39プレイ目 アンセム
椛は商店街で焼き芋を補充してから、神殿にやって来た。
焼き芋屋の屋台のおじさんに、今回は秒でかぶりつく真似はしなかったのに「今日も50本かい」と言われてしまった。
すでに覚えられていたのである。
まあ、50本も買う客、そうはいないだろうし。
モブ顔だから印象に残りにくいはずなのに、とかちょっぴりうじうじしていたが、気持ちを切り替えて入口近くの神官に声をかけた。
「こんにちは。聖女様に呼ばれているみたいなことを、冒険者組合で言われて来たんだけど」
「聖女様が…?あ、移住者の方ですか!」
「移住者に用があるの?」
イベントのフラグが立って、移住者代表にされたのだろうか。
大きなイベントだったら独占するなとか喚かれそうである。
「いえ、移住者の聖女になりたいと言って譲らない人がですね」
「え、聖女は職じゃないって気付いてどこか行ったはずじゃ」
「しばらくした後、戻ってきまして」
我々には移住者の言葉が分からない、あの時の移住者(椛)なら話が通じるのでは、という話になったらしい。
終わったと思って、忘れきっていた。
アホじゃねえの、としか思えないが、仕方がないので神官について行く。明らかにほっとされたが、椛にもそんなアホと話が通じる気はしない。
イベントのほうが良かったなと手の平クルーでがっかりしているうちに、西側の回廊を進んで奥の区画に入った。
「この辺は初めて来るかも?」
「我々の私的な部屋がありますから、外部の方をご案内するような場所ではないのですよ」
もちろん今回は特別という事だ。
私室が並んでいる廊下の先に、共有スペースがあった。食堂や談話室などで、公立の学校や会社のシンプルな食堂に似た雰囲気だった。つまり質素。
食堂のほうを覗くと、神官たちに囲まれて談笑する聖女様がいた。他にも聖女様のほうを拝み出しそうな顔で見つめる神官は少なくない。
「聖女様、よろしいでしょうか」
案内して来た神官が、緊張気味に声を上げる。
反応したのは聖女よりアホが先だった。
「ここはアタシのテリトリーよ!何入って来てんのよ!」
「イベント中なんで黙っててくれませんー?居座っててもイベントと縁のなさそうな人」
「なっ……!!」
椛は面倒事が嫌いなので余計な発言は控えるようにしているが、売られたケンカは買う。たまにだけど。
「何のイベントか知りたい?移住者が意味不明なこと言って居座ってるんだけどいかがしたらいい?同じ移住者なら言葉が通じるかもしれないし!一度追い払った実績あるし!って依頼が来たんだ」
そういえばセイジョ(笑)って呼ばれてたっけ、わたしに。
と今ごろ椛は思い出した。完璧に忘れていた。
「ここはアタシのテリトリーなのよ!」
「なにがテリトリーだよ。猿山の猿の陣取り合戦じゃねえんだよ。ここの土地と建物には所有者がいるんだよ。金払って買い取ってから言えよ。買えるものならな」
「うるさい!出てけ!」
「不法滞在してんのお前だろ」
神官に「売ってません」「買えません」と訴えられたが、出来ないと見越して言っただけである。
「そもそも聖女になる方法がまだ分かってないとか、学校ちゃんと行ってるの?」
「学校なんて関係ないだろ!」
「特別に聖女になる方法を教えてやるよ」
喚いていたのに、その一言で黙った。
「勇者になりそうな男のパーティに入って治療士をやる。じゃないとそのパーティのヤツが聖女になっちゃうぜ」
マトモな人なら「ふざけんな!」と怒る場面だが、本気で聖女になる方法が分からないでいたお子様なら、真に受けると思ったのだ。
そもそも嘘ではない。
駆け去るセイジョ(笑)を眺めてから、案内の神官が物申したげな顔で椛を見た。
「あの、椛様、今のは」
「だって勇者になりそうな男なんて、神でもなかったら分からないよね?」
「それはそうですが」
「ああいう聖女になりたいってか絶対なるって思い込んでいる移住者がいれば、オレこそが勇者になるんだって思い込んでる移住者もいるわけで」
「え」
「たぶんそういうヤツのところに行くから大丈夫でしょ。この世界の住民より自分たちのほうが優れてるって根拠もなく思い上がってる移住者が一定数いて、恥ずかしい…」
NPCの好感度の怖さを知らない連中が、NPCたちに酷い態度を取っていた。
だからあんなアホが他にもいる説を否定する声はない。納得の雰囲気になっているくらいだ。
「でも不敬ですよ」
「あのくらいヤツに都合の良い説明にしないと理解できないの。だから今まで手をこまねいてたんじゃなかった?」
「そう、ですね…」
神官たちには口が裂けても言えないだろう。
だが、ああでも言わないと理解しなかった。ここにいたって聖女になれないという事実が。
「たぶん聖女になる方法が分からなくて、聖女様の側にいるって方法しか思いつかなくて、これしかないんだって思い込んでただけだと思うよ。だってこれ以外に方法がないのよ、みたいな」
「それは違うと何度も告げたつもりですが」
「違うと言うなら別の手段を示せ、ということだったのね」
聖女様が小さく息をつきながら、言葉を挟んだ。
「そうね。でもわたくしたちには示せなかったわ。聞いた今も、彼女に告げる言葉はないままだわ」
「たぶんもうあの人、戻って来ないと思いますよ」
セイジョ(笑)が行くなら、トップの攻略組のところだろう。
NPC相手に何をしても好感度が下がるだけで、下がっても気にしないプレイヤーには意味はない。
しかし他のプレイヤーに迷惑をかけるなら話は変わる。
椛相手にあれだけ言っていたのだから、他のプレイヤーにも同じように振る舞うだろう。
警告されても止めないなら、垢BANされて終わりである。
警告くらいでセーブできるようなら、もう少し人の話を聞いていただろう。
椛の誘導で垢BANされるも同然だが、ほぼ本人の責任なのは間違いない。
椛はそこで「そんな酷いことできないわ」とか言い出すヒロインではないので、蹴落としておしまいである。
むしろ複数の人間に迷惑をかけて反省もできない害悪は、積極的に消すほうが世のため人のため、ゲーム進行のためだと思う。
今まさに椛の誘導で迷惑を受けるプレイヤーが複数誕生する流れだが、そこは見ないふりだ。考えだすと何も出来なくなる。
「あの子、見た目より子どもだったと思うのよ」
「頭の悪いガキだなと思いましたね」
「導いてあげられなかった…」
聖女様の後悔に、ここにヒロインがいた──という気分で天井を仰いだ。
めんどくさいヤツだ。
椛は付き合いきれないので、買ったばかりの焼き芋を取り出した。大放出だ。
「とりあえず甘い物でも食べて気分転換しませんか!?」
「わたくし、真面目な話を」
「あんなガキどうなろうと知ったことか、くらいにしか感じない凡人には付き合いきれないッス!」
「ま、まあ!椛様!」
「ああ、いなくなってほっとしてしまった私も凡人でごめんなさい!懺悔します!」
「わ、私も実は…!」
焼き芋で懺悔大会になった。
カオスである。
だが神官たちの正直な心情の吐露に、聖女様も思うところがあったらしい。
「確かにあの子を導くことは出来なかったけれど、あの子が周りにもたらしたものを見もせずにあの子のことだけ考えるのは、違うかもしれないわね」
「存在するだけで心労がたまるヤツとか良くいますからね」
「そんなにいないと思いますよ。せいぜい稀に良くいるくらいで」
「ええ、ごく稀に程度で」
修行が足りません、と神官たちが反省している。しかし嫌なヤツに会って暴言を吐かれたら怒りや不快さを感じるのは自然な感情じゃないのかな、と椛は思う。
その感情を抑えて対応するのが社会人というものだが、裏で吐き出してバランスを取らないと心を病みかねない。我慢するところを間違えずに世間の荒波を乗りこなすのがオトナである。
そう、心はサーファー、とかくだらないことを考えながら、焼き芋をちまちまかじりつつ、NPCたちの懺悔から愚痴にシフトチェンジし始めた話に付き合ったのだった。
他の方の作品で稀に良くみるタイプのキャラを書いてみましたが、この話に必要だったかなと疑問もなくはない
最初から対話する意思もなく、相手を言いくるめて追い払っただけですし
そしてこれから生まれる被害者たちが真犯人を知る日は来ない(たぶん)




