベルの高いフィールドにはオリジナルの果物がたまにあるのだ。
そういうものを探すのも楽しそうである。
それからレンタル畑に関する説明と注意点を聞いた。収穫物を受け取る方法としては、住民たちなら自宅や店に送ってもらうそうだが、商業組合で保管してもらう方法を薦められた。
契約した特定の街の組合でしか受け取れないものの、アイテムポーチと同じ機能の専用ボックスに保管するので容量制限はない。
利用料はかかるが、まだ自宅のない冒険者にはちょうど良いだろう。
椛は土地は買ったが、あんな所に届けられても困るし。
家を建てて転移プレートで毎日帰宅できるようになったら、届け先を変更すれば良い。
いつそんな日が来るのかな、としか思えないが。
それにアンセムには良く来るし、夜香花目当てでずっと通う街のような気もするし、ここに届けてもらうことにした。
村から近いので郵送料はお安いようだ。
とりあえず玄幽の好物を切らさないくらいの収穫が見込めれば良いな、と思ったのだった。
レンタル畑は料理人たちがすでに発見して活用しているシステムです
ドゥナンの植林場と同じで、果樹の苗木を商業組合で売ると街で買える商品リストが増える仕様(今回は神殿から商業組合に流れた形)




