3プレイ目
南の森にもレベル上げ中のプレイヤーたちがいたが、獲物の取り合いになるほど混みあってはいなかったので、椛は順調に魔物を倒してレベル5まで上がった。
森に入る時に罠を仕掛けておいたのだが、しばらく放置していただけなのに本当に猪が掛かっていた。
マップに罠の位置がマーキングされているので、見失うこともない。
「どこから出て来たのかな。森の中をうろついてても一度も見かけなかったのに」
そういう設定だからと言ってしまえばそれまでだが、リアリティの追求どうなったとも思う。
ついでに罠を放置していても他人には奪えない仕様なのも、ご都合主義だった。
罠に近づいてポップアップしたウインドウが「捕獲した獲物を収納しますか?」とyes/noで問いかけて来たのでyesを選択すると、パッとアイテムポーチに入った。
便利だから深く考えないことにした。
ゼロイスの街(建設予定地)に戻り、冒険者組合のテントに向かう。ここで頼むと解体してくれると、道具屋の店主が言っていたのだ。
組合の周囲にはいくらかプレイヤーの姿はあるが、受け付けに並んでいる者はいない。椛は声をかけてから、テーブルの上に捕獲した猪を取り出してみた。
罠にかかったままだが、暴れる様子はない。
「解体お願いしまーす」
「こいつは大物だな!買い取りはどうする?」
登録した時とは違うNPCが対応に出て来て、肉を売って欲しそうに椛を見ている。気がした。
「料理人に頼んでわたし1人が数日食べるだけあれば充分なので」
「そうか!なら10食分でどうだ?」
調味料は塩しか売っていなかったし、食べ飽きる前にアンセムの街に行きたいなと思いつつ了承する。
「他の冒険者は持ち込まないの?」
「ここの開拓クエストに釣られるような連中は、自分で料理なんてしねぇからな。携帯食を齧って機嫌も悪くなる一方だぜ」
「詳しく知りたくなくなった…」
「移住者たちが持ち込むのは魔物のドロップ品だけだし」
土木工事中のNPCたちはクエストを受けて来ているらしい。本職の職人ではないのか、任せて大丈夫なのか。
椛は聞かないことにした。
少し思いをはせていたら、猪の解体はパッと完了していた。
「解体…スキル?」
「そうだぜ。ここ以外の街の組合ならスキルブックも売ってるが、スキルレベルが低いうちは消えちまう部位が多くなるから気をつけろよ」
解体スキルには大きくふたつの効果があるそうだ。
今のように動物に直接使用して、部位ごとに分ける効果。
それからバトル時に魔物のドロップ品を増やす効果。
後者はパッシブ効果なので、スキルを所持していれば自動的に効果が表れる。
デメリットは特にないようなので、椛も欲しいスキルのリストに追加することにした。
肉を手に入れたので、椛はプレイヤーたちがまばらにたむろしている所へ声をかけてみた。
「料理人か料理スキル持ちはいない?肉を焼いて欲しい」
「鍛冶師だが料理スキルはあるぞ」
最初のグループに1人いた。
聞けば鍛冶師をメインにしている者たちが、なんとなく集まっていたそうだ。素材がまったく無いから何も出来なくて。
とはいえ鍛冶師だけでパーティを組んで、多少はレベル上げと採取作業はしていたらしい。
「肉はどこの魔物がドロップするんだ?東の森じゃ落ちなかったぞ」
「道具屋で罠を買って、仕掛けておくと捕獲出来るんだよ。で、組合で解体してもらう」
「…初耳なんだが!?」
「道具屋で聞けばいいだけだよ」
料理道具は持っているので、道具屋は行ったはずだ。鍛冶師たちは罠なんて買う余裕はねぇ、と思ってスルーしていたようだ。
「組合で尋ねるとマップがメニューに追加されるよ、とか」
「それも初めて聞いた」
「検証好きな人が根掘り葉掘り聞いてそうなものなのに」
「いや、工事してるNPCが多かっただろ?そいつらに尋ねて回ろうとして、仕事の邪魔だぁ!!って凄い剣幕で怒鳴られて、それでみんな近付けなくなってな」
組合で聞いた話を思い出す。
聞く相手を間違えて、行き詰まりかけていたのかもしれない。
「なんでテントのほうに声かけなかったの」
「工事してるNPCの休憩用のテントだと思うだろ…」
「不幸な行き違いでしたね…」
椛はその現場を見てなかったので、気にせずに行動できただけだ。
先にテントのほうに声をかけたのも、ただなんとなくでしかない。
話ている間に、肉は失敗なく焼けたようだ。いい匂いがしているので、鍛冶師たちも捕まえて来ようと相談しあっていた。
「おいくら?」
「色々情報貰ったし、タダでいいよ。本職じゃないし、相場わかんねえし」
「それじゃ役所は行った?鍛冶師として店を持つなら必須だと思う話が聞けるよ」
「役所なんてあるのか」
「具体的に言うと、大通りに面した1等地にだって店を持てる」
タダでいいと言うので、追加の情報も出してみた。
移住者の街などと言って用意されているのだ。ここ以外で店を出すのはかなり難しい設定になっていると予想できる。
生産職をメインにしてやるなら、店なんていらないと言うプレイヤーのほうが少数派だろう。
「共同出資で大店を持つとかもアリなのでは?」
「詳しく」
「お役人さんに聞いて。あ、スキルとかも貰えるよ」
鍛冶師たちはそわそわと少し話合うと、聞いて来るーと小走りで去って行った。
椛は入る気も作る気もないので聞き流したのだが、クランがどうこうという話もあったのだ。
スタダ組はここに戻って来るのか、これらのネタにいつ気付くのか不明だし、早い者勝ちでいいんじゃないかな、と思う椛だった。
購入(予約)した土地に行くと、いつの間にかロープの柵が出来ていた。
近くにいたプレイヤーたちが「そこ入れないぞ」と言うので、椛は堂々と入ってタネ明かしをしてやった。
全員が早い者勝ちーっとダッシュで駆け去った。鍛冶師たちよりハングリーな連中だった。
でも鍛冶師たちはもう役所に到着しているだろうし、妨害にはならないだろう。
椛はさっさとテントを出して、少し離れたところのプレイヤーたちに質問責めにされる前に中に入る。
本気で気になったのなら、駆け去った連中を追うだろう。
1人用のテントは寝袋を三つも並べたらいっぱいといった狭いものだったが、1人で過ごす分には作業スペースが確保できる。
森で薬草を採取して来たので、調薬セットを試してみようかと思ったのだ。
生産作業には、マニュアル、セミオート、オールスキップの3種類がある。
なんのサポートもない完全手作業か、見えないナニかに操られるかのようなサポート付きか、作製ボタンを押すとポンッと完成品が現れるか。
もちろん品質などに大いに影響するため、本職はマニュアルで最高傑作を目指すのだろう。
椛のような生産はおまけくらいの認識の者は、最終的にオールスキップになると思われる。
だが初めてなので、椛もセミオートで試してみた。そういうものと思ってやれば違和感はないのだが、何度もやりたくはないなと結論づけた。
初心者だからか、オールスキップで作ったものと品質も変わらない。
「あ、スキップすると経験値少ないかも?まあ、誤差だな」
1番簡単なポーションを作って満足した椛は、時間を確認して一度ログアウトすることにした。
このゲームは時間認識加速システムを利用していて、現実の1時間がゲーム内の4時間に相当する。
平日に2、3時間しかゲームを遊べない社会人には、ありがたいシステムだった。